タフィVSカリン

「危なかったぁ。おじいちゃんって、ああいうところ厳しいんだよね。それより、なんとしても課題をクリアさせないと。あいつが継いだら、店の味がめちゃくちゃになっちゃうよ」


 カリンは串焼き屋の料理に惚れ込んでおり、帰ってきた時は必ず立ち寄っている。


 それだけに、この一件を看過するわけにはいかなかった。


 その頃、当のタフィはといえば、グラウンドで貰ったばかりの黒バットを使ってフリーバッティングを行っていた。


「どりゃあっ!」


 豪快なスイングとともに放たれた打球は、弾丸ライナーでスタンドへと吸い込まれていった。


「いいぞぉ、これぇ。どんな球でも打てそうだな。ボイヤー、次はもっと内角に投げ込んでこい」


「はい」


 ボイヤーは小さく左足を上げると、タフィの要求どおりインコース高めへ160キロ近い剛速球を投げ込んだ。


「どぉりゃああっ!」


 タフィの雄叫びとともに、快音を残して白球はスタンドへ一直線に運ばれた。


「相変わらずすごいパワーね」


「え? あ、カリン」


「よぉ、久しぶりぃ。元気してた?」


 カリンは挨拶がわりにタフィを軽くヘッドロックした。


「元気元気。だから離せよ」


 タフィは首に巻きついていた手を強引に振りほどいた。


「確かに元気だわ」


「カリン姉さん、お帰りなさい」


「ボイヤー、ただいまぁ」


 カリンはボイヤーをぎゅーっと抱きしめると、体全体でモフモフを感じていた。


「カ、カリン姉さん、くすぐったいよぉ」


「ごめんごめん。それにしてもタフィ、あんた相変わらず極端なオープンスタンスね」


「これが一番しっくりくるんだよ。ボールを正面で見れるし、体が開く癖も抑えられるからな」


「なるほどね。ところでタフィ、あんたトレジャーハンターになるんだって」


「それ、学園長に聞いたの?」


「そう、包丁の件も含めてね。で、うちが指南役を買って出たから」


「は? いやいやいや、勝手に決めんなよ」


 タフィは明確に態度で拒否を示したが、カリンは全く意に介さない。


「わかった。じゃあ勝負で決めよう。うちが投げて、もしあんたがヒット性の当たりを打ったら、あんたの意見を聞いてあげる。それでいいね」


「え?」


 勝手に勝負する運びとなってしまったが、やはりタフィに拒否権はない。


 ちなみに、カリンは学生時代学園の野球チームに所属しており、エースピッチャーとして完全試合や1試合20奪三振といった様々な記録を打ち立てていた。


「勝負は1打席だから。ボイヤー、投球練習するからそこ座って」


 カリンはベンチに置いてあったグローブを左手にはめると、マウンドへ上がり、ボイヤー相手に投球練習を始めた。


「いくよぉ」


 カリンは左足を高く上げると、ややスリークォーター気味の投球フォームからキレのあるストレートを投げ込んだ。


「ナイスボール」


 ボイヤーは球を受けながら、タフィの“負け”を確信していた。


 カリンが打ち取れば問答無用に、もしタフィがヒット性の当たりを打ったとしても、不満や文句を聞くだけ聞いて「はい、意見を聞きました」と言って、結局指南役になる。


 どちらに転んでも、カリンが指南役になる未来を回避することはできそうにない。


 救いがあるとすれば、タフィが「意見を聞いてあげる=自分が拒否すれば、指南役になることを諦めてくれる可能性がある」と信じ、この勝負には“負け”しかない点に気がついていないことだった。


「こんなもんかな。タフィ、うちは準備オッケーだよ」


 カリンは変化球も交えつつ10球ほど投げたところで、投球練習を終えた。


「よぉし。絶対打ってやる!」


 タフィは気合を入れるように威勢よく素振りをすると、堂々とした足取りで右打席に入る。


(兄やん……)


 ミットを構えたボイヤーは、気の毒そうな顔でタフィのことを見た。


 打ったところで結果は変わらない。それどころか、余計に不満が溜まることになる。


 であれば、打ち取られた方が気分的にはまだマシだろう。


 ボイヤーはタフィのことを思いつつ、「カリン姉さん、お願いします。打ち取ってください」と、心の中で声援を送った。


 そして、カリンはその声援に応えるような投球を見せる。


 初球、様子見の意味でアウトコース低めへ大きく曲がるカーブ。


 タフィは思い切り踏み込むと、外へ逃げていく球に食らいついた。


「うぉりゃああっ!」


 結果はファースト方向へのファウル。


「あそこまでバットが届くのか……。じゃあ、次はインコース」


 その言葉どおり、2球目はインコース低めへ縦に鋭く落ちるフォーク。


 並のバッターなら簡単に空振りしてしまいそうな軌道だが、タフィは簡単にバットに当て、今度はサード方向へのファウルになる。


「くそっ、仕留められなかった」


 悔しがるタフィに対し、ボイヤーは安堵の表情を浮かべた。


 追い込んでしまえば、後は思い切り外へ逃げる球を投げれば空振り三振が獲れる。


 だが、カリンは別のことを考えていた。


「本当にバットが届く範囲ならどこでも当ててくるね。……体に向かってくるのも当てられるのかな?」


 好奇心に負けたカリンは、ダメだとわかりつつタフィの体目掛けて速球を放った。


「あっ!」


 異変に気づき、ボイヤーは思わず声をあげた。


 普通ならデッドボール不可避の状況だが、タフィのバットは反応した。


「わっ!?」


 払いのけるような感じで打ち返した打球は、ものすごいライナーとなってマウンド上のカリンに襲いかかる。


「きゃっ!」


 とっさに出したグローブに球は収まったが、勢いのあまり、カリンはその場に倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。ほら、ちゃんと捕ってるから」


 カリンは仰向けになったまま、駆け寄ってきたボイヤーに向かってグローブを見せつけた。


「くそっ!」


 タフィは悔しそうに天を仰いだ。


 こうして、カリンがタフィの指南役となることが決定したのだが、カリンの顔に笑みはない。


「罰が当たったのかなぁ……」


 カリンは空を見つめながら、こういう危険な投球は二度としないと、心に固く誓うのだった。

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