第六部 「矛盾の渦とソールキン一族の宿命」編

1 「草薙剣」の警告

1-1 馬車の新婚旅行

「ふわーあ……」


 山道で、馬車の揺れが心地良い。荷室のブランケットにくるまったまま、俺はうとうと、午睡を楽しんでいた。裸のカイムとシルフィーを両脇に抱きながら。先程まで、激しく攻め立てていた。だからふたりとも汗まみれ。幸せそうな表情で、俺に抱き着いている。


 人数が増えて、馬車の中は随分賑やかになった。女子九人プラス俺。なんというか俺、女子高に配属された新任教師みたいな感じ。パーティーが分厚くなったから、突然のモンスターポップアップにしても俺が先陣を切る必然性は薄れた。特に雑魚戦だと。それにそもそも御者ワークに関しては、俺は仲間でも最底辺と言っていい。


 なのでもうみんなにわいわい勝手にやらせといて、俺は一歩引いたところから全てを眺めている。ある種、企業の部長クラスのようなもんで。


 課長までは最前線で部下を引っ張り切った張ったとビジネスに挑むが、部長になると主業はマネジメントで、いかに部下を適材適所で動かせるか勝負になる。自分が前面に出るのは、尻拭いのときとか、接待の必要性が高いときで。


 前世ブラック社畜時代は出世とは縁遠くドブを這い回ってきた俺だが、転生後にマネジャーになるとは思わなかったわ。人生って面白いな。


 まあ……厳密に言えば部下じゃないしな。全員、俺の嫁だし。だから実際、道中は適当に皆の合議に任せ、俺はこうして気まぐれに嫁と愛を確かめ合っている。これもある種、適材適所というかな。雄って奴はそもそも遺伝子多様性をもたらすために生まれた存在なわけで。昆虫でも動物でも、雄の仕事は生殖のみで生産活動は雌が行うって生態は多い。人間だって昔の女系文化はそんな感じだしな。


 本来生殖以外無用の存在だった雄の有効活用のために、雄に生産活動や家族・群れ守護の役割を持たせた種も多い。


 俺はその二種類のマッシュアップってところさ。──とかこじつけてるけど要するに、新婚旅行だからな。俺とエルフ三人嫁の。それにもちろん、残りの嫁との、第二の新婚旅行。だから道中、とにかく甘々だった。いろんな嫁に愛されて、俺は幸せ者さ。


「モーブ様……」

「起きたのか、カイム」

「はい……」


 俺の首に手を回すと顔を寄せ、唇をせがんできた。


「よしよし……」


 抱き寄せてキスを与えると、カイムは喘いだ。吐息が熱い。


「モーブ……」


 背後から、シルフィーも手を回してきた。背中に胸を感じる。ダークエルフらしい、少し硬めの胸の感触だ。


「なんだ、お前もか」

「モーブ」

「ほら……」


 交互にキスし合っていると、ふたりのスイッチがまた入ったのがわかった。背中から手を下半身に伸ばし、確かめる。


「いい子にするなら、もう一度だ」

「はい。モーブ様のためなら、なんでも致します」

「馬鹿野郎。あたしはずっといい子だ」


 罵りながらも、シルフィーは嬉しそうだ。


「モーブ様……」


 御者席で、アヴァロンが振り返った。


「そのあたりになさいませ。もう……『のぞみの神殿』が見えております」

「そうか。思ったより早かったな」


 ブランケットから這い出て立ち上がると、カイムが俺の下半身に口を着けてきた。そこらに放り投げた俺の服は、シルフィーが拾ってくる。


「ほらカイム。もうすっかりきれいだ。いつまで口に含んでる」

「だってシルフィー……私、モーブ様のこと……」


 名残惜しそうにシルフィーを流し目で見ると、それでもカイムは体を離した。


「また夜にかわいがってもらえばいいだろ。ほらモーブ、足を上げろ」

「ありがと」


 パンツを穿かせてもらうとかまるで幼児扱いだが、別にいいや。


「のぞみの神殿……か」


 御者席に顔を出した。中央で手綱を握っているのは、獣人ケットシー巫女アヴァロン。なんせ代々「のぞみの神殿」を守ってきた一族だからな。土地を知り尽くしてるんだから、御者に最適だ。


「久しぶりだねー、モーブ」

「ゼニス先生は、ご健勝かしら」


 アヴァロンの両脇に、ランとマルグレーテ。


「このへんの森は、清涼だから気持ちいいねー」


 屋根で声がした。レミリアが屋根に座り込んでいるのだ。山道は揺れて危険だが、森エルフだけにバランス感覚は人間の比じゃない。まあほっておいて大丈夫だろう。


「なにかおやつ出るかな。あたし、お腹減った」

「だろうな」


 レミリアの奴、通常運転だわ。


 ヴェーヌスは、荷室の奥。例によって壁にもたれかかって瞳を閉じている。魔族だけにやっぱり、霊的聖域とか巫女とかは苦手なようだ。


「これを着て、モーブ」


 背後から、ニュムが上着を掛けてくれた。


「巫女と会うんだ。礼を尽くした格好じゃないとさ」


 ニュムはアールヴ巫女育ちだもんな。獣人巫女の里を前に、気を遣うのも当然だ。


「ポルト・プレイザーから、貨客船ベアトリス丸で三週間ほど。新大陸に着いてからは海沿いを辿り、とある漁師町から川筋に沿って山道をのんびり二週間。……長かったな、みんな」

「あら、モーブくんは退屈じゃなかったでしょ」


 背後から、リーナ先生が俺を抱いてきた。


「毎日毎日、船室や馬車の荷室で、新しいお嫁さんと愛し合って」


 からかうように、服の上から俺の胸を摘んだ。


「痛いです、先生」

「ふふっ」


 耳元で囁く。


「いっつも私のをするくせに。……復讐よ、これ」


 なんだろ。俺にしてもらいたいのかな、先生。なら……今晩は、先生中心でいこうか……。


「あたしが優遇されていることはないぞ」


 シルフィーが口を挟んできた。


「数えてるが、あたしとリーナに回数の差はそんなにない」

「……」

「……」

「そ、その……」


 注目を浴びて、シルフィーの顔が赤くなった。いやダークエルフの無骨な戦士だろ、お前。なのに回数数えてたのかよ。


「さ、三晩ほど、あたしのが多かっただけだ」


 慌てて言い訳して、さらに墓穴掘ってやんの。笑うわ。


「滝が見えたわね。もう里よ」


 マルグレーテが指差した。


 霊峰山頂から真っ直ぐ落ちる細い滝があり、滝壺が清涼な泉になっている。急峻な山肌と鬱蒼とした森ばかりの土地で、そのほとりだけが大きく開けた平地になっている。割と広い。そこに素朴な木造りの平屋がいくつか並んでいるが、そこが聖地だ。


「母上だわ」


 木陰に見え隠れする畑で、巫女服に襷掛けの獣人が、草むしりをしている。馬車に気づいて、手を振っている。


「じいさん、居ないな。もう捨てられたか、歳取りすぎて」

「冗談はそれくらいになさいませ。母上は巫女。人の外見など見てはおりません。見ているのは魂だけです」

「そうだな。お前の母親を侮辱するつもりはなかった。ごめん」

「いいのです」


 そっと、手を握られた。


「私も、モーブ様の魂しか見ておりません故。モーブ様の……崇高な魂を」


 顔を寄せてきたんで、屈んで唇を交わした。


「きっと先生、神殿裏で、まきでも割っているんだよ。ヘクトールでもよくやってたし。覚えてるでしょ、モーブ」

「そうだな、ラン。Z担任としては日がな一日居眠りしてるだけだったが、夕方とかよく裏庭で薪割りしてたわ。用務員として」

「筋肉がなまるとかおっしゃってたわよねえ、先生」


 マルグレーテがくすくす笑った。


「冗談だと思っていたけれど、まさか本当に大戦の英雄とは」

「信じられなかったよな、あのじじいが」

「口が悪いわよ、モーブ」

「いいんだよ、あんなハゲ」

「また」


 わいのわいのやっているうちに、神殿前の草地に着いた。扉の前に、アヴァロンの母親、前巫女のカエデが佇んでいる。こちらを見てほほえみながら。


 そこに、ハゲ頭にタオル巻きのじいさんが出てきた。俺を見て、真っ白の髭なんかいじっている。


「まあ、ハゲに話を聞こうや。こんな遠くまで俺達を呼びつけた理由でも」


 馬車を飛び降りると、みんなも俺に続いた。


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