第12話 救われた世界

 執務室で仕事中に、セルジュは胸騒ぎを感じた。予感はあった。きっと彼なら、その選択を選ぶだろうと思っていた。

 だから確認にはいかず、今日中に片付けなければいけない仕事に取り組んだ。全ては決したことだ。この世界が変わらずに在るのなら、それはソーディアンが自らの命を捨てこの世界を守ったことを意味する。急いで確認しなくても、今更変わることではなかった。

 一時間ほどして、セルジュは仕事を終えた。執務室を出て、玉座の間を横切り、大きな窓から外の景色を眺めた。

 この世界から魔獣や魔王の力が消えているのが分かった。肉眼では確認できないが、正常な力の流れを把握することができた。穢れは消え去った。ソーディアンは見事やり遂げたのだ。

「君の活躍が聞けなくなって残念だ。ソーディアン……感謝する」

 魔王は死に、残っていた魔獣の死体も消え去った。全て勇者の功績だ。死体の処理は勇者の責任で、そしてその命を懸け、勇者はこの国を救ったのだ。彼は見事やり遂げた。その伝説が、次の千年の為に必要だった。ソーディアンにすべてを押し付けたのは、それが理由だった。

 マーガイト国はこれまでの二百年、魔王の存在により発展を阻害されていた。それは体に絡みつく茨のようなものだった。何をするにしても魔王と魔獣が問題となり、足を引っ張られ続けていた。

 しかし、もはや憂いはない。隣国との関係もこの時のために良好にしておいたのだ。交易や技術革新により、マーガイト国は一気に生まれ変わる。千年先まで栄える国を作り上げるのだ。

 セルジュは頬を伝う一筋の涙を拭った。久しぶりの涙だった。そして恐らく、最後の涙となるだろう。

「君の愛したこの世界は、私が守って見せよう。私の命数が尽きるその時まで……」

 セルジュが聖兵の神杖に触れたのは一年ほど前だった。そしてその時に人間としての肉体を失い、人ならぬ存在となってしまった。それはセルジュにとって全くの想定外の出来事だったが、今となっては渡りに船だ。

 恐らく、自分は寿命では死なない。殺されるか、自ら死を選んだ時に死ぬ。だから千年でも二千年でも、自分が必要とされる限りはこの国で働くつもりだった。それが友であるソーディアンに対する感謝の印だった。

「あーいたいた! ねえセルジュ! ちょっと聞いた~?! すっごいことが起こってるのよ、町で! んーにゃ! 町だけじゃない、国中よ!」

 ひどく機嫌のいい様子で、クラウニスは不格好なスキップをして玉座に進んでいく。

「存じておりません。何かありましたか?」

 セルジュはとぼけて王に聞いた。

「おほーっほっほ! 何と! 魔獣が消えちゃったのよ! 町からスパーっと! ズバーンと!」

 クラウニスは自分の腕を、剣を斬り払うように振り回した。

「城の外に積んであった死体の山もきれいさっぱり消えちゃったのよ! いや、やっぱり勇者はやってくれる時はやってくれるね~! きっと彼の力でしょ? 何やったのか分かんないけど」

「はっ。左様かと。よろしゅうございました」

「よろしゅう、よろしゅうだよほんっと! いやー! すっきり! 詰まってたでかいのがスポーンと出た気分! いいねえ! ね、これ劇作家に頼んで作ってもらおうよ! 魔王が死んでも魔獣の死体が残ってたから、まだパレードも何もやってないもの! ババーンと派手に興行を打ってさ、お客さんバンバンよ! きっと受けるよ~?! 誰かいい作家知ってる、セルジュ?」

「心当たりがございます。さっそくそのように取り計らわせていただきます」

「うん、お願いね! あータイトルどうしよっか? ねー、何かいいタイトルない? 分かりやすくってみんなも覚えやすい奴! 大人も子供もつい口にしたくなるような、さ?」

「……では、このようなタイトルはいかがでしょう?」

「えー何々? 勿体つけないで教えてよ?!」

 セルジュは微笑み、王に答えた。

「大魔獣のあとしまつ」

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