第七話「虚構(フィクション)」

僕とハルジオンが生徒会室のドアを開けて出ると、目の前に見たことある顔の男子生徒が立っていた。僕の左隣の席のヤツ…そう、上田善太郎だ。何用でここにきたのか、いつからそこにいたのか、室内での僕たちのやりとりを見聞きしていたのか…それらをすぐにでも問いただしたいと僕が思うよりも早く、彼は口を開いていた。


「俺に内緒でそのボインちゃんを口説こうとしているなんて…お前も男らしい一面あるな〜。全く、憎めないヤツだぜ。」


「お前、僕たちの話を盗み聞きしてたのか!…どっから聞いてたんだ?趣味悪いぞ。」


「さあ〜ねぇ〜?…まあそれは置いといて、勇人。ちょっと相談したいことがあるんだが、いいか?」


影喰や武影器の話か、色恋の話かどのあたりから聞いていたかの追及を逃れようとしていやがるなコイツ。まあでも付き合いも長いから彼の人となりは分かっているので、相談があってここに来たことは事実なんだろう。それがたまたまタイミング悪く、この状況に出くわしたと考えるべきか…罪を憎んで人を憎まず。そういうことにしとこう…なんか納得いかないけど。

僕とマンツーマンで話したいという善太郎の要望で、ハルジオンには外れてもらうよう話を持ちかけた。


「…分かりましたわ。村島勇人、別れ際に少々…」


「ん?何、ハルジオ・・・!?」


ハルジオンが僕に近づくと、彼女の唇が僕の左頬に優しく触れていた。・・・キスをされた!?それが分かった瞬間、心臓の鼓動が急に早くなり、体温も徐々に上がっていくのが感じられた。頭の中が一瞬真っ白になり、ボーッとしながら無意識に離れていった唇の上の美しい瞳を見つめ続けていた。生まれてこの方、女の子にキスなんて一度もされたことがない。愛情表現の一つであることを知っている程度だ。ましてやこんな美人と公の場でなんて、夢のようだ。

実際に自分がされると、彼女の僕を想う気持ちや好意の大きさが唇を通してこの僕に伝わってくるのが分かる。魚心あれば水心。僕も彼女に対する気持ちや好意に応えてあげたいという気持ちが自然と強く湧き上がってくる。・・・しかし、悲しいかな僕の理性は頑固だ。傍にいた男のせいで、浮かれたその気持ちは正気に戻された。


「ふぉ〜!勇人、もうそこまでの関係になっていたか!初彼女だろ?良かったな〜。羨ましすぎるから、今度俺にも女の子を口説くコツを教えてくれ。」


「い、いやそんな関係じゃないし…彼女は…」


「村島勇人、私たちは強く結ばれたもの同士の関係ですわよ。先日に接吻は強い愛情表現と学びました。私の愛情をストレートに受け取ってもらえると嬉しいですの!」


「もう、話がややこしくなるから止めて〜!!」


その後、ハルジオンはその場を離れて去っていき、僕は生徒会室前の廊下で善太郎の相談事を受けることにした。





善太郎が僕に相談したいことが何なのか皆目、見当がつかない。テスト前にノートを貸したり、お気に入りのエッチな本があるから貸してあげる等の相談なら何度も受けたことがある。けれど、そのレベルの相談なら別にハルジオンを外したり、今ここで僕と二人だけで話す必要はないと思う。彼が人の目を気にして僕とマンツーマンでの相談を持ちかけることなんて滅多にない。いや、過去に一度もなかったはず。それぐらい重い内容の話ではないのかと少しばかり身構えてしまう。


「で、僕に相談って何?…先に言っとくけど、ハルジオンとの色恋話とかだったら帰るから。」


「…勇人、もうあの子を呼び捨てで呼ぶ仲にまでなっているのか?・・・って、違う違う!!俺がお前に聞きたいのは『影喰』ってやつのことだ!」


善太郎の口からいきなりそのワードが出てきて僕は驚いた。何で彼が『影喰』を知っているんだ!?僕は自身が影喰であることは彼には一切話してはいない。実世界の人に話してしまうといろいろ混乱を招きそうだし、下手したらその情報を得た別の影喰から狙われる危険性だってある。不都合な事しかないと思っているからだ。・・・僕が影喰だということをコイツは知っている!?もしかして、さっきのハルジオンとの話を全部聞かれていたのか?…いや、可能性としてはもう一つある。善太郎自身が影喰に選ばれたのではないかということが。

続け様に彼が発言する。


「いやね、その影喰ってやつが俺たちがいるこの世界から選ばれて異世界で闘うっていうラノベをこの前読んだんだよ。…んで、影喰ってヤツが死んじまったら存在が抹消されて、人間の記憶にも記録にも残らなくなるって設定だったんだけどよ。・・・その〜、勇人これどう思う?ガリ勉のお前の意見が聞きたいな〜って思ってよ。」


「な、なんだラノベの話かよ。そんなラノベあるんだね・・・うーん、どうだろう。もし現実にそれがあり得るなら、僕だったら大泣きしているかもね。意味のない闘いに巻き込まれて、死んだら存在がなくなるってあまりにも悲しすぎるし。」


「うん、だよな!全く。あのラノベ作家、もうちょっとハッピーなシナリオ書けってんだよ!」


どうやら創作話のことだったらしい。なんか一気に肩の荷が降りたのか僕の表情は自然と和らいでいた。別の相談事もあるのかと思っていたけど、この話だけだったらしい。ってか、それならいつもみたいに授業の合間にでも話せってんだよ!まあ、もっと重い話を持ちかけられてもそれはそれで困惑していたのかも知れないけれど…

その後は普段通りの他愛もない雑談をちょっとしてから僕は善太郎と別れた。


(・・・ラノベなんて嘘に決まってんだろ。俺はただこの現実を否定して欲しかっただけだ…あのハルジオンさんが勇人の武影器なのか・・・勇人、お前も影喰だったんだな。)

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