第4話 怪獣剥製を製作せよ

4-1

「それ、美味しそうじゃないの! チョットちょうだい」

「嫌ですよ」

「いいじゃないそのくらい。まったくケチねぇ」

「だったら岡田さんの、それくださいよ」

「イヤよ。これ好きなんだから!」

 寒さとともに食欲が増し、何を食べても美味しく感じる晩秋の季節、貴志と岡田は出張で大阪に来ていた。

二人がこちらに来て早一週間。

 近所には食堂も無く、お昼は近くの惣菜屋で弁当を買って来るしかない。

 しかも弁当を売っている店は一軒しか無く、さらにバリエーションも無いのでそろそろ飽きてきたのである。

 そこで今日は少し遠いが他の店に出向いて、違う弁当を買ってきたのであった。

「まったく仲がいいですな。うらやまし限りです」

大阪分室の竹内室長がにこにこしながら言った。

「違いますって!」と慌てて貴志は否定した。

「なによ、そんなムキになって、カチンとくるわね~」

「冗談ですよ、よかったらこの大学芋、お一ついかがですか? 女房が得意なんですよ」

 竹内室長が笑顔で差し出した。

「すみません、お恥ずかしい限りです」

 岡田は室長に頭をさげた。

「いや、すみませんね。ここの近くは良い店がなくて。他のみんなも弁当持参ですよ」

そう言って竹内室長は、ハハハと笑った。


 ちなみに今回は大阪の大正区にある大阪分室に来ている。ここは東京の研究所本部のような怪獣の生態研究や各種試験をメインにするというよりは、標本展示や保管をメインとして一般市民向けではなく、研究者向けの展示施設を設けている。

 とにかく敷地が広いのでファルコンの離着陸も可能で、東京研究所の展示室とここの展示室の大きさ、設備の良さは比べものにならない。宇宙人の爪も既にこちらに移管され、収蔵品となっていた。

今回こちらに来たのも、日本政府が『南太平洋のジェイ島で捕獲されたゴマラザウルスを国際博覧会で展示したいので飼育協力して欲しい』という要請を沼田所長が快諾したことから始まる。

 ジェイ島では以前から古代恐竜の生き残りの目撃情報があったが、場所が未開な孤島で、しかも風土病の問題から本格的な調査が進まず、今までは噂にとどまっていた。

 そこに現地政府が本格的な資源開発のため島の開発に乗りだし、世に知られることとなったのだ。

 発見された時は世界中の話題となったが、これが紛争の火種になった。

 ゴマラザウルス保護派と資源開発派の政争は内乱にまで発展して、結局開発派が勝利した。そうするとゴマラザウルスはただの厄介者でしかない。

 そして現地政府は各国に売り込みを図り、日本政府が買い取ったわけである。

 穏やかな性格の怪獣という触れ込みではあったが、日本に連れて来た途端に暴れて逃げ出したのだ。

 日本政府はゴマラザウルスの凶暴性に手を焼いて、生きたままの捕獲を断念、殺処分に切り替えた。

 勝手に連れて来て都合が悪いから殺すと言うのもどうかと思うが、そうかと言ってほっとくわけにもいかず、日本政府としても苦渋の決断といったところだろうか。

 そんなわけで政府方針が飼育展示から剥製展示に変更になったため、科学技術庁・特殊生物対策課の浜口からは飼育協力要請を剥製製作依頼へ変更したいとの申し出があった。

 仕方ない事とはいえ、怪獣もわざわざ遠い島から連れて来られたあげく、殺処分になるのは可哀想というものである。

 そういう事情もあるわけで、先週はゴマラザウルスが自衛隊の攻撃で尾部を切断喪失、その尻尾の回収と映像記録のため島崎チームが大阪分室に来ており、一週間交代で今週は貴志と岡田がこちらに来ていた。

 それにしても勝手に上陸した怪獣とは違って、今回は日本政府の意向で連れて来た責任上、被害請求は全部日本政府持ちになる訳で、相当な金額になると予想される。

 この企画を推進した人は首が飛ぶかもしれないなぁ……、と貴志が余計なことを考えていると、突然ドアをせわしくなくノックする音が聞こえた。

 竹内室長が「はい」と答えると、助手の高崎が慌てて入ってきた。

「室長、出ました。ゴマラザウルスが出ました。場、場所は大阪城の近くです」

「よりにもよってそんな場所ですか! それでは直ぐに行きましょう」

 せっかくお昼を食べ始めたばかりなのに、仕事では仕方がない。

 岡田と貴志はすぐに出かける準備をして、分室の敷地内に駐機してあったファルコンに竹内室長と高崎も一緒に乗り込んだ。

 ファルコンはそのまま空に舞い上がると、大阪城めざしてたちまち小さな点となって見えなくなった。


「沼田所長、ただいま戻りました」

「いやあ岡田君、ご苦労様」

「今回は記録映像もしっかり撮れてますわ」

「こちらでも、ゴマラザウルスと銀色の巨人との格闘がテレビ中継されておったが、やはり残念じゃったの」

「飼育してみたかったなー」

 南原がため息交じりの声をだすと、岡田も頷いた。

「しょうがないですよ。このまま暴れられても困りますし……」

 林の言葉に今度は貴志が頷く。

 岡田が肩を落として残念そうにしているのが良く分かる。

「向こうの手はずはどうなったかの?」

「死骸の引き取りと運搬は竹内室長にお任せ致しました。双龍丸への積み込みの一切合切はやって頂けるそうです」

「それはありがたい話じゃ。展示品の運搬や保管といった手続き関係は彼が一番良く知っておるからの」

 ちなみに双龍丸というのは二隻の二万トンクラスの中古タンカーを改造した双胴船である。所有は日本政府となっており、船と船の間に八十メートル長の架橋甲板を設けて大型特殊生物を積載可能にしている。

 特殊生物の積み込みはクレーンやジャイロコプターを使って甲板に積載した後、プレハブ倉庫を仮設して、空調で倉庫内を低温に保ちながら航行する。

 双胴船のためお互いの船足を合わせる必要があり、あまりスピードを出すことはできないが、それでも十五ノット程度(時速三十キロ弱)で航行が可能だ。

「早速ですまんが、また一週間北海道へ出張してくれんかね。南原君が既に分室に行っておるんじゃが、それと交代じゃ」

それを聞いて貴志は岡田に同情した。

「ええ、それは喜んで!」

 あれっと貴志……。

「君は厚岸分室が好きだから断るはずがないと思っておったよ」

 え~そうなんだ。

「何せ今回の剥製製作は日本政府の肝煎りだから、胴体部分の指示は君に任せたいんじゃ。一週間したら次は島崎君を行かすから頼んだよ」

「貴志君、君も岡田君の助手として一週間行ってきてくれんかね。重機を扱える君の資格が必要になるかもしれん」

「で、でも所長、まだ今週はお休みを貰っていませんよ」

「船が大阪から厚岸分室に着くのは明後日だから明日は休みを取れるじゃろ。船の分室到着は夕方以降じゃから、明後日の午前中にここを出発すれば昼には分室に着いて、明明後日の朝からは仕事ができるじゃろうて」

 いつもは分室に岡田を送り届けて帰るパターンだったので、自分も出張とは思っていなかった貴志である。

 まぁ、いいか。初めての厚岸分室も悪くないかもしれない。科学特別防衛隊の人達は怪獣を倒してそれで終わりであるが、研究所の人間は怪獣が倒れた後が本番である。

「さぁて、忙しくなるわい」

 そう言うと所長は饅頭を食べながらお茶を啜った。


 家に帰って麻美にこの話をすると、

「ええっ! いいな、お兄ちゃん。私も北海道に行きたーい」

「遊びに行くんじゃないんだから」

「それじゃぁ、せめてお土産くらい買ってきてね!」

「任せとけ」

 そうは言っても施設の周りは何もなく、お土産と呼ばれるものはあったっけ?

 貴志は今まで三回ほど岡田を分室まで乗せて飛んだが、そのまま降ろして帰ってきたので向こうのことはあまり知らないのである。

 そういう意味で、今回は少し楽しみな気がした。


 当日は少し雲が多いけれど良い天気であった。貴志は予定どおり十時に岡田を乗せ、北海道に向けてファルコンを飛ばした。

 ちなみにこのファルコンの副操縦席には林が座っており、帰路は林が南原を乗せて帰る予定である。

 これから向かう厚岸分室は大黒天島にあり、大黒天島というのは北海道厚岸郡厚岸町にある離島である。

 主に特殊生物の解体解剖のための施設であるが、まず第一に気候的に寒冷で夏でも気温が上がらず腐敗の進行が進みにくい事、第二に離島という地理的な要因、万一の事態が発生しても本土とは海で隔絶されているという立地により選定された場所である。

実際は利便性の問題から二車線の橋が架かっており、厳密には離島というわけではないが、いざとなれば封鎖は出来るということである。


「岡田さん、あと五分くらいで着きますよ」

 貴志の言葉でウトウトと左右に揺れる体が一瞬ビクッと硬直し、それから岡田が顔を上げた。岡田は手の甲で口元を拭うと窓から外を窺った。

「こっちはいい天気ね。大黒天島が向こうに見えるわ」

 岡田が腕時計を見ると十一時五十分を指していた。

「お昼の十分前に到着するなんて、いい腕してるじゃない」

「いい腕もなにも、全て予定通りですよ」

 そんなことより貴志は向こうでちゃんとお昼を食べられるかどうかが心配であった。何にも無いところだと聞いてはいるが、食堂くらいはあるのだろうか。以前に岡田を送って昼に仕出屋のまずい弁当をご馳走になったことがあるが、あれは勘弁して欲しい。

 大黒天島の上空へ来ると、ファルコンは一度大きく旋回してHマークの付いている上空でホバリングをし、地上へ真っ直ぐ降下して行った。

 ファルコンから降りると厚岸分室の佐藤室長、標本製作班の山崎班長、そして南原が出迎えた。

「やあ、いらっしゃい」

 佐藤室長の歓迎に、

「いつもはトンボ返りしてますが、今回は一週間お世話になります」

 と言って貴志は頭を下げた。

佐藤室長は腕時計を見て、

「もう昼ですから飯にしますか。それじゃあ一時から打ち合わせということで……」

 そう言って、佐藤室長と山崎班長は行ってしまった。

 貴志と林、岡田、南原は休憩室へと向かう。岡田の話によれば、分室に食堂は無いそうだ。ここの皆さんは弁当持参か仕出屋に弁当を頼むのが当たり前らしい。食べた分を月末に会計担当者に渡す仕組みだという。

 休憩室は二十畳程はあろうか。中央にテーブルと椅子が置いてある。福利厚生でお茶やコーヒーも置いてあるが、飲みたければ各自がヤカンでお湯を湧かして飲めというスタイルであった。

「みんなの弁当も頼んでおきましたよ」

 そう言って南原は番重から弁当を四つ持ってきた。朝に注文しておいたという。

 またあのまずい弁当かぁ、貴志がそう思いつつ箸をつけると、

「あれ? 普通に美味いじゃないですか!」

貴志が思わず口に出すと、岡田が

「うちの貴志が『弁当がまずい』とこぼしていましたって言っといてあげたわ」

 なんだ岡田さんもやっぱりまずいと思ってたんじゃないか。勝手に人をダシに使ったな! それでも弁当が美味しくいただけたので良しとしますか、なんて思いが貴志の頭を駆け巡るが、岡田がどうぞとお茶を入れてくれて、そのお茶をグイッと飲んだら後はどうでも良くなった。

 午後一時になると、岡田と南原、そして佐藤室長と山崎班長は怪獣受け入れ準備の打ち合わせに行ってしまった。

 林もファルコンで待機すると言って戻って行った。たぶん昼寝だろう。

 ということで、山崎班長の部下で寺田という人が貴志のために簡単に施設内を案内してくれることになった。年齢は林と同じくらいか。

ここの施設は事務棟、少し離れて倉庫棟、それと幾つかの大型屋内作業棟がある。

 この作業棟では特殊生物、つまり怪獣の解体などが行われるそうだ。大型怪獣の場合は手足の関節を分離して、首の関節も分離してそこからトンネル工事をするように中をくりぬいていくという話である。どんなふうにするのか貴志には想像もつかなかったが、最新の穴掘りマシンで中をどんどんくりぬいていくような感じだと説明を受けた。怪獣の体液などを処理する大型処理施設なども設けてあり、必要な部分だけサンプルとして保管し、後は捨ててしまうようであるが、その処理がすごい大変だと聞いた。

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