大魔獣のあとしまつ

登美川ステファニイ

第1話 危機、再び

 勇者ソーディアンは故郷の村に帰っていた。魔王を倒し、この国を救ったのだ。

 しかし直前まで魔王軍による大攻勢を受けており、国は疲弊していた。本来であればソーディアンは英雄として凱旋してもよさそうなものだったが、各地の都市や農耕地が被害を受けており、その復旧で祝賀ムードなどではなかった。怪我人も多い。治療できる施設は限られており、未だに野にテントを張り、そこで治療を受けているものも多かった。

 魔王は死んだが、まだその影響は消えていない。平和と呼べるようになるにはまだしばらく時間が必要のようだった。しかし、魔王軍に襲われる心配はなくなったので、人々はいくらか安心して暮らせるようにはなっていた。


「ここも……死体が転がっている。異常だな、この数は」

 アテルは足元のファングビーストを靴の先で小突いた。今日森で見つけた魔獣の死体はこれで十二匹目。どう考えても異常な数だった。

「死んでいる……疫病か?」

 ソーディアンはしゃがんでファングビーストを観察する。外傷はない。皮膚や口、目にも病気と思われるような異常は見受けられなかった。

「魔獣が疫病なんかで死ぬもんか。恐らくだが……やはり魔王が死んだことの影響だろう。魔力の流れが断たれたのかな? はっきりとは分からないが、やはり国中で同じことが起こっているようだな」

「そうだな……」

 魔王城から帰る道すがら、ソーディアンたちは多数の魔獣の死体を見つけた。最初は国王軍との戦いで死んだとばかり思っていたが、それにしては傷もなく綺麗な死体ばかりだった。

 マーガイト城に魔王討伐の報告を終え、仲間の葬儀をし、ソーディアンは一度故郷に帰ることにした。家族はいないが、村人は全員友人のようなものだ。平和になったし、久しぶりに顔を見たいと思ったのだ。

 そして昨日、生まれ故郷の村にやってきたが、来る途中、高速移動魔法で空からたくさんの魔獣の死体を見た。道の途中や森の中にぽつぽつと死体が見え、数百頭の黒死牛が群れのまま死んでいる所もあった。

 国王軍との戦闘によるものとばかり思っていたが、どうも様子が違う。異様な光景だった。

 村についてまず目に入ったのは、魔獣の死体の山だった。油をかけて火をつけたようだが、半分燃え残っていた。

 それは数日前から急に増えた魔獣の死体ということだった。森に狩りに入れば魔獣に出くわすことも珍しくはないが、見つかるのは魔獣の死体ばかりだった。たまになら死んでいる魔獣も見かけるが、日に何度もとなると訳が違う。

 死んだ魔獣の死体は別の魔獣を呼ぶので、集めて燃やす決まりになっている。それで集めて燃やしたのだが……その数は三十匹以上だった。普通はせいぜい、年に数匹といったところだ。

 そして数日前から増えたというが、それは魔王を倒した日と一致するのだった。何か関係がある……そう思い、ソーディアンとアテルは村の周辺の森に入って調査をしていた。

「やはりあの時見た光景は本当だったのか……」

 ソーディアンは小さな声で呟いた。

「なんだ、その光景って?」

 アテルが耳ざとく聞きつけていた。彼女はヤーガジュ族という森の狩人の一族であり、五感が鋭い。常人では聞こえない音や声も聞くことができる。小さな独り言くらいだと、普通にしゃべっているのとそう変わらない。

「いや、何でもない。何でもないよ……」

 明らかに何かありそうだった。アテルは経験的に、こういう時はソーディアンが何かを隠している、自分だけで抱え込もうとしていることを知っていた。しかし問い詰めても話してくれることはないので、むっとしながらそっぽを向いた。

「ん? 誰か来るぞ? 鎧を着ている……?」

 アテルが通ってきた獣道の方を見る。姿は見えないが、誰かが近づいてきているようだった。少しして、鎧を着た男が道の先に見えた。

「国王軍の鎧だ」

「あっ! ソーディアン様! お捜ししていました!」

 兵士はソーディアンの近くで止まり、軽く息をついた。

「故郷にお戻りのところ申し訳ありません。ですが、重大な問題が発生しているのです。もう一度、勇者様の力をお貸しください」

「俺の力? まさか、まだ魔王軍が?」

「いえ、違います。相手は魔獣ですが、生きているものではありません」

「生きているものじゃないって、アンデッドか?」

 アテルが不思議そうに聞く。

「死体には間違いありませんが、アンデッドではございません。普通の魔獣の死体でございます。その死体が国中に溢れ、そして巨大魔獣ゲノザウラーの死体によって、この国に衰亡の危機が訪れているのです」

「何だって……?」

 ソーディアンとアテルは顔を見合わせた。そしてこれが本当の、勇者の最後の戦いの始まりとなるのであった。

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