3 山から来た男

3-1 村調査

「あそこか」

「ええ、モーブ」


 マルグレーテは道の先を指差した。


「あの尖った茶色の建物が、村の居酒屋。都会と違ってあそこで飲むくらいしか楽しみがないから、村で一番のお金持ちよ」

「私達の村だと、ブレイズの家がお金持ちだったよね、モーブ。みんなお酒より外で遊ぶのが好きだったし」

「そうだな、ラン」


 たしかに道の先、畑の向こうに家が点在している。あれが村だろう。


「ほら、手を振ってくれている」


 ランが農夫に手を振り返した。


「ここの村は働き者ばかりなのよ。だから一番豊かだった」

「今でもそうなのか」

「そうね。ただ……」


 マルグレーテは眉を寄せた。


「ここ10年、収穫はだだ下がり。他も酷いからまだ一番だけど、わたくしの子供の頃と比べると、悲しくなってくるわ」


 溜息をついている。


「安心しろ、マルグレーテ。俺がなんとかしてやる」

「そうね……」


 マルグレーテは、俺にしなだれかかってきた。


「モーブならそう言ってくれると思ってた」


 エリク家屋敷から田舎道を揺られること半日、ようやく目指す村が見えてきた。ここまで、広大な畑が広がっていた。小麦は六月になれば収穫時期だ。まだ五月ではあるが、穂はもう黄金色に色づいていて、春の優しい風に揺られている。


「ほら、もう着くわよ。村に入ったら広場に寄せて」

「わかったよ」


「これはこれは、マルグレーテお嬢様」


 村の広場に馬車を寄せると、壮年のおっさんが駆け寄ってきた。マルグレーテに手を貸して、降ろしてやっている。


「話は伺っております。なんでもこの災厄の調査とか」


 痩せている。着ている服がぶかぶかだから、以前は太っていたのかもしれない。


「ええ、ハンスさん。よろしくお願いします」

「とんでもございません。災厄が収まれば、こちらこそ助かります。なんでもお申し付け下さい。……そちらのお方は」

「モーブさんとランちゃん。今回の調査をして下さる方です」

「それはそれは……」


 頭を下げた。


「なんとお礼を申してよいやら」

「頭を上げて下さい。俺もランも、助けるために来たんです。なっラン」

「そうだよー」


 近づいてきた村人が手を貸そうとしたが、ランはひとりで馬車を降りた。


「わあ、ここいい匂いがするね。働き者の村の香りだよ、モーブ。畑仕事や鍛冶仕事、それに炊事の。……私達の故郷と同じだね」

「ランさんは、村のご出身ですか」

「俺とランが育ったのは辺境の村。ここよりずっとど田舎です」

「いえそんなご謙遜を」

「謙遜じゃないですよ。都会が偉くて村が下、なんてことありませんからね。胸を張って下さい」

「は、はあ……」


 戸惑ってるな。そりゃ、生まれてからずっとこの田舎暮らしじゃ、そう思い込んでいても不思議じゃないか。前世の俺みたいに、電車に乗るだけでどこでもあちこち見て歩けるわけじゃないもんな。


「それよりさっそく話を聞かせて下さい。エリク家領地全体に問題が出ているが、この村では特に事情がどうなのか」

「もう準備はできています。主だった連中を居酒屋に集めてあるので」

「さすがはハンスさん。いつもながら段取りがいいわ」

「いえお嬢様。みんな酒に釣られただけで」

「まあ」

「でもご安心下さい。話が終わるまでは禁酒で、飯も駄目だと言い聞かせてありますので」




●頑張って更新を続けます。次話、「村の噂(仮題)」

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