おすそ分けをどうぞ①

 巨大ガエルをゴブリンの森に落ち着かせてから、旅立つブレイド一行を見送った。

 すっかりシノブに懐いたミルルは、その後ろ姿が見えなくなるまで手を振っていた。

「シノブお姉様ー! またいらしてねー!」


 ベルゼウス討伐というブレイドたちの目的を、ミルルはまだ知らない。

 もし知ったなら、ミルルはどう思うだろう。

 俺も同じ目的で旅をしていた。そうと気づいたら、ミルルはどう感じるだろう。

 ブレイドたちの手によってベルゼウスが倒されたら、ミルルはどれだけ悲しむだろう。

 ブレイド、城にたどり着くまでに考えを改めてくれ……。


 さて、それとは別に、ひとつ問題がある。

 今朝、ミルルがぶちまけたから小麦粉がもう残り少ない。この前、キャラバンから買ったばかりなのに……。

「湖のほうに行ってみるかなぁ」

「オアシスの町は、まだ出来ていないんじゃないかしら?」

「職人を通して、キャラバンに連絡出来ないかと思ったんだ」

「でも、キャラバンのみなさんも旅をしているんでしょう? 今、どこにいるのかしら」


 確かにそうだ。決まったルートはあるのだろうが、見つけるのが大変だろうし、来てもらうまでに時間が掛かる。

 それに買ったばかりだから、小麦粉を持っていない可能性も高い。

 東の島の土産に買ってきてもらうんだった……と、後悔しても、もう遅い。


 魔女の噂が届いていない町に行く、それしかないか……と思ったときだ。

「アックス、畑の麦はいつ実るの?」

「伸びてはきたが……収穫できるまで、まだ半年は掛かるだろうな」

 そんなに時間が掛かるのかと、ミルルはガッカリしてしまった。何でも魔法でパパッと済ましてしまう魔女だから、地道にコツコツ少しずつ糧を育む人間の生活が、理解できないのだろう。


「だいたい、どうやってこの草が小麦粉になるのよ」

 おっ? これは俺の出番だな。人の生活に慣れるため、また教えてやろうじゃないか。


「今はただの草にしか見えないが、大きくなると穂ができるんだ」

 一面の若草色は、一瞬にして黄金色に染まった。


「穂が膨れたら、根元のほうから刈り取って」

 かまいたちが畑で踊り、刈られた麦が宙を舞った。


「穂から麦の実だけを払い落として」

 刈られた麦は竜巻に呑まれ、茎と籾殻もみがらだけが器用に吹き飛ばされた。


「採れた実を石臼で挽いて粉にして」

 地面を破って巨岩が現れ宙に浮かぶと、激しい音を立てながら上下ふたつに裂けた。

 その間に麦が落ち、ふたつの巨岩がゴリゴリと麦をすり潰した。


「粉になったら、袋に入れておしまいだ」

 散らばっていた麦わらが風の力で編み込まれ、寸分の隙間もない袋になった。


「結構、大変なのね」

「そうだぞ、本当だったらな」

 出来立ての小麦粉は、わらの袋に吸い込まれていった。


 俺の話を夢中になって聞いていたミルルが、畑に積まれた大量の袋に気がついた。

「わぁ、凄い! 魔法みたいね!」

 魔法だっての、ミルルの、無意識の。


 さて、ひとつ問題がある。

 この大量の小麦粉を、一体どうすればいいのだろう。

「オアシスの職人さんに、おすそ分けすればいいんじゃない?」

「それはいい、名案だ! ついでに建材の注文を取ろう!」


 建材が足りれば、ゴブリンの森に手を出すことはないだろう。一緒に行けばミルルの世界を広げられる。小麦粉も建材もオアシスもミルルの恩恵と知れば、黒魔術を非難してばかりはいられなくなる。

 上手く行けば、ミルルは黒魔女として人の輪に加われる。


 翌日、小麦粉と『真実の斧』を担ぎ、ミルルの箒に乗ってオアシスに向かうこととなった。ランドハーバーでの一件を鑑みて、黒衣ではなくピンク色の服を着せ、ご機嫌取りにおめかしをさせる。

「ひっつめ髪でいいのか? いつもと同じじゃないか」

「髪を縛らないと危ないって、お祖母様が仰ったのよ。風に煽られるでしょう?」

 この場合、危ないのは後ろに乗る俺だ。ミルルの速さでは、髪1本でさえも兇器になり得る。


 そういえば、シノブと帰ってきたときは窓から入らず、玄関先に墜落した。少しは上達したようだ、今回は湖を通り過ぎることはないだろう。

「ミルルも成長したんだなぁ。薬は売れるし、箒に乗るのも上手くなったし」

 ふたり揃って箒に跨ると、ミルルが何気なくつぶやいた。

「あんまり近いと、ダメみたいなのよね」


 そういえば大陸の果てのランドハーバーでは、ちゃんと着地出来ていた。あれは目的地ではなかったから、行きたいところに着けるようになっただけ成長した、と言ったほうが正しいのか。

 と、思っていたら湖だ。


「ミルル! 着地──!!」

 高度が下がり、俺の足が地面に触れた。

 が、その勢いは、ちっとも収まってくれない。靴のかかとが土煙を巻き上げていく。

 そして、俺の靴が減っていく。

「熱っ!! 熱っ!! 熱っ!! 熱っ!! 熱っ!!」


 ……靴に穴が空いた頃、ようやく止まった。目当ての湖は、遥か遠くにポツンと見える。

「いっけなーい! アックス、戻りましょう!」

「……ミルル、そんなに急がなくていいぞ。のんびり歩いて行こう」

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