4-2 チーム分断

「全員止まれ」


 先頭を進むニュムが、立ち止まった。


「ここから地下に入る」

「だな」


 俺達の進む道は、この先で泥の中に潜っていた。


「さっきから、壁が高くなってたもんねー」


 俺の頬についた泥を、ランが拭ってくれた。


「狭いからほら、モーブも汚れちゃってるし」

「のんきだのう……ランは」


 腕を腰に当てて、ダークエルフのシルフィーは、呆れた様子だ。


「地下ダンジョンは、格段にリスクが高くなるというのに」


「平気平気ー。モーブが守ってくれるもん」

「わたくしたち、地下ダンジョン、何度も制覇したしね」


 マルグレーテも頷いている。そりゃあな。それこそエリク家領の狐ダンジョンやらダブルボス戦ダンジョン、不死の山の火口、それに七滝村の坑道だのなんだのな。


「にしても、なんか自然に地下に誘導された感じだな」

「そうね、モーブくん。……ちょっと気味悪いわ」

「ですねー、リーナ先生」


 実際そうだ。


 禁忌地帯を注意深く進むこと三十分。次第に両側の地面が高くなっていった。俺達の進む道も草に埋もれているので、外からは凹んでいることがわかりにくい。だが進むにつれ、明らかに両側は「壁」の様相を見せてきた。


 早い話、溝を進んでるようなもんよ。時間が凍りついたようなこの禁忌地帯ですら、土の匂いが強く漂ってるからな。


 そして「ここ」ってわけだ。この先からは、ぽっかり開いた泥洞窟に入ることになる。


「なんだか息が詰まるダンジョンだな。中は狭いし、天井も壁も泥だから、すぐ崩れそうで。閉所恐怖症になりそうというか……」

「贅沢言うな」


 軽蔑の瞳で俺を睨むと、ニュムは鼻を鳴らした。


「ここまでモンスターは出なかった。それだけでも僥倖と思え」

「まあな。この先もそうならありがたい」

「でも地下だからねー」


 レミリアは溜息を漏らした。


「ここまで油断させておいて、暗い地下に守護の魔物を配備しておくとか、言ってみれば定石みたいなもんだし」

「ただでさえ、エンカウント率は上がりますしね」


 ハイエルフのシルフィーも、頷いている。


「……よし、進もう。狭いから進行フォーメーションを組み直す。先頭はニュム。次は俺、そしてアヴァロン。地脈を感じないとは言ってたけど、先で地脈効果を付与できるかもしれないし。中衛にベストのエルフ組が続いて、ランとリーナ先生、マルグレーテ。殿は……」


 俺の視線を受け、ヴェーヌスは唇を引き締めた。


「ヴェーヌス、お前に頼む。もし背後から襲われたら、お前のアジリティーと手数で反撃し、時間を稼げ」

「任せておけ、婿殿」


 笑っている。


「魔王の娘の力、存分に敵に味わわせてやろうぞ」


          ●


「……にしても、奇妙な敵が多いのう」


 首を鳴らして関節を開放すると、ヴェーヌスは溜息をついた。天井から照らすマジックトーチに、瞳がきらきらと輝いている。


「あたしの物理攻撃だと、たいしたダメージを与えられんわい」

「毛色が変わってたよねー」


 ランも頷いている。洞窟の中は入り口ほどには狭くなかった。とはいえ前衛中衛後衛を三層で横並びになれるほど広くはない。長く伸びた隊列に対応するため、前中央背後と、マジックトーチも三つ展開している。


「地下に入ってから、これで三連戦。まあなんとか倒したけれど、どれもゴースト系統だったものね」


 マルグレーテは、俺の腕を取った。


「モーブ、どうやらこのダンジョンはゴーストの巣よ。ここでちょっと、戦略を組み直したほうがいいわ」

「進軍フォーメーションも変えた方がいい」


 シルフィーが唸った。


「ゴースト相手なら、突発的なエンカウントに対応できる初動の速さが重要だ」

「さすがはダークエルフ随一の戦士。頼もしいな」

「よせ」


 ちょっと情けなさそうな顔になった。


「モーブに褒められるとなんだか、奇妙な気持ちになる」

「悪い悪い」


 背中の荷物を、俺は下ろした。


「じゃあここで休憩しよう。水を飲みつつ、戦略構築だ」

「ちょうどここは、広めの空間だしね」

「そういうことです、リーナ先生」

「なら私が水を配りましょう」


 ハイエルフのカイムが、革袋の水を回し始めた。


「ねえモーブ、お菓子食べていい? お茶請けに」

「いいぞレミリア。……水請けだが」

「やったーっ」


 嬉しそうにごそごそ、自分のバッグを漁り始めた。


「その……僕もいいかな」


 ニュムは決まり悪そうだ。ちょっと意外だった。だってアールヴってとにかくつんけんしてて排他的だし、ニュムにしても出会ったときからずっと俺に冷たく当たってきたからな。


「ああいいぞ、ニュム。てかみんなでおやつにしよう。糖分で疲労回復だ。頭も回るようになる。脳の栄養は糖分だけだからな」

「……よく知ってるな、お前」


 意外そうに見つめてくる。


「医者なのか」

「いや、前世の知識というかな」

「前世……」

「気にするな。ほら、クッキーだ。食え」


 手渡してやると、黙ってかぶりついた。無表情だが、よーく見ると、ちょっと嬉しそうに見えなくもない。俺もアールヴ表情鑑定三級くらいにはなれたかな。


「休みながら振り返りましょう」


 マルグレーテは、クッキーの粉を払った。


「ここまでの敵がまず……ゴブリンゴースト」

「集団でしたわね。しかもよく統制が取れていた」


 地面に行儀よく正座したまま、アヴァロンが戦いを振り返った。休みながらも警戒を続けているのか、ネコミミはせわしなく動いている。


「ゴーストだけに敵物理攻撃はそこまで厳しくなかったが、その分、耐久力があって倒し切るのに時間が掛かったな」

「ええモーブ様」

「でもあれよね」


 何個目かのクッキーでもぐもぐ口を動かしながら、レミリアが口を挟んできた。


「ガチのゴブリン集団よりは弱い感じだった。いや、向こうの攻撃がって話」

「ゴーストだからかな」

「というか、なんだか劣化コピーみたいな感じだったかな」

「そうそう。わたくしも、モーブと同じ印象を持ったわ」

「幽霊としてのゴーストじゃないのかもね」

「その次が、オークゴースト。三戦目はトロールゴーストとミノタウロスゴースト」

「三戦目は厳しかったな。敵HPが底なしで」

「なんでゴーストばかりだったんだろ」


 ランは首を傾げている。


「『影』ということかもしれんな。あたしの父上が、自らの分身、つまり『魔王の影』を作り出して坑道に配備したように」

「ねえモーブ、このダンジョンの主は、アドミニストレータよ」


 マルグレーテに見つめられた。


「アドミニストレータ自体でなく、アドミニストレータの『イドの怪物』だけれど」

「それでか……」


 アドミニストレータはそもそも、このゲーム世界の「管理者」だった。そのイドの怪物だって、ある程度の管理能力を持っていると考えるべきなのかもしれない。たとえば……モンスターをコピーし、影にして配置するとか。


「……てことはこのダンジョンには、世界中のモンスターのゴースト版が蠢いていても不思議じゃないな」


 そいつは面倒だ。


「その前提で戦略を立てておいたほうがいいであろうのう」


 ヴェーヌスは、ほっと息を吐いた。


「となると、こちらの攻撃力の中核は、魔道士、それに中衛陣。あたしやモーブは、彼らの戦力を守る、守備的前衛として動くのがよかろう」

「そういうこったな」


 頭の中でフォーメーションを組み立てると俺は、それを皆に伝えた。


「よし、そろそろ進むか。あと何戦かしたら、この仮定が正しいかもわかるだろ。ゴーストだけかどうかだって、厳密にはまだ仮説だし」


 立ち上がると、俺達はまた進み始めた。数戦こなし、その仮説が強化された頃、先頭を進むニュムが立ち止まった。


「どうしたニュム」

「ここに扉がある。……ふたつ」

「ふたつ……だと」

「ああ。そしてどうやら、こいつはギミックらしい」

「ギミックだと」

「ああ。ふたつの扉の間、壁に文字が刻まれている。……古エルフ語で」

「本当だ」


 駆け寄ったレミリアが、文字を指で辿った。


「えーと……。この……先に……神の選択あり。同時に……せ……。なんだろ。知らない文字が交ざってて読めない」

「同時に選択しないと……地獄……」


 シルフィーもそこ止まり。


「同時に選択しないと、地獄……に落ちる……かな」


 カイムが解読した。さすがはハイエルフ。知力は随一だわ。


「神の選択は、この地脈や私と関係の深い……なんだろ……えーと……『存在』か。その存在の力でしかなしえない……かな」

「判じ物ね、まるで」


 リーナ先生が、溜息をついた。


「でも最後が読めないわ」


 カイムは首を捻った。


「なにかの……マークのような」

「それは神狐のサインだ」


 ニュムは眉を寄せている。


「私達アールヴは、神狐ととりわけ関係が深いからな。その徴は、巫女筋の私なら知っている」

「つまり、どういうことだよ」

「ヒントよ、モーブ」


 マルグレーテに、そっと手を握られた。


「神狐様がヒントをくれているのよ。……ダンジョン主の罠に、侵入者が嵌まらないように」

「つまりなにか、ここで俺達はふたつのグループに分かれないとならないってのか」

「ええそう。そして……この先にある謎の選択というものを、同時にクリアしないといけない」

「そうしないと、地獄に落ちる……か」


 どうにも不吉なアドバイスだ。不吉すぎる。


「どうする、モーブ」


 いつもは落ち着いているランが、不安げな表情を浮かべた。


「どうやって二チームを組む? 誰と誰を組ませる」

「モーブが決めるのよ」


 マルグレーテに見つめられた。


「俺が……」

「そうよ。だってモーブはわたくしたちのリーダーじゃない。それに、エルフ四部族の使者をまとめる立場でもある。モーブじゃないと、決めきれないわ」

「……そうか」


 見回した。みんな、俺の言葉を待っている。俺、それに俺の嫁が六人。レミリアを除いたエルフ代表が三人。合計十人。これを、どうやって分割すればいいんだ。どうせこの先も戦闘があるに違いない。ざっくり半減、五人程度のパーティーになっても、それぞれが強敵と戦えるように戦力を分散しないとならない。しかも二組とも、「神の選択」って奴をクリアできるような人選で。


「それは……」


 俺の言葉は、宙に消えた。


 どうすればいい。どうやって選択すれば、ダンジョンクリアの可能性を極限まで高められるんだ。どちらのパーティーとも、ひとりだって死なせないようにしながら……。


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