エルフツリーの正体
「あー、わかったわかった。包丁がないんだったら、あんたなんかに用はないよ。ここにいるドラゴンの炎で、消し炭になってもらおうじゃない」
カリンは威勢よく啖呵を切った。
(エ?)
いきなりの強硬姿勢に、エルフツリーは戸惑った。
「は? いやいや、包丁があるかもしんないのに燃やしちゃダメだろ」
タフィもびっくりしているが、カリンは気にすることなく話を続ける。
「ドラゴンの炎は強力だからね、土の中にある根だろうが燃やし尽くしちゃうんだから」
カリンの脅し文句に合わせて、ボイヤーはエルフツリーのことをにらみつけ、炎を吐くような仕草をみせる。
(ヤメロヤメロ。……ハァ、負ケタヨ)
エルフツリーはついに白旗を上げた。
「じゃあ、包丁を渡してくれるんだね」
(アア。燃ヤサレルクライナラ、渡シタホウガマシダカラナ)
エルフツリーは渋々といった様子で、地中から根の間に隠していた木箱を取り出した。
「おいおい、ちょっとこれ中身大丈夫なのか?」
木箱はかなり黒ずみ、また見た目にも脆くなっている感じが伝わってきたので、タフィは不安になった。
(安心シロ、ソノ辺ニ抜カリハナイ)
タフィが慎重に蓋を開けると、外見とは裏腹に中は良好な状態に保たれており、包丁を包んでいるであろう布も、長い年月が経過しているとは思えないほどに状態が良かった。
「へぇ~、これが本物の『至高の肉切り包丁』か。確かになんかすげぇや」
包丁はタフィの顔がはっきり映るほどの見事な鏡面仕上げで、波打つ刃文からは優美さが感じられた。
(当然ダ。ソレハワタシガ丹精込メテ作リ上ゲタ逸品ダカラナ)
「やっぱり、この木にはあの職人の魂が乗り移ってるんだね」
カリンはストレートに指摘した。
(ソノトオリダ)
「取っておいてこんなこと聞くのもあれだけどさ、渡したくないって執念でそんな風になったんだよね」
(当タリ前ダロウガ。ナントナクデコンナ手間ノカカルコトナンカシナイダロ)
「だよね。けど、エルフツリーを植えたのって子供の時でしょ。その頃からこういうことを想定してたの?」
(イヤ、サスガニソコマデハ考エテイナイ。ソノ時ハ貴重ナ種ヲモラッタノデ、単純ニ植エタダケダ。ダカラモシエルフツリーヲ植エテイナカッタラ、別ノ方法ヲ考エテイタダロウナ)
「ふーん。けどさ、よく植物に魂を乗り移らせたよね」
一時的に獣などに魂を乗り移らせることは呪術師が行っているが、転生のように本格的に魂を乗り移すことは極めて難しく、素人にどうこうできるレベルのものではなかった。
(実ハ知リ合イノ呪術師カラ、魂ヲ植物ニ乗リ移ラセルコトノデキルオ札ヲモラッタンダ)
「それ植物専用なの? また随分とニッチなとこを攻めたお札ね」
(ソイツハ植物ガ大好キデ、植物ニ生マレ変ワリタイトイウ願望ヲ強ク抱イテイタンダ。チナミニ、ツカミヤツデノ種トカモソイツニ譲ッテモラッタンダ)
「へぇ、世の中色んな人がいるものね」
「あの、ツカミヤツデやラフレシアを植えたのもジェイコブセンさんなんですよね?」
続いてボイヤーが質問した。
(ソウダ。人ヲ寄セ付ケナイモノトシテウッテツケダッタシ、植物ナラエルフツリーノ力ヲ活カセルト思ッテ、死ヌチョット前ニワタシガ植エタンダ)
「エルフツリーの力って、やっぱりアレロパシーのことですか?」
アレロパシーとは、クルミやセイタカアワダチソウなどの植物が起こす現象で、自ら生み出した物質を外に出すことで、他の植物の成長を阻害するなどといった害を与えるのだ。
(ソウダ。知ッテルト思ウガ、エルフツリーノアレロパシーハカナリ特殊デ、成長ヲ阻害スルダケデナク、逆ニ促進サセルコトモデキル。言イ換エレバ、植物ノ成長ヲ自在ニコントロールデキルワケデ、ワタシハソノ力ヲ最大限ニ活カシテ、ヤツデヤラフレシアヲ強力ナモノニ成長サセタノダ)
つまり、あのラフレシアやツカミヤツデたちは、エルフツリーを守ることに特化した特殊個体だったのだ。
「なるほど、そういうことだったんですね」
ボイヤーは謎が解けてスッキリしていた。
(ソウイエバ、サッキカルドーゾノ兄貴ノ名前ヲ言ッテイタガ、オ前タチ兄貴ト知リ合イナノカ?)
「知り合いといいますか、孫なんです」
ボイヤーはタフィのことを手で指した。
(アッ、オ前兄貴ノ孫ダッタノカ。……言ワレテミレバ、ナントナク顔ガ似テルナ。兄貴ハ元気ナノカ?)
「じいちゃんなら元気だよ」
(ソレハ何ヨリダ。今何歳になる?)
タフィがケーシーの孫だとわかった途端、明らかに口調がやわらくなった。
「確か、78だったかな」
言いながらタフィはボイヤーに視線を向けると、ボイヤーは首を縦に振った。
(ソンナニ月日ガ経ッテイタノカ……。マダ、串焼キ屋ハヤッテルノカ?)
「店自体はやってるよ。ただじいちゃんは引退して、今は母ちゃんと父ちゃんが切り盛りしてる」
(ソウカ、息子ニ後ヲ譲ッタノカ。トコロデ、モウスグ日ガ暮レル。オ前タチサエ良ケレバ、ココデ一夜ヲ明カシテイケ。ココナラ猛獣ドモモ入ッテコレナイカラナ)
「ここで一泊? ま、俺は別にいいけどさ……」
タフィはカリンとボイヤーに視線を向けた。
「……」
カリンは即答しなかった。
時間的なことを考えれば、森の中での野宿は避けられない。
その意味では、ここで一泊するのはメリットがある。
ただ、マレッドに寝込みを襲われたら回避するのは難しい。
友好的な態度を示し始めているとはいえ、長い間包丁を守ることに執念を燃やしていたわけであり、油断した隙をついて包丁を奪い返したとしても不思議ではなかった。
カリンが迷っているのを見て、マレッドはその心中を察した。
(安心シロ。兄貴ノ孫相手ニ罠ナンカ仕掛ケタリハシナイ)
「僕も、ここで一泊することは賛成です」
カリンより先にボイヤーが答えた。
「……わかった、ここで一泊しましょう。けど、くれぐれも変な気を起こさないでね」
(アア)
その夜、マレッドはタフィたちにケーシーとの思い出話を話し、久方ぶりに楽しい時間を過ごしたのであった。
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