ep.24 キス・プリンシプル

 帰宅して、すぐに目についたのは制服姿の妹の姿だった。

 6月8日に戻ってからすぐ、俺は沙織に頼み意図的にリープを起こした。

 次に気づいたとき俺は、6月18日だった。


 リビングの床で目を覚ました。

 全身激痛があり日向由依と浴室で2度めに遭遇したそのあとであったことを察した。

 

 そして、そのまま19日を迎えて今に至る。

 学校から帰宅し、すぐに目についたのはいつもながらリビングでゲームをするなつ海の姿だ。

 

 いつもながら、ソファー前で三角座りしているなつ海は、今日は珍しく制服姿だった。

 その短いスカート丈のせいで、しっかりと見えてる。


「由依ちゃんっていま、なつ海の部屋?」


「ん」


「ちょっと話かけてきていいかな」


「ん」


 リビングでゲームをしている妹、なつ海に声をかける。

 集中しているのか、素っ気ない態度だった。

 あえて少し際どいことも言ってみる。


「下着見えてんだけど」


 青色だ。


「ん」


 やはり反応がない。それもそうか、と思った。

 なつ海はオンライン対戦型のFPSゲーム中のようだった。武器を素早く切り替えて、照準を合わせて敵を撃つ。

 そしてすぐ様移動する。


 その繰り返し、なつ海の無駄のない動きで味方陣営が押しているようだった。


「由依ちゃんと話あるから、部屋入るぞ」


「あー、もうさっきから兄さん何なの。いま集中してんの、もう」


 理不尽に怒られたため、俺は同意を取らずになつ海の部屋に向かうことを決めた。

 廊下を移動し、なつ海の部屋のある2階への階段を登る。

 部屋をコンコンとノックする。

 俺の部屋と同じく、鍵はついていないタイプだ。


「はーい、なつ海ちゃん? 入っていいよー」


「あ、いや、一樹だけど、ちょっと入るね」


「え、え、カズキさん? えっと、あ、ちょっとまっ」


『入っていいよー』の言葉をもらったことから、俺は特に何も考えずにドアを開く。

 そこで目にしたのは、3度目の彼女の白い肌だった。


――3回です


 フラグを回収した気がした。


 彼女は上こそは制服姿だったが、下のほうは……スカートを履いていなかった。

 ちょうど手に持っていることから、着替えるところだったのだろうか。

 可愛らしいピンク色の下着を履いている。


 ワンポイントの小さなリボンが全面に見えるが、これは何のために付いているんだろうか。

 そう、なつ海の洗濯物を手にした時にも浮かんだ疑問を思い出す。


「だめだめだめだめ、閉めてしめて~~~」


 みるみる真っ赤に変えた顔をした由依は、そう言って左手に持つスカートで見えていたパンツを隠しながら、

 もう片方の手でドアノブを押し返す。


 バタン、と閉じられたドア。


 一瞬の沈黙。


「……あの、由依ちゃん。ごめんね」


「うぅぅぅぅ、やだやだやだ、なんでカズキさんいっつも、いっっっつも由依の裸見るの……? もしかして、わざと……とか」


 いや、それは偶然なんだけど。

 最後の言葉は俺への質問というよりは独り言のようだった。


 締め出された俺は、ドア越しに声をかける。


「ちょっと、由依ちゃんに相談があったんだけど」


「ふぇ、相談……?」


「うん、ごめんね。急に開けて、話せるかな」


「……まって、ください。すぐ着替えますから」


 日向由依は少し冷静になったのか、落ち着きを取り戻した声で返事をする。

 やっぱりいい子だと思った。


       ***


「あぷ……り。ですか?」


「うん、スマホとかタブレット端末で使えるやつを考えててね」


 私服に着替えた由依が扉を開いたのは、それから少ししてのことだった。

 心なしかさっきよりも部屋が片付いている。

 

 なつ海の散乱した私物とかも、まとまっていて。

 女性的な香水の甘い香りがした。


「んー由依にわかる話じゃないと思うんですけど」


「由依ちゃんって生徒会だったよね。今までも企画運営とかってやったことあるんじゃないかなって思って」


「あ、はい。保護者の方と一緒にするイベントとかですけど……えと、あまり見ないでください。恥ずかしいです」


 すっぽりと大きめの白いパーカーに由依の小柄な身体はおさまっていた。

 さっき見た下着姿がちらついて、下半身にちらりと目をやってしまう。

 

「ごめん、ちょっと気になって。あ、いや気になってというか。……ごめん。話続けるね。企画したイベントまで、時間がないけど成功させなきゃいけないってなったとき、由依ちゃんならどうするかなって」


 由依は大きなカピバラのぬいぐるみ抱きかかえるようにして自身の下腹部を覆い隠し、膨れ面をして俺を睨みつける。

 それでも、本気の怒りではないことはわかっていた。


「時間がないときですか。いわゆる納期が決まってる話なんですね。そうなると、納期を後ろに下げることはできないから。企画自体の規模を小さくするとか。何か資料が必要なときは、作業する生徒を増やすとか。ですね」


「そう、そういう話がしたくてさ」


「あ、大きく間違ってなくて良かったです。カズキさんの作りたいものって具体的に聞いてもいいですか」


「占星術。占いのアプリなんだけどさ。必要な情報を入れたら、すぐに結果が反映されるようなものを作りたいんだ」


「あー、ありますね。星座占いとかだと、生年月日だけでも出ますよね。あとは姓名診断とかもあったりすると思うんですけど、占星術ってなると……どういう情報が必要なんですか」


「生年月日と生まれた時間。あとは出生地の情報かな」


「生年月日と出生地は、わりと皆知ってますよね。でも生まれた時間ってどうなんでしょう。詳しくは知らないかも」


「やっぱりそうだよなぁ」


 急な相談に対して、日向由依は的確な回答をくれる。

 有名私立女子高で生徒会に入っているだけのことはあって、地頭が良い子なんだろう。一緒に暮らしていて、なつ海が参考書を開く姿はあまり見たことがないが、一方由依については、時間があれば何かしらの本を読んでいる姿をよく目にしていた。


 だからこそ、白羽の矢をたてるべきと判断したのだけれど、それは当たりだった。


「でも、朝昼夜くらいなら知ってるかもですね。由依は夜中だったって母から聞いてますし」


「あ、そうか。じゃあプルダウンで切り分ければいいのか……」


「その情報を入れると、どうなるんですか?」


「この今日図書館から借りてきた占星術の本によるとなんだけど、ホロスコープっていう星読みができる図面が作れるらしいんだ。これをアプリで出せるようにする」


「カズキさん、そういうの得意なんですね」


「まー、ちょっとコードをいじったりはしてたからね」


 このリサマの世界に転生するまでは、現役プログラマーだった。

 そのときは自発的にこんなことをやろうと思うとは思わなかったが。


「出てきたその図を見て、すぐに占い結果ってわかるものなんですか? 多分、由依は詳しくはないんですけどそういう星読みって経験者じゃないと……」


「うん、そこなんだよね。さらにそこからいくつかのパターンに分けて、質問と結果を細分化していかなきゃいけないんだけど。さすがにその時間がないというか」


「そうなんですね。いわゆるフローチャートみたいな感じなんですよね。よく分からないんですけど」


「そう、分岐が増えれば増える分、複雑になるからプログラムにミスも生じやすく、て、さ……」


 カチリ、と知識と経験、頭の中の発想が噛み合っていく気がした。


――これから頑張るキミのために。ひとつ、ヒントをあげる


 ヒント。そう源乃愛は言ったのだ。

 そして、口づけをした。

 それはではなく。キスという行動自体に意味があったのではないか。


 キス=KISS。

 

 それは理系開発者にとっては別の言葉を指す場合がある。


「Keep it simple, stupidシンプルに作れよ、バカものめか……」 


 KISS。製品開発の構造はシンプルにするべきである。

 という、意味の言葉。


 複雑性は、不具合の原因になるからだ。


「カズキ、さん?」


「そうか、そういうことだったんだな乃愛……わかりづれぇ。由依ちゃん、ありがとう、すごく助かったよ」


「あ、いえ、由依大したこと言ってませんよ。でも、何か役に立てたならよかったです」


「最後に、一ついいかな。もし占いの結果をもらえたら嬉しいもの? その場で占い師に言われるだけじゃなくて」


「そうですね、なにか残るものがもらえると嬉しいかも。アプリからDLしたり、SNSにアップできるといいかも……」


「……それだ! サンキュ、助かったよ」


 このアドバイスは年頃の女子ならではかもしれない。

 由依の言葉に、俺が努力するべき方向がまとまった。

 

 複雑なアルゴリズムで、結果を導くアプリではなく。

 ホロスコープを作成し、乃愛に共有する。そして乃愛が星読みをし導いた占い結果をフロント役のさやかと沙織が伝える。

 そして結果の図面をQRコードで受け取れるようにすればいい。


 その方法であれば、特殊なコードはいらない。作成期間という問題は解消できる。


 最初から乃愛の掌の上だったのだろう。

 それでもいいんだ。俺はこれで、あの日の乃愛のところにもどれる。

 彼女のルートを進めることができる。

 

 俺は、俺のやり方で結城さやかを、助けてみせる。

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