ep.23 私は何番目ですか
ことん、ことん、とリズミカルに包丁が野菜を切る音が聞こえる。
すでに一口大になったジャガイモと、まな板の上の人参。今日はカレーだろうか。
調理をしている制服姿の女の子。背中越しにエプロンの紐が見えている。
真田家で調理をしているのだから、妹の真田なつ海だ。
しかし、日向由依の姿が見当たらない。
すこしあの子の知恵を借りたかったんだけどな。乃愛の学園祭の準備の件で。
「なつ海、由依ちゃんどっか出かけてるのか?」
「え? 兄さんなに言ってんの。今日、由依遊びきてないよ。てか、兄さんと由依ってそんなに面識あったっけ?」
あ、やべ。まだ6月8日の段階だと由依は居候していないんだった。
そう思うと少し寂しく感じる。
「ああ、そうだった。すまんちょっと勘違いしてた。なつ海ちょっといいか」
まあ、なつ海でいいや。こいつはこいつでそこそこ頭が切れる。
「ごめん、いまちょっと手が離せなくて。って、なにその不満そうな顔。カレー、食べるでしょ? 兄さんのために辛口ルーにしてるんですけど?」
目がすわってる。包丁を向けるな。
エプロン姿のなつ海は不機嫌を顔全体で表現したような表情をしていた。こういうときのなつ海に関わるとろくでもないので俺はそそくさと退散を決意する。
「ごめんって、カレー楽しみだよ。悪い。俺ちょっと出かけてくるわ。夕食の前には戻る」
鍋の中で沸き立つ湯のけむりと、つぎつぎと投入していく野菜の香しい匂い。
不満そうななつ海の手際は良く料理自体は丁寧だ。
楽しみ、というのは本心だった。
「は? ちょっと。ふつー、妹に全部押し付けて遊びいく~!? ってもういないし。なんなのよ、もう」
すでに玄関を飛び出した俺には聞こえなかったが。おそらくまた詰んでしまえだのなんだのと、悪態をついているんだろうな。
***
かくかくしかじか、というわけで、
隣にある結城さやかの家の前に着き、スマホからさやかを呼び出した。
ドアから身体半身だけを見せたさやかは、まだ制服姿で、彼女もまた不機嫌そうな顔をしていた。
なんなんだ、リサマのヒロインのオフショットってやつは。
もう少し愛想の良いキャラクター陣だったと思うが。
由依のことは、適当に嘘を交えつつ
妹にも相談ができずに、さやかに話をしに来たことを説明した。
「で、なんで私なの?」
「すまん、他に話しできるのがいなくてさ」
「それはいま聞きましたけど。私は一樹の何番目ですか。てか部屋戻っていいかしら、いまマンガ描いてるとこなんだけど」
マンガ同好会に所属するさやかは、コンクールで賞をとるほど絵心がある。その実力はプロ顔負けだという設定つきだったはずだ。
そんな彼女にしか頼めないついでもあって、好都合だった。
「あ、そっか丁度良かった。ちょっと頼みたいこともあってさ」
「へ? 私に? 一樹が?」
「おう」
「やだ」
「へ?」
思わず変な声が出る。
結城さやかは、もっと愛想良い面倒見のいい幼馴染キャラじゃなかったか。
「いや、だから、嫌」
「え、なんで?」
「だって絶対面倒なこと押し付けてきそうだもん。小学校のときゲームのレベル上げ押し付けてきたよね。中学のときは、課題手伝わされたよね。今回も絶対ろくなことないもん」
そう言って玄関の扉を閉めようとする。
俺は慌てて、ドアに手を挟みこみそれを止める。
「いや、そういうのじゃなくてさ」
せめて用件を聞いてほしいのだが、聞く耳を持たない様子だ。
「あのねー。一樹、もう高校生なんだから、ね? 一人で頑張れるでしょ」
「そんな母親みたいな言い方されても……」
「夏子さんに頼まれちゃってますからね、一樹がちゃんとしてなかったら代わりに叱ってあげてって」
夏子とは、俺となつ海の母の名前だ。
ここで母の名前を出されてしまったら、俺は何も言えない。
おそらく母は俺よりさやかを信用しているのだろうから。
「……いらんことを」
粘る俺に根負けしたのか、さやかはやっとそのドアを開き、自室まで俺を招いてくれた。仕方ないなーと、ため息をつきながら見せる横顔は、やはり可愛かった。
***
「すげーな……このパソコンとか、ペンタブとか全部さやかの?」
「そうよ? これでも結構本格的にやってるんだから」
腰に手をかけて少し得意げな表情見せる。
その表情も納得の設備だった。
最新のゲーミングPCに劣らないクリエイター向けのデスクトップ型パソコン。
そのデスクの上にはペンタブレット。
プリンター複合機、トレース台。
隣の机には、インク、ペン。そしてペン先の替えの山。
スクリーントーンを纏めているだろう棚に、様々な絵の参考書。
「なんでちょっと自慢気なんだよ。て、あれトーンよく買ってたからデジタル否定派なんだと思ってたけど」
「? 私はGペンで描くのも好きだし、デジタルでも描くってだけよ」
「ああ、そうなんだな。好都合だ」
「好都合って、なに?」
「実はさ、いまスマホ用のアプリを作ろうと思ってるんだけど、マスコット的なキャライラストってもらえないかな」
それは俺が思いついた学園祭に向けた計画。
源乃愛に対して見せつけることができる俺の唯一の得意技。プログラミング。
タブレット向けの占いアプリで、ホロスコープの作成を自動化しようというものだ。
「え? 一樹ってそんなこともできたんだっけ? 良いパソコン買ってもらっても、エッチなゲームばかりやってるだけじゃないの」
「誰情報だよ……」
「なつ海ちゃんと、夏子さん」
「……そうだった」
――あとエロゲーって言いそうになって言い直さなくていいから。もう知ってるし。部屋から聞こえてるし
いつかのときに、なつ海に言われた言葉が浮かぶ。
俺がエロゲーをやってることは、もしかすると全員に知られているんじゃないか。
沙織にも……?
「ん? まいっか。いいわよ」
「え? いいの? さっきあんなに」
「絵描くくらい、やってあげるわよ。てゆかさきに言いなさいよね。どうせ数学の課題見せて―とか、なつ海ちゃんと喧嘩したから仲介してーとかそういうのと思ったじゃない」
「俺そんな情けないやつって思われてるのか」
「違うの?」
「違うって、思いたいんだけどさ」
「で、どんなアプリ? エッチなのは無理だから」
「もう、えっちなやつから離れないか……。一応、占いのアプリっていうか。まぁ……そんなやつ」
「え? 一樹が? 占い? 似合わなすぎてウケる。沙織にも連絡しとこ」
そう言って手元にもつスマホで、文字を打ちはじめるさやかを俺は思わず止める。
「あ。いや、このことなんだけどちょっと他の人には内緒にしててほしいんだ」
「え? そう、残念。でもいいわ、クライアント様の仰せのままに。内緒にしておきましょう」
さやかは、その長い桜色の髪をあげて、高い位置で髪ゴムで止める。それはさやかの本気の仕草だった。クリエイティブな眼差しが手元のシャーペンと積まれた白紙のコピー用紙に向く。
その一番上にかんたんに、いや、簡単そうに見えるほどの手つきで、何かを描き始める。
「アイス」
作業机から目を離さないまま、さやかは一言そうささやく。
「?」
「今度の日曜、アイス奢って」
「ああ、ちゃっかりしてるな」
「じゃあ詳細はメールしといてくれる? 私のパソコンのアドレス、スマホに送っとくから」
あと……。と付け加えて、1枚の紙を俺に手渡す。
「占いだし、黒猫ちゃんとかいいんじゃないかなって、どう? こういうのマスコットっぽいでしょ。あとで着色して添付しとくわ」
普段の姿とのあまりのギャップに俺は圧倒されていた。
だからか、肝心のアプリ自体の構想についてさやかへ相談することを忘れていたのだが。それはまた、別の適任者がいると思う。
次のリープ後、また先の未来で由依に相談するか。
その夜、俺には思いつかないような可愛らしい猫のキャラが複数枚添付されたメールが届いた。ご丁寧にすぐにでも利用できるよう透過処理もされている。
サンキュ、と返信をかえす。あとは俺が頑張るだけだ。
お礼のアイスはもう支払い済みだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます