ぼくらは科学特掃隊
まるたろう
第1話 怪獣サンプルを採取せよ
1-1
木ノ下坂貴志に言わせれば、岡田博子は美人である。年齢は知らないが恐らく三十代半ばから四十歳位だろう。ただし喋らずに黙ってニコニコしていれば、の話だが……。
貴志は機材を後席に積みながら、横目で助手席に座った岡田をちらっと見た。
先程までは口元に笑みを浮かべて嬉しそうだったのに、今は口をキリッと結んで元々の端正な顔立ちがさらに凛々しく見える。
それでも……。車体が小刻みに震えるその貧乏揺すりはやめてくれ。たぶん一刻も早く出発したいのだろう、と思った途端、岡田の気合いの入った声が飛んできた。
「何してるの! ぼやぼやしないで早く準備なさい!」
急いで運転席に座ると、さらに早口でまくし立てた。
「ビデオカメラを忘れてないでしょうね。貴志君、早く車を出して」
「大丈夫ですよ」
貴志は独り言のような小声を出すと、車を発進させた。
事の発端は二十分前に受けた電話から始まる。
所長の沼田が暇そうにあくびをして、鼻毛を抜いていた。かっこ悪いとか、みっともないとか、そういう考えは無いようだ。運搬班の植村班長も暇そうに新聞を拡げ、お茶をすすっている。
と、その時不意に所長の机の電話が鳴った。所長は面倒くさそうに受話器を取り、誰か分からぬ相手と話を始めた。どうやら相手は科学技術庁・特殊生物対策課の浜口課長らしい。
やがて所長は頬を紅潮させて受話器をガチャンと下ろすと大きな声で岡田を呼んだ。
「岡田君、龍ノ森湖に怪獣が出たそうじゃ。指揮は君に任せるから至急出発してくれんか」
久々の怪獣出現に研究所員一同が色めき立った。
今回出発するメンバーは研究班から岡田研究員、南原研究員、島崎研究員、助手として運搬班から林、森野、貴志の六名である。
やはり火事場見物は人間の本性みたいなもので、留守役の植村班長は非常に残念そうな顔をしていた。
貴志がライトバンに機材を積んでいると、積み込みの終わった南原達が先に出発した。
ちなみに貴志達は車で龍ノ森湖に行くわけではない。
研究所裏手に見える飛行場のエプロン(駐機場)まで行くのに車を使うのだ。研究所からエプロンまで二キロ程である。徒歩なら裏道を通って一キロも無いのだが、車道を使うと遠回りになるのだ。
貴志達が駐車場に着くと、先行した南原達が待っていた。みんなでエプロンに向かうと、整備士の遠野がファルコンを直ぐに飛べる状態にして待機していた。
「遠野さん、直ぐに出発したいのですが」
「沼田所長から連絡をもらっています。大丈夫です。すぐ飛べます。それにしても自分も行きたいくらいですよ」
遠野は笑ってそう言うと格納庫に戻って行った。
ファルコンはターボシャフトエンジンを搭載し、最高速度は670キロ/時、巡航速度540キロ/時、乗員六名で垂直離着陸可能な機動性の高い汎用機である。
すぐに一行はファルコンに乗り込むと、操縦席には貴志が座り、即座に離陸した。
その直後、無線で所長から連絡が入った。
なんと、見たこともない銀色の巨人と怪獣が格闘しているらしい。
みんな興奮して驚いた表情になったが、岡田だけは不機嫌な顔だった。
その場に居られないのが、よほど悔しいらしい。
二列目に座った岡田は前の操縦席のシートをつま先でどんどんと蹴った。
スピードを上げろと言っているのだ。
「無茶言わないでおとなしく座っててください」
貴志が抵抗する。
「岡田さん、そんなに焦ってもどうにもなりませんよ。三十分もかからず着くはずですから我慢してください」
やれやれ困ったもんだという顔つきで南原がなだめると、岡田はツッと舌打ちして不機嫌そうに黙り込んだ。
「私たちも科学特別防衛隊のように超音速の移動手段くらい配備されてもいいんじゃないかしら」
そう言ったのは貴志の一年先輩に当たる森野である。元々森野は貴志と同い年だが三月早生まれなので貴志より一学年上であった。
「そうは言ってもジェットで垂直離着陸すると、排気熱で枯れ草が燃えて山火事になったら大変でしょ。特防隊の専用機には消火剤も積んでいるそうですよ」
貴志の四年先輩に当たる林が答える。
確かに特防隊と違って緊急性の低い我々が山火事を起こしては申し訳ないと貴志は思う。
「とりあえず役割分担はどうしましょうか」
南原が尋ねた。
「怪獣がまだいれば、森野さんは機上待機、他のメンバーは記録撮影、怪獣が逃げた後ならやはり森野さんは機上待機、私と貴志君で現地調査、南原君他が状況インタビューして、インタビュー終了後に現地調査に合流よ」
岡田の即決である。この人の判断力と即断力は信頼できる。
しばらくすると皆は話すことも無くなり、静かになった。
「みんな見て。あの湖じゃないの」
岡田が興奮して声を上げると、
「そうそう、地図と湖の形が同じだ。あれだ」
と、南原が大きな声を上げた。
報道機関と思われるヘリコプターが三機、上空を飛んでいるのが見えた。そして黒い煙が立ち昇っているのも見えた。
銀色の巨人と怪獣の格闘で火災が起きたのかもしれない。しかしもう消火された後のようだ。肝心の巨人と怪獣の姿は全く見えない。
一行はしばらく上空でホバリングして着陸に良さそうな場所を探した。
「あそこが良さそうね」
「了解、着陸します」
そう言うと貴志は湖畔の広い平地にファルコンを着陸させた。
地上ではまだ数台の消防車とパトカーが現場に残っている。
着陸してファルコンから降りると、早速警察官が走り寄って来て、岡田達に敬礼をした。
「龍ノ森駐在所の山下です。失礼ですが、どちらの組織の方ですか?」
岡田がグイッと一歩前に出て警察官に質問を浴びせた。
「銀色の巨人と怪獣の闘いはどうなりましたか?」
「銀色の巨人が勝ってどこかに飛び去りました。二、三十分前の話です」
「怪獣はどうなったのですか?」
「あの、すみませんがどちらの組織の方ですか?」
再び山下が尋ねた。
「失礼致しました。私どもは特殊生物・総合調査研究所の者です。所長の沼田から、既にそちらの警察署に連絡が入っているはずと思いますので、ご確認ください」
山下は警察無線で連絡を取ると「了解しました」と言って無線を切った。
「みなさんは特掃隊の方でしたか」
「いえいえ、特総研ですから」
南原がムキになって訂正する。
「これは失礼しました。新聞やニュースでいつも特掃隊と紹介されているものですから。それでは何かあればご連絡ください。失礼します」
そう言うと山下はそそくさと戻って行った。
テレビでは自衛隊を指揮して怪獣の排泄物を片付けて持ち帰る場面が流れ、新聞では『特掃隊』の見出しが躍っていたりする。
そんな訳で、確かに特捜研は掃除屋的なイメージが強いのだろう。
しかしそれは貴重なサンプル採取であって、なにも好き好んで排泄物を片付けているわけではない。まあ、傍らから見れば採取も掃除も同じに見えるのだろうが……。
すぐに南原、島崎、林の三名はテープレコーダーとマイクを片手に付近の人たちから当時の状況を聞き込み始めた。
一番詳しい状況は『科学特別防衛隊』から聞くのが一番いい訳だが、なにせ組織が違う。
巷では『科学特防隊』、若しくは『特防隊』とも呼ばれる彼らは、国際防衛機構に所属する特別エリート集団である。
それに比べてこちらは、『国立研究開発法人・科学調査研究開発機構・特殊生物総合調査研究所』と言う非常に長ったらしい名称の国の研究機関なのだ。
科学特防隊が怪獣を倒して去った後、死骸の片付け作業をするのを見て、彼らの下部組織と思っている人も多いらしく、勘違いから『科学特掃隊』と呼ぶ人までいる。
ちなみに特殊生物というのは怪獣や宇宙生物を指すのだが、実際はこの名称よりも怪獣という言い方が社会的にも一般的である。
とにかく、今回の事件にしても特防隊からの報告書はいつ開示になるか分からないし、事件性によっては非公開となることもあるため、全く当てにできないのが実情だ。
よって怪獣の全貌、特に特徴や特性などは映像記録が撮れなかった場合、聞き込みによって記録していくしかないのである。
それにしても南原はこういう調査が好きである。ニュースレポーターになるのが夢だったのに、何を間違ったのか特殊生物総合調査研究所の研究員になっている。
まあそんな話はいいとして、聞き込みによれば、どうやらあそこの湖畔で格闘が行われたらしい。格闘の最後には湖から浮かび上がった浮遊体を銀色の巨人が手から怪光線を発して爆砕した後、空に飛び去ったことも分かった。
「怪獣も興味はありますが、僕はその巨人の方がもっと興味がありますよ。ロボットか何かの兵器でしょうか?」
貴志が岡田に質問をぶつけると、
「そんなの私が知るわけないでしょ」
と、つっけんどんな返事が返ってきた。
どうも岡田さんとの会話はやりづらいなと貴志は思う。
「そんなことより爆砕して飛び散った肉片の回収が最優先よ。聞き取りは南原君達にまかせてあっちを探してみましょう」
そう言うと岡田は爆砕した肉片が飛んだと思われる方に歩きだした。
龍ノ森湖の現場周辺を調査すること約二時間。既に数カ所でくっきりとした足跡を発見して山下に連絡し、立ち入り禁止のポールを立ててもらった。写真撮影は済んだので、後で特殊硬化樹脂の足形を型取りするのだ。
貴志は南原に連絡を入れた。
「南原さん、状況はどうですか」
「聞き取りは終了したよ。君達の反対側から現場を調査中だ。こちらは足跡以外、特に何も発見できないけど、そちらはどうだ?」
「こちらも何も発見できません」
貴志は無線を切り、また調査を続けた。
しばらくすると、何というか得体の知れない臭い、熟れすぎた果物のような微妙に甘ったるくてムッとするような臭いが鼻についた。このいやな臭いは怪獣か巨人の物と関係するのだろうか?
臭いのする方向へ進むと、数メートル先に三、四十センチ程の黒い肉片のような塊が転がっている。
二メートルまで近付くと、何やら黒い物がうごめいていた。一メートルまで近付くと、その黒くうごめく物の正体が分かった。
それは……。
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