快晴の日

Wkumo

快晴の日

 遠くに行って帰ってこなかった友人がいる。

 だが友人の方からすると、遠くに行ったのはきっと俺の方であるのだ。


「ちわー、ブツ取りにきやした」

「ブツという呼び方はやめろと言っているだろう」

 店主が顔だけこちらに向けて俺を叱る。

「すいやせん。で、ブツは?」

 俺は片手をひら、と肩の高さまで上げて店主に訊いた。

「チョコレートならそこに積んである。持って行け」

「ありがとうございやーす」

 ぺこ、と頭を下げる俺。

「その喋り方をやめろってのも何度も言っていると思うがな」

「はあ」

「困りますみたいな声出すのもやめろ」

「いやこんな陽気だと落ち込んじまうんですよね俺も」

「何を言っている。快晴だろうが」

「俺はこんな日にね……」

「こんな日に?」

「旅立ったんだなって」

「また異世界の話か? もう10年も経つんだ、いい加減忘れたらどうだ」

「簡単に忘れるってのも難しい……何せ故郷の話ですからねえ」

「はあ……俺はお前の異世界がどうのという話、未だに信じがたいんだが」

「その割には毎回律儀に聞いてくださいますよねえ~。他の奴ははなから信じやしないのに」

「暇だからな」

「またまた、照れちゃって」

「照れてはいない」

「そうですかあ」

「早く荷物を持って行け。城に届けるのだろう」

「ですねえ……でーすーが、」

「ですが?」

「店主さんのところでゆっくりしてこいとも言われてるんでねえ……」

「また勇者の差し金か」

「勇者じゃないです~協会長です~」

「呼び名が違うだけで同じだろうが」

「店主さん、呼び名は大事ですよ」

「お前がいた世界じゃそうだったんだろうが……」

「俺の名前知ってます?」

「お前は売り子だろうが」

「俺の本当の名前は……」

「いい、聞く気がない」

「冷たい!」

 俺は両手を胸の前で合わせて店主を見る。

「ちょっと聞いてくれてもいいじゃないですかあ!」

「お前のそれはちょっとじゃすまない重さなんだよ。帰れ」

「帰りませーん」

「か・え・れ」

「嫌です」

「じゃあ勝手に喋ってろ。俺は聞かない」

「あ、いいんですね? 店主さんったら親切!」



 俺が話している間、店主は俺の方を1ミリたりとも見なかった。

「でも聞いてくれてるんですよね! 売り子、知ってます!」

「聞いてないぞ」

「話の内容覚えてるんでしょ?」

「お前が異世界からこちらに召喚されて、大事な友を向こうに置いてきてしまったという話だろう」

「聞いてたんじゃないですか!」

「何度も言うから聞かなくてもわかる」

「なんだかんだ言って店主さん優しいですね~」

「はあ?」

 店主は心底嫌そうな声を出す。

「ふふふ……」

 俺はにこ、と笑う。

「気は済んだか? 済んだならもう帰れ」

「帰りますよ。聞いてくれてありがとうございます」

「そうだ、お前昼飯は食ったのか」

「……」

「食ってないなら食っていけ。食卓に余り物のパンがある」

 店主はエプロンを外し、隣の部屋に歩いていく。

「わー優しい!」

 俺はその後をてくてくとついて行く。

「倒れられたら困るからな……それに、勇者からお前をよろしくと頼まれている」

「協会長も過保護ですねえ……」

「よろしくと頼まれはしたが別によろしくするつもりはない」

 ポットに茶葉を入れながら、店主。

「ここまで面倒見ておきながら?」

「気まぐれだ」

「ありがとうございます!」

 その時店主が初めて俺の方を見る。

「死ぬなよ」

「………」

 俺は口角を上げる。

「俺を優しいだのなんだの言うならその恩に報いろ。お前は死ぬな、それが恩返しだ」

「はー……やっぱ」

「……」

「優しいですねえ、店主さんは」


 快晴の日だった。

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