2-2
とある小さなビルの一室で……。
四人の男がテレビの前でくつろいでいる。その中で一番年配の男がソファーに座って知恵の輪をカチャカチャとこねくり回していた。
その隣では小太りの男が何か面白い番組はないかとチャンネルを次々に切り替えている。
そしてある報道番組でチャンネルを変えるのをやめた。
「ボス、俺らの事をやってますぜ」
テレビの司会が質問をぶつける。
「最近世間を騒がせているクイズ窃盗団とかいう輩ですが、クイズやパズル問題を現場に残していますよね。これはどういう意味なんでしょうか?」
コメンテーターが答えた。
「警察への挑戦状ですね。クイズのナゾを解くようにお前らも俺たちが何者なのか解いてみろ。俺達を捕まえてみろという意味なんだと思いますよ」
「ほー、そういう意味ですか」
「金目の物よりもむしろ珍品と言われるものを狙って盗んでいるようですが、愉快犯というか売名行為ですよね。それこそ自己顕示欲の表れでしょう。自己顕示欲が強いんだと思いますよ」
「なるほどねぇ」と司会者が相槌を打った。
「そうじゃないんだな」
ボスと呼ばれる男は知恵の輪を外すと、また別の知恵の輪を取り出して外しにかかった。
「最初はうっかりで現場に落としたパズルをテレビ局が想像で勝手に騒ぐのが面白くてさ、その後は義務感みたいな感じでパズルを現場に残しているだけさ。捕まえてみろなんて大層なもんじゃない」
そうは言っても、でもまあ自己顕示欲っていうのは合ってるかもしれん、と心の中で呟いた。
「ボス、我々も有名になりましたね」
細身でインテリ風のやさ男が嬉しそうに言った。
ボスと呼ばれた男は次に十五パズルを取り出して、カチャカチャと絵を合わせ始めた。
また他の男がニュースにチャンネルを変えた。ニュースでは一ヶ月前の宇宙生物の爪が国立博物館に特別展示されることを放送していた。
ボスはパズルを動かす手を止めずに呟いた。
「いいね、あれは是非とも頂きたいもんだ。これはきっとマニアからいい値が付くよ」
展示はちょうど来月最初の週から一ヶ月の期間で特別展示されるようだ。
ボスは細身のやさ男に命じた。
「次はこれをいただこう。ミノル、博物館に潜入して搬入日と下見の調査をお前に任せる。役者くずれのお前なら難しくないだろう。よろしく頼むよ」
それから数日して、やさ男が戻ってきた。
「来月五日の月曜休館日、午後三時にブツが運び込まれるようです」
「でかした。ではその搬入のどさくさにまぎれていただくことにしよう」
ボスはそう言ってジグソーパズルの最後の一ピースを埋めた。
今回展示される物は、展示用に爪先を三十センチほど切り出したものだ。
とはいってもそれだけでも重量は六十キロもある。さらに小さな輸送用アルミケースに入れると七十キロになるため、運搬には大人二人は欲しい重量である。
朝出勤すると、岡田、林、森野、貴志が沼田所長に呼ばれた。
「君たち、すまんが今日展示用の爪を国立博物館に貸し出す予定なんじゃが、君達で運んでくれんかね」
「国立博物館に行くなんて、何年ぶりかしら」
岡田はこういう仕事が好きなので喜んでいる。
「三時に向こうへ届ける事になっとる。昼休みの後、一時くらいに出発したらよかろうて」
そう言って沼田所長はコーヒーを飲みながら新聞を読み始めた。
本来なら事前に搬出日を決めて専門の運送業者が運搬するのだろうが、化学分析班と合同での検査日程が延びて、サンプルの戻り日が不明だったのだ。それで博物館には展示の前日に特捜研で搬入すると連絡してあったらしい。
午後一番で貴志と林が二人掛りで輸送箱をライトバンの後部に積み込んだ。たいした大きさでも無いのにずっしり感があって、これは本当に重い。
車は林が運転席、岡田が助手席、二列目に森野と貴志が乗り込んだ。
「さあ、出発よ。林君よろしく」
林の運転は丁寧で車を飛ばすこともないが、道路もさほど混んでいなかったので予定より早く博物館の裏門に到着した。
林は裏手の搬入口に車を着けると、責任者に車をどこに置けばいいか聞くと言って車を降りていった。
すると待っていたかのように小太りの男と、長身でガッシリした体格のガードマンが走り寄ってきた。
「特殊生物総合調査研究所の方ですか」
「ええ、そうです」
それにしてもフルネームで研究所名を言う人はめずらしい。
「展示用の爪を持ってきたのですが、どちらに車を停めればよろしいですか」
「我々が展示品を運ぶよう、館長から言われましたので……」
「そうですか。今、同僚が搬入の件で責任者を呼びに行っているところです」
ちょうどその時、裏口から林と館員と思しき人が出てきた。
「あぁ、済みませんが人手は足りてそうなので、私らは警備に戻ります」
そう言うと二人はすぐに建物の陰に消えた。
貴志と林は輸送箱を台車に載せ、館員がそれを押して貴志達もその後に続く。着いた先は展示室であった。
大工さんと言うのか設営スタッフと言うのか分からないが、二人がトントントンとリズミカルな音で金槌を振るいながら展示用の台座を作っている。
そこに館長がやってきて挨拶を交わした。
「ここに爪を展示します。なかなか見やすくていい場所でしょう。きっとたくさんの人が入りますよ」
岡田と林は館長と展示に関する打ち合わせに行ってしまい、展示室では貴志と森野が作業者の設営作業を眺めていた。
展示室の設営作業が終わり、設営スタッフが館長を呼びに出て行った後、前に声を掛けてきた二人のガードマンが入ってきた。
「すみません、手違いで会場が移動になりました。それで館長から爪を持ってくるように言われまして……」
「そうなんですか?」
突然の話で二人は少し驚いた。
「どこに変更になるんですか」
森野が不思議そうに尋ねたが、
「急ぐように言われていますので、それじゃ!」
と二人のガードマンは爪の輸送箱を台車に載せて押し始めた。
貴志と森野は何の疑いもなくガードマンの後ろに付いて行く。
「なんで付いて来るんですか。付いて来なくていいですよ」
「そういうわけにも……」
二人のガードマンは裏口を抜けて、駐車してあったライトバンのバックドアを開けると、ガッシリした体格の男が輸送箱を軽々と持ち上げるて荷室に押し込んだ。
「車でどこに行くんですか」
それを聞いた貴志の顔は間抜けに見えたに違いない。
「それではここで待っていてください。すぐ近くのビルに持っていくだけです」
二人のガードマンは車に乗り込んだ。
「僕たちも一緒に行きます」
森野と貴志は何の疑いもなくすばやく後席に乗り込んだ。
二人の男は予定外だという顔をしてお互い顔を見合わせた。
「どうしたんですか、何かまずいですか」
「いえいえ、構いませんよ。それでは出発します」
そのとき裏口から館長と岡田、林が走って出てきた。
運転手は慌てて車を発進させる。
「館長はなんか用事があったんじゃないですか?」
貴志は横目で追ってくる三人をしまりの無い顔で見ていた。
「すみませんがやっぱり……」
森野がそう言いかけた時に、ガードマンは鞄から取り出したスプレーをいきなり森野と貴志の顔に吹きかけた。すると二人はすうっと眠りに落ちた。
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