第十一話「無力(ヘルプレスネス)」

ツインダガーの少女がやられて悲しみ浸っている時間もごく僅かだった。大鎌の女が前方からコツコツと足音を立てながら、武影器を手にこちらに近づいてくる。…容赦がない。

それに対抗してか善太郎が無言のまま、僕より前方に突っ込んでいっていた。普段見ない彼の表情だった。彼の瞳からは強い殺意が感じられ、歯で悲しみと怒りの感情を噛み潰しているように見える。『我を失って怒りに狂っている』そう僕は即座に察し、彼を追いかけた。…マズイ!彼を止めなきゃ。善太郎まで死んでほしくない!!


「てめぇー!!許さねぇ…絶対許さねぇー!!」


善太郎が薙刀をブン回し始めた。大鎌の女はこちらに歩いてきながらもその攻撃を全て大鎌で弾いた。攻撃の手を緩めることなく、善太郎は高く飛び上がって上空から薙刀を振り下ろした…が、その攻撃が彼女に当たることはなかった。なぜなら、その攻撃が当たる前に彼女は大鎌を大きく横になぎ払い、善太郎の脇腹を刈っていたのだから。宙を舞っていた彼の血飛沫が地面に着地した後、彼の体は上空から地面に叩きつけられた。地面には血溜まりが広がっていた。しかしそんな状態でも彼の目は大鎌の女を捉え続けている。無理矢理に立ち上がり、再び大鎌の女に挑もうとしている。


「善太郎、もうやめろ!僕はお前に死んでほしくない!!…お願いだ、やめてくれ!」


僕の言葉は彼には届いていないようだ。期待とは裏腹に彼は武影器を手に、大鎌の女に突撃していた。善太郎は持てる力を振り絞って、薙刀を大きく振りかざす。…彼女に攻撃が当たった!?しかし、彼女は表情一つ変えていない。まるでダメージが全く入っていないよう。・・・瞬間に察した。あれは彼女の幻影だ。…本体は?・・・善太郎の後方頭上から攻撃が来る!!

咄嗟に判断できてよかった。僕はハルジオンで大鎌の振り下ろしを防いでいた。


「ほう、君は本当に勘が冴えているねえ。それともただ運がいいだけか?」


「あなたは多くの影喰を喰らってきて心が痛まないんですか?こんな惨くて、悲しみしか生まない殺戮のどこに価値があるんですか!…この世界の『機関』の役人なんですよね?もっと人が幸せになれるような環境に変えられないんですか?・・・それができないのであれば、僕もあなた方『機関』には容赦しませんよ。」


「・・・アハハハハハ!あの少女と同じで君も強気だねぇ〜。紫音をしばらく泳がしといて君を観察するってのも悪くなさそうだわ。あと、悪いけどあの影喰はもうもたないから餌になってもらうわよ。」


お互い武影器に両手を奪われている状態で大鎌の女は右足で勢いよく僕の腹を蹴り飛ばした。吹き飛ばされた衝撃で一瞬、目を瞑った僕は即座に目を開いて視界を再び彼女に戻す。・・・今思うと視界を戻さない方が正解だったのかもしれない。彼女の大鎌で善太郎は左肩から右腰にかけて刈られ、斜め一線で真っ二つにされていた。・・・僕の大親友だった善太郎が死んでしまった。僕は今目の前で起こっていることが理解できない。…いや、理解なんてしたくない。怒りという感情も悲しみという感情も湧いてこない。『虚無』という表現が一番しっくりくるだろうか。ただただ虚無だ。頭の中は真っ白で思考することをやめていて、体からも力が抜けて全く動かない。しばらくすると僕の瞳から頬にかけて何かが流れ落ちていった。それが止まらずにゆっくりと僕の頬へと流れ続ける。それが涙だと分かったのは思考が停止していた脳が善太郎との記憶を呼び起こした時だった。小学生の時に隣の席で彼と出会い、中学生の時には僕が勉強を教える代わりに彼にはいろいろ遊びを教えてもらい、高校生では生徒会の仕事を快く引き受けてくれてテキパキとこなしてくれるから助けられた。それらの記憶の中でも、僕が寝不足で学校にきた時にいつも通りのくだらない会話をしていた記憶。それと影喰について僕に相談をしてきた記憶。これらはつい最近の新しい記憶なので特に印象に残っていた。・・・もう彼の表情を見ることも声を聞くこともできないのか。それだけではない、今こう蘇ってきた彼との記憶も全て消えて、僕は彼のことは全て忘れてしまう。僕は彼が元々存在していなかったという世界で生きることになるのだ。・・・これが影喰に選ばれたものの宿命。

しかし今こうやって彼の存在がまだ僕の記憶の中にあるということは、おそらくザンドラから実世界に戻る過程で存在記録の抹消がされるということなのか?…実世界に戻ったら、僕は『上田善太郎』という一人の男がいたことをもう覚えていないのだろう。


「さっきの威勢はどうしたのかしら?…君も大したことなさそうだな。もう、お友達と一緒に逝きな!」


僕の目には善太郎の命を刈り取った大鎌を持った女が映っていた。彼女はその大鎌を僕の頭上から振り落とそうとしている。しかし僕の脳と体は既に闘うことを放棄している。ただただ大親友のことだけに思い耽っている。恐怖心も憤りも何も感じず、自身が生きることに執着すらしていない。為されるがままに運命を受け入れようとしている。

・・・やっぱり非力な僕では誰も救うことなんてできないんだな。この世界を終わらせることなんて、最初から無理だったんだよ。人を殺める前に自分が先に死ねるならその方がきっといいんだ…もう、僕は疲れた。

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