the first part
ep.01 プロローグ
青い髪の少女が俺のことを心配そうに覗き込んでいる。
その澄んだ瞳、整った輪郭。ショートカットの青い髪。
俺がくり返し見てきた、その存在そのものだった。
その子のことを……いや訂正しよう。そのキャラクターのことを俺は知っている。
キャラクターの名前は、佐藤沙織。
美少女ノベルゲーム『Re;summer-夏色はくり返す-』、通称リサマで、女友達として登場するキャラクター。
幼馴染で正ヒロインにあたる『結城さやか』の親友にあたる存在だ。
そして、佐藤沙織が目を覚ました主人公をのぞき込むというこの光景は、作中で唯一の彼女のイベントCGであり、リサマの冒頭のシーンにあたる。
「突然だけど真田一樹くん、今日は何月何日か聞いてもいいかい」
忘れもしない、それは始まりの日――7月10日だ。
それは、作中の最重要イベント、『七夕の日』を終えたあとで迎える、最初の教室での一幕。
しかし、作中主人公ならこう答えるのだろう。
「なにボケてるんだ。6月10日に決まってるだろう。中間テストの答案が返ってきたせいで頭のネジが外れたか」
なぜ
それは少し前の記憶へと溯る。
***
俺はゲーム配信Youtuberとして、美少女ゲームの攻略配信を生業としていた。
画面には、ノベルゲームの文字とそこに映し出されたキャラクター。
もう8巡目にもなる攻略を始めたばかりのこのゲーム。
その数は全年齢版をプレイした数で、移植前のR指定版はその限りではない。
「今日もまた、このリサマをやっていこうと思うんだけど。初見さんのために、まずは語ろうか。リサマは『主人公が日付をランダムに移行する』というタイムリープ要素が特徴的な作品で、その中で主人公の『真田一樹』は、交通事故で死ぬ運命にある幼馴染の『結城さやか』を助けるために奮闘するってゲームなわけ」
「ちなみにタイムリープのルールとしては同じ日付を辿らない、という条件があるから中盤以降になるとカレンダーの穴埋めをしていくような感じになるんだけどな」
ゲーミングチェアに腰をかけ、俺は卓上マイクにそう吹き込む。
配信画面に映るコメントの一つひとつに目を配らせながら、初見の閲覧者のものと中心に目ぼしいコメントに対して言葉を返す。
会社員をやりながら、趣味のゲームを配信して小銭を稼ぐ。
画面の中にしか恋人がいないことを除けば決して悪い生活ではなかった。
――ただ、なんだろうな。この虚無感っていうか。喪失感っていうか。まあ、社会人
なんて、皆そんなもの抱えて生きているんだろうけど。
『Re;summer-夏色はくり返す-』
もともとは18禁のエロゲーが、コンシューマー向けに移行したものだ。5人のメインヒロインと追加されたサブヒロイン2名の計7名を攻略するゲーム。
前半のユーモアな会話が中心のキャラ萌え系の要素もありつつ、
後半のシリアスなストーリーも話題になった。
いわゆる泣きゲーの一種。
「で、このリサマってゲームなんだけど。作ってるのが
「琥珀って変わっててさ、メインヒロインのほかに隠された攻略キャラがいるのが特徴なんだよ。ただ、リサマに関してはまだ攻略ルートもその対象が誰なのかも公表されていないんだ」
通常ノベルゲームの分岐は台詞の選択肢か、移動する場所、またはその時間によって変わる。
『忘れ物を取りに学校に行く』または、『あきらめて帰る』といったような選択だ。
選択により関わるキャラクターが変わり、好感度を上げたり下げたりして最終的なルートが決定する。
しかし、琥珀のゲームの裏キャラクターに関しては、そういったゲーム内の選択肢外の要素で分岐が発生することもある。
過去には、『ディスプレイの解像度をフルにしていないと発生しない』イベントがあったりしたくらいだ。
そんなことを思い返していると、早速視聴者からその話題がくる。
『たしか
SATとは俺の本名、佐藤悟からモジった配信者ネーム。
そう、琥珀の代表作であり、第2作目 『
その隠れキャラクターを見つけだしたのは俺だった。
それはゲームの発売から半年後のことだった。
俺の配信は一部のファンの中で、話題となり。
琥珀の公式Twitterで『ついに気づかれちゃいましたかー』と俺の配信の動画つきでコメントが入ったくらいだ。
それまでのルート分岐とは違う、独特な謎解き要素があることが発覚したことで秋風はヒット作となり、同時に俺はYoutuberとして収益化するほどの有名配信者の仲間入りを果たした。
それから続けて1作目、3作目の隠れルートも探し出し、
今では隠れヒロインといえば……。と言わしめるノベルゲーム専門配信者となった。
「そうそう、それで次はリサマで探そうってわけね。じつは目ぼしいキャラはいる。
おそらく、台詞や以前同様の解像度とはまた違うトリガーがあるはずだと思うが……。
そんなとき、ふとゲームのパッケージに目がいった。
夏服姿の結城さやかが腕時計を眺めている絵柄。
ゲーム性と季節をうまく表現したイラストが映える良いデザイン。
その裏面には、各イベントCGとキャラクター紹介のためのスクリプト。
そして、対象ハードウェアを示す、家庭用ゲーム機のロゴ。
ん……? これは誤植か。
「なぁ、コンシューマーゲームのやつってパソコンに入れても動かないよな」
俺は思わずそう口にした。
『そりゃそうでしょ、SATさんあまりにも隠れキャラでなくてついに……』
「やかましーわ。まだボケてもないし狂ってねーよ」
そんなやりとりを交わしながら、俺はその表記について口にした。
「俺、前使ってたパソコン引っ張り出してくるわ。配信は流しっぱなしにするから、ちょっと画面の沙織ちゃんを愛でててくれ」
画面上には、結城さやかの親友で主人公ともクラスメートの少女、佐藤沙織のイラスト。
ゲーム冒頭の画面、佐藤沙織の作中唯一のイベントCGが表示された状態だった。
ヒロインと同じ夏の制服に身を包むも、胸のサイズは中くらいで特に目立っていない。
ボーイッシュな要素を示すようなショートカット。
攻略対象外のモブキャラらしく、髪色も青みがかった控えめな色。
ちなみに、結城さやかはほとんどピンク色をしている。作中での表現では、桜色。
そんな佐藤沙織の代表的な台詞。
――突然だけど真田一樹くん、今日は何月何日か聞いてもいいかい
スクリプト画面にはその言葉だけが残り、ゲームは停止したままだ。
『なんで古いパソコン?』
押し入れでホコリ被っていたWindowsXP搭載のラップトップを立ち上げる。さすがに起動が遅い。
ドライブがおかしいのか変な音がするが、なんとかOS Bootまでするようだった。
「家庭用ゲーム機用なのに、パッケージの下に小さく推奨スペックってのが書かれてて、『Windows98、WindowsXP』なんて書かれてんだよ。だから書かれている通りに起動させてみようかと思ってな」
保存用に購入した、もう一枚のリサマのディスクを挿入する。
おんぼろパソコンはより壊れそうな異音を流しながら、光学ドライブを回す。
――ッ。
その瞬間、俺は強烈な痛みを胸の辺りに感じた。
昔のRPGにあるような『目の前が真っ暗になる』さながらの感覚とともに、その場でうずくまる。
遠くなる意識の中で、この配信内容がその後『放送中のYoutuber死亡』や、『放送事故映像』として配信魚拓がとられるんだろうなと浮かんだ。
もう少しマシなことも死ぬ間際に浮かばないのかと嘲笑めいたことを思いつつ、俺の生涯は幕を下ろした。
***
そう、これが最初のトリガーだった。
俺は美少女ノベルゲームの世界に、主人公、真田一樹として転生したのだ。
かまわない。と思った。
ゲームをプレイする側でも、ゲームのなかでも。俺がやることは一つ。
女友達である、佐藤沙織の攻略ルートを探すことだ。
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