ep.51 十分、良いステージまでいけたんじゃないかな 2/2 (主人公・由依視点混在)

◇◆ 由依視点 ◆◇ 


 スマホの端末が震えて、思わず枕元においたはずのそれを手探りで探す。

 ベッドの上から手を伸ばして探すけど見つからない。


 仕方ないから重い瞼を開く決心をした。


「ふぇっまぶし……!」


 目を開けた瞬間あまりの眩さに思わず変な声を上げてしまった。

 ぜったいに遅刻するような時間に目が覚めたに違いない。そう思ったあとですぐに気づく。


 そっか、土曜日だからまだ寝ててもいいんだった。


 気づくと、起きてしまったことがとても勿体なく思えた。

 

 横を向くと、まだなつ海ちゃんは寝ているようだった。

 一つのシングルベッドを友達と二人で使う生活。お互い少しばかりの遠慮のために、普段は背をむけて寝るようにしている。

 

 眠っている間に寝返りを打ったのか、なつ海ちゃんは由依のほうを向いて、その寝顔を晒していた。本人の名誉のために言うと、キレイな寝顔をしてる。

 そんな寝顔を見る機会なんて、由依にはほとんどなかった。

 なつ海ちゃんは、夜は遅くまでゲームをしていたし、朝は由依より早く起きて朝御飯を作ってるから。


 たぶん、かなり疲れてるんだよね。


 昨日の彼女は、結構荒れていたから。

 それは、由依もだけど。


 食べかけのスナック菓子、空になったジュースの缶。片付けないといけないものだらけ。それも仕方ないよね、と思う。

 昨夜、私たち……由依となつ海ちゃんは、失恋をしたわけだから。

 戦略的撤退だって、なつ海ちゃんは言ってたから。由依もそう思うことにしてる。

 

 そうだ、スマホ。

 さっきの振動はきっとなにかの通知で、由依にむけて連絡をする人は限られているから、まだ寝てるなつ海ちゃんを除けば、カズキさんか、お父さんとお母さんくらいだと思う。

 

 充電ケーブルに繋がれた、桜色の端末に手を伸ばす。

 それはSNSアプリからの通知だった。


「乃愛さん……?」


 カズキさんの学園祭の手伝いをした際に連絡先を交換したのを思い出す。


『由依ちゃんには迷惑かけるんだけど。私はちょっと行けそうにないから、この動画を明日皆に見せてくれないかな。私からの最後のメッセージ』


 そういったメッセージのあとに、一つの動画ファイルが貼り付けれていた。

 乃愛さんからの動画は3分ほどの短いものだった。


「最後って、どういうことなんだろう……」


 指先を伸ばす。

 動画のサムネイル中央に位置した再生ボタンに、そっと触れた。


       ***


◇◆ 主人公視点 ◆◇ 


 花火を見た駅から30分ほど電車に揺られたところにその駅はあり、駅から降りてすぐのところに海はある。

 沙織が最後にだした要望はその海に行こうということだった。

 電車に乗り込んだときにはもう、日は暮れ始めていた。


「アタシ、海ってひさしぶり。ちょっと行けばすぐの距離なのにね」


「でも今から行っても、まだ海開き前ってのもあるしあんまり暗くなると危なくないか?」


 普段から乗車率が高くない路線で、さらに半端な時間に乗り込んだためか、俺達を除くと車両の中にはだれもいない。


「いいの!」


 列車の揺れも、踏切を通過するときの音も、

 決して程度の良いとは言えない座席のクッションも、あまり良いものではなかったが、30分の我慢だと思うことにした。


「最初のときなんだけど。一樹にアタシが告白したの覚えてる?」


「1巡目のときのことだな」


「そう、あの少し前のときにさやかと大喧嘩したのよ。大雨の中でずぶ濡れになりながら! 凄かったんだから」


「ああ、何となくだけどさやかに聞いたなその話」


 2巡目以降のルートでの話にはなるが、そこまでは説明はしなかった。


「まー、そういうわけでアタシにとって、さやかってやっぱり特別でさー。可愛くて、強くて、格好良くて。ずっと隣にいて憧れてた」


「へー、どっちかというと沙織のほうが器用で賢くて、格好良いと思うけどな」


「そこは嘘でも可愛いって言うべきじゃないかなー。まぁそんなのは期待してませんけど。それで、さやかをどうしたら救えるかなーって沙織的に色々考えてみたわけで」


 一駅、また一駅と無人の駅に停車しては、減ることも増えることもない乗客数のまま、電車は海へと向かっていく。


「なんか良い答えが出たか?」


「うん。まあね。あ、それでさ。1巡目のときの話少ししとこうと思うんだけど」


「それって明日のほうが良くないか? 乃愛たちもいるし」


「んー、今しときたいの」


 これからの対策を話すなら、明日皆がいるときのほうがいい。

 理屈てきな話で言えばそうなるわけで。


 二度手間になることをわかった上で話し出すのは佐藤沙織らしくないと思った。

 沙織は、乃愛ほどではないがロジカル思考を好むタイプだ。

 だから変だとは思っていた。


「えっとね、なつ海ちゃん……一樹と付き合ってから少しして行方不明になったんだけど、覚えてる?」


「いや――それは俺はしらない」


 なつ海が消えるのは、リサマでの真田なつ海のルートのときと、日向由依の追加ルートのときだけのはずだ。


「そうだよねー。それでさ、なつ海ちゃんを探しにさやかと一緒に海に行ったの」


「今から行く、島のことか?」


「うん、そう」


「そこで、水月ちゃんと出会ったの。島に渡る橋を歩いた先、赤い鳥居のある場所に彼女がいた」


「……それで、何を話したんだ」


「神様……じゃない? あの子。そうわかっちゃったからさ、お願いしたの。なつ海ちゃんを見つけてほしいって。そしたら、それはできない事だっていうの。もうなつ海ちゃんの魂は海にかえさなきゃいけないからって」


「……」


 それは、最初のトリガー。

 乃愛がそう言っていた、なつ海の過去のことだ。

 

「アタシ、なつ海ちゃんがいなくなってからの一樹のこと見てたから、沙織的にはね。このままじゃだめだーって思っちゃったのよ。だから、アタシが代わろうとした。そういう交渉を持ちかけたんだ」


「……それを、水月は受け入れた、ということか」


「うん。でも代わりになったのはアタシじゃなくて、一緒にいた、さやかだった」


「止める間もなかった。アタシと水月ちゃんの間に入って、私が代わるからって。一樹が選んだのは沙織だから、沙織は一樹に必要だからって。そう言って水月ちゃんと一緒に消えたの」


「消えたはずなのに。さやかは交通事故で死んだことになってたんだ。たぶん、そこから先は一樹が知ってる通り。そのことを受け入れられなくてアタシは。もうずっとこの夏にいる」


「――沙織?」


「手、だして」


「……ディスク?」


「うん。もう必要ないからね。このゲームディスク。なつ海ちゃんが昔貸してくれた別のゲームだったんだけど。たぶん間違えて入ってたのかな。PCじゃないと動かないみたいで。いつか返そうって思ってたんだ」


「Re;summerの……」


 それは見覚えのあるゲームディスクだった。

 擦り切れた印字には『Re;summer-夏色はくり返す-』のタイトルロゴ。

 そして、『Amber software』……琥珀のロゴマーク。


「ん、たぶん水月ちゃんが書き換えたんだと思う。アタシが願ったときに。代わりになつ海ちゃんに返しておいてくれないかな。擦り切れちゃうくらい使ってしまったから。壊しちゃってごめんねって言ってほしいな」


 元は違うゲームの、なんてことはないディスクだったんだろう。


「そんなの明日、自分で渡せばいいだろ」


「ごめんね。沙織は一樹と出会えて。この最後の夏に乃愛さんたちと、そしてさやかと想い出が作れて。幸せでしたよ」


 何を……言っている?

 BADエンドだとしても……いくらなんでも、早すぎる。


「いくなよ……。もうすぐ、着くんだろう海に。一緒に見に行きたいって言っていただろ!」


 どこで間違えた、どこからやり直すべきだ。

 やり直しなんて……できるのか。

 コンティニューも、SAVE & LOADも、この世界にはないんだろう。

 

 なら、彼女を失うわけにはいかないじゃないか。


 確かに強く、彼女の腕を掴んだ。筈だった。


「あのね、恋=ゲームなんだって。それなら十分、良いステージまでいけたんじゃないかな。モブなアタシにしては。ね、だからそんな顔しないで?」


「さ……」


 ベレー帽が落ちて、彼女の青い髪がふわりと視界を遮った。

 俺の言葉を遮るように、沙織の唇が重なる。


――それは、いままでで一番長いキスだった。


 最後に、彼女の名前を呼ぶことができなかった。


 黄昏れ時の電車の中、俺は一人だった。

 唯一、手の中にあるものは、擦り切れて傷だらけのゲームディスクだったもの。

 いまはもう、タイトルも描かれていない、ただのブランクディスクのようだった。


 確かにそこにいたはずの彼女の唇の感触を、無くさないように唇を噛み締めた。

 それはただ悔しさが血と滲むだけで、何の意味も成さなかった。

 

 電車の扉が開き、そして閉じた。

 目的の島が遠ざかっていくのが車窓から見えたけれど、どうでもよかった。

 

 もう、どうでもいい、なんて思ってしまった。 

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