ep.48 ずるいくらいじゃなきゃ(主人公・なつ海視点混在)
◇◆ 主人公視点 ◆◇
「最近のロールケーキって――」
「うん、巻いてないよね。じゃあロールじゃないよねって話は、今しなくていいからね」
「あ、はい。渚はどうして私の言うことがわかるの」
「だって、つむぎだし。目の前に先輩が買ってくれたロールケーキがあるし。絶対言うもん」
「なんか不満なんですけど……。まあ、いいや。それにしても教室にまで訪ねてくるなんて。やっぱり私のファンだったんですね、お兄さん」
購買で購入したスイーツを持ち寄って、学食の空いた席に3人で座る。
昨夜、なつ海から指示を受けた通りの行動だ。
神前つむぎとイベントを起こすこと。
そのために、昼休みに入るとすぐに1年生のクラスまで乗り込むことにした。
結果、北城渚と神前つむぎを誘うことに成功した。
「いや……」
「まあそれは冗談なんですけど、まさかお兄さんが噂の真田先輩だったとは驚きですね。渚がいろいろとお世話になっているようで」
「ちょっとやめてよ、つむぎ」
渚から話を受けているということなのだろうが、噂の、というのは少し気になる。
「まあ特別な用事があるわけじゃないんだけど、この前甘いもの食べたいって言ってたから」
「あれは私が奢る約束ですよ?」
「さすがに後輩たちに驕ってもらうわけにはいかないからな」
なつ海が根に持っていたぬいぐるみの代わりに、という約束だったがさすがに気が引けるため、二人には俺から個包装されたロールケーキを奢ることにした。
「じゃあ、遠慮なく……んーー甘くて美味しぃ。絶対この生地の柔らかさは巻いてたらつくれないね」
つむぎは小さなスプーンで、生地の一部と真ん中に乗った生クリームを掬い口に運ぶ。
「でしょ? だから巻いてなくていいの」
「なるほど……。んーそういえば、良いんですか? 昼休みって、例の彼女さんとよく一緒にいるんでしょ?」
「あー、彼女じゃないんだけど。沙織のことだよな」
「そうそう。その沙織さん。もしかして喧嘩してるとか?」
「いや喧嘩とかはしてないよ。クラス一緒だから今日も顔合わせてるし」
喧嘩というより、実際にはもう少しややこしい状況だが。
教室で顔を合わせたときの沙織は、さすがに俺のことを『真田くん』と呼ぶことはなく、『一樹』と呼ぶように戻っていた。
それはさやかのおかげなのだろう。深くは聞かなかったことだが、きっと二人のなかで何らかの話があったことは想像がつく。
「ふーん。なんか訳ありそうだけど。甘い物に貴賤はないですし。ちょっとしたラッキーだと思って頂いておきますね」
「つむぎってば。あの真田先輩。何か、悩みとかあったら全然わたし、相談とか乗りますからね。あれから一応、ちゃんとふっきれてますから!」
「と、本人は言っておりますけど。未練たらたらですよ」
「もうッつむぎは黙ってて!」
渚が、その両手でつむぎの口を塞ぐ。
それに抵抗しようともがく、つむぎ。
モミクシャになりながらもちゃっかりと机の上の甘い物だけは死守しているようだった。
「渚ちゃんとつむぎちゃんは、仲いいんだな」
「まー、一応ユニット組んでますからねー。あれ? あ、気のせいかな」
「ん? どうしたの渚」
「えっと、いま沙織さんがいたような……ううん、気のせいだと思います」
ノルマ達成だな……。
こんなことに後輩二人を巻き込んだことに、若干の罪悪感を覚えながらも目的を達成できたことに安堵する。
「修羅場にならなくてよかったですねーお兄さん」
「おいおい、茶化すなよ」
***
◇◆ なつ海視点 ◆◇
兄さんはうまくやれてるんだろうか。
昨日の今日で、わたし自身消化できていないところも多いのだけど。
おかげで授業中もろくに内容が頭に入っていない。あとで、由依に教えてもらえばいいのだけど。
――佐藤沙織を攻略する方法を、探してほしい
恋敵なんだけどね。
それでも、兄さんはわたしを信じて頼ってくれたんだ。それに応えたいと思うのが妹心というもので。
「うまく、つむぎさんって人と会えてるかな? カズキさん」
「んー、さすがにそれくらいはできてくれなきゃ。一応ゲーマー家系の長男よ? ヒロインがどこにいるか場所を特定するくらい。王道の選択肢パターンじゃない」
恋愛ノベルゲームのルート分岐のメインは会話の選択肢によるもの。
それとは別に、ゲーム内容によっては行動パターンの選択による分岐がある。
何処に行くか。なにをするか。みたいな。
場所によって出会えるヒロインが代わり、そこでイベントを発生させることで好感度を上げていく。
今回の兄さんの動きはまさにそれになぞらえたもの。
「えっと、あの。ごめんね、なつ海ちゃん。由依そういうの全然わかんない」
もちろん、由依が知ってるわけないのだけど。
「あーいいのいいの。それに、それくらいじゃルート復帰は無理だから」
「え? どういうこと?」
「沙織さんに兄さんへの恋心があるのは、見ての通りなんだけどね。リサマってゲームの特性上、やっぱり沙織さんはモブなのよ。それがちょっとした選択肢でどうにかなるもんじゃないってのが、ゲーマーとしての意見」
「んー、じゃあどうすればいいの! このままじゃ、なつ海ちゃん消えちゃうんだよ」
内心わたしも冷静ではいられないのだけど。
これでもゲーマーの端くれだから。楽観的にも考えないし、かといって悲観的にもならない。これはある種のノベルゲームだと兄さんは言ったのだから、
それなら、わたしはゲームとしてこの事態を
「あのひとはね。すっごく真面目で純粋なのよ。だから全部背負い込んで、さや姉のことも。……わたしのことも。守ろうとしてくれてたんだと思うんだ。好きなら好きって言えばいいのに。遠慮しちゃってさ」
「それは、なつ海ちゃんもじゃない」
「わたしのことはいいの! それに、今回のわたしは戦略的撤退をするだけよ」
――なにそれずるい。沙織的にはフェアじゃないのはダメだと思うけどなー
少し前のこと、沙織さんがそう言っていたことを思い出した。
「ずるいくらいじゃなきゃ。恋もゲームも勝ち残れないっての」
「ちょっと、わたし電話してくるね」
昼休みが終わる前に、わたしがやるべきこと。
それは、悩んでいるヒロインに手を貸す、負けヒロインとしての役目。そういうのって、ノベルゲームだと当然あるわけで。
わたしは、わたしの役割で頑張るしかないのだから。
由依に断りをいれたあと、教室を出てから階段の踊り場へと向かった。
そこが一番人が少なくて都合がいい場所だったから。
スカートのポケットに手をいれる。
ずっしりと重い、ソシャゲ用のハイスペックなスマートフォン。
普段は通話に使うことはないその端末の液晶にタッチして、SNSアプリを立ち上げる。
そこには沙織さんのアカウントの情報が登録されている。
通話アイコンに触れた。
少しばかり緊張するけど。浅く息を吸ってその時を待つ。
これは、格ゲーみたいなもの。でも相手の体力ゲージを減らすための戦いじゃなくて、わたしは負けるために戦う。
『もしもし……なつ海ちゃん?」
「沙織さん、ちょっといまいいですか」
『えっと。うん。大丈夫だけどどうしたの』
「兄さんのことなんだけど」
『さな……ううん、一樹のこと?』
窓から見える外の景色は鮮やかで、木々は青々としていた。
蝉の声が聞こえる。
まだこの世界で生きていたい。これからも兄さんの傍で。
わがままなことかもしれないけど。
「ん。あのね、わたし兄さんが好きなの。知っていると思うけど。キスだってした。わたしのできる限りの作戦でめいいっぱいアプローチした」
『……うん。聞いたよ』
「でもねー、だめだった。兄さんはほかの誰かさんがめっちゃくちゃ好きみたいなんだよね。わかると思うけど。それはさや姉でもないの」
『わかってる……。でも』
「さや姉に悪いって思ってる? それともわたしにですか」
端末をもつ手が震える。
でも声は震わせちゃだめだ。
『それだけじゃ……なくて』
「わたし全部聞いたし、ぜんぶわかってる。多分、始まりはわたしなんだ。わたしを助けたときから、悲劇がはじまったんだ。だからね、ほんとに消えなきゃいけないのはわたし。そのことで、沙織さんが負い目を感じることはないんですよ」
『なつ海ちゃん、それは違う!』
強い反論の声。このひとは本当に優しい。
兄さんが選んだだけはあると思う。
「……違くないよ。でも、わたし諦らめてないから! 兄さんが絶対に助けてくれるって信じてるから。わたしのことも、さや姉のことも」
「だから、沙織さんも兄さんのこと信じてあげてよ」
『そんなの……沙織、ずるくないかな……?』
「わたしまえにも、言いましたよ? フェアプレーだけが戦略じゃないです。以上! バカな兄さんをもった妹からの連絡です!」
自分をモブキャラだと思い込んでるメインヒロインなんて、キャラ立ちすぎだと思うんだよね。
正直それだけで、かなりずるいよ。
『……ありがと』
「いいんですよ。じゃあ、良い結果報告待ってますからね」
さすがに学校じゃ泣かないと決めてる。
絶対泣かない、恥ずかしいから。笑顔で由依のいる教室に戻るんだ。
あと3分だけ、この踊り場でうずくまってからになるけど。
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