9-8 納期を守れ、底辺社畜の意地で!
「……ブ」
「……」
「……モーブ」
「……」
「しっかりっ。モーブ」
意識が戻った。
「ラ……ン」
崩折れた俺は、ランに抱かれていた。最後の宝の部屋で倒れているようだ。手には何も持っていない。
「け……剣をくれ。まだ……戦える」
「大丈夫だよっ」
ランの頬を、涙が伝った。
「もう倒した。モーブが止めを刺したんだよ」
「そう……だったか」
よく覚えていない。とにかく全身が痺れて、体に力が入らない。
「そうよモーブくん」
リーナさんは、俺の体に回復魔法を注いでいる。
「マルグレーテちゃんが魔法連発して、最後にモーブくんが剣で……」
「モーブったら、何度やられても立ち上がって、斬り込んでいったのよ」
マルグレーテの瞳にも、涙が浮かんでいる。
「凄い迫力だった……」
「そう……か」
徐々に思い出してきた。繰り返し繰り返し、何度も吹っ飛ばされた痛み。それに敵の体に斬り込んだときの、剣の感触。最後の一撃が腹を貫き、苦悶の叫びを上げた相手が、地面に吸い込まれる霧のように消えていったこと……。
「……待て」
ようやく思考がクリアになってきて、俺は頭を振った。気をしっかり持たなくては。まだ試験は続いているのだ。
「扉は……」
「開いた。もう出られる」
「宝は」
「大丈夫。最初に回収したじゃない」
「残り時間は?」
「それは……」
ランは言葉を詰まらせた。
見上げると、タイマーが見えた。
――0:04:55――
……あと五分もない。この部屋まで、行きは十分掛かっている。帰りは初見でもないからギリギリ六分と踏んでいた。そのギリギリにすら届かない。しかも俺は、まだ体すらろくに動かせないというのに。
「いいよモーブ」
俺の顔色を見て取ったのだろう。ランは優しい声だ。
「ここまでモーブが頑張ったんだもん。ここで終わりにしよう」
「ランの言うとおりよ、モーブ。約束通り、あなたはわたくしたちを守り切ってくれた。それだけで嬉しいわ」
「この洞窟で見つけた治療ポーションと手持ちのポーション、全部使っちゃったよ。でも……一刻も早く、学園の整った設備で治療しないと。ゆっくりしてましょう。時間切れで転送されるまで」
「まだだっ!」
思わず、叫び声が腹から出た。
「まだ……俺達は負けちゃいない」
ランの肩を借りて立ち上がる。膝が震えて、うまく立っていられない。
「底辺社畜にだって意地がある。納期までまだ四分あるんだ。締め切りギリギリで提案書を仕上げて送るなんて、日常茶飯事だったろ。……俺はやるぞ。まだ戦える。俺達はエリートじゃない。ただの雑草だ。底辺社畜なら雑草らしく、最後まで足掻くべきだ。そうだろ、みんな?」
怪我人のまさかの大声に、リーナさんも驚いた様子だ。
「……なに言ってるのかよくわからないけれど、気持ちは伝わった。そうよね。みんなを先導すべき私が諦めるなんて、教師失格ね」
きっと口を結んだ。
「弱音を吐くなんて、わたくしもエリク家の一員として恥ずべき行為でしたわ」
「そうだね。モーブがやるなら、私もサポートするよ」
「ありがとう、ラン」
俺は全員を見回した。皆、先程と打って変わって瞳が燃えている。
「よし。全員、馬に乗れ。ラン、悪いが俺は馬を導けそうもない。一緒にいかづち丸に乗って、誘導してやってくれ。いなづま丸はラン不在で裸馬になるから、身が軽い。先行させろ。道は覚えているはず。残りの馬はいなづま丸の尻だけ見てればいい。余計なことを考えず突っ走れるから、速い。いいか全馬、
「うん」
「わかった」
「任せなさい」
俺の指示に、全員頷いてくれた。
「ほら、モーブ」
ランが乗る鞍の前に、マルグレーテとリーナさんが俺を押し上げてくれた。腹……どころか全身が痛むが、そんなのどうだっていい。
いたわるように俺の胴に腕を回すと、ランがいかづち丸の手綱を握り締めた。
「お願いね、いかづち丸。モーブを助けてあげて」
「ぶるるるっ」
いかづち丸が頷いた。
「ラン頼む。俺の怪我で
「わかってる。モーブの命令なら、なんでも従うから」
「よしっ、全員走れ。残された時間は、三分しかないぞっ」
「はいやっ!」
マルグレーテの掛け声で、いなづま丸が部屋から飛び出した。全員、後を追う。
――あと三分と、十秒。いや九秒――
●次話、タイムアップが刻一刻と迫る中、ふたり騎乗のいかづち丸は、過重により三頭から徐々に離されてゆく……。
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