お仕事しましょう①
「俺は旅をしていたんだぞ? あれくらいの距離なら、わけないさ」
「歩いていくには遠いわ、それに具合が悪かったんだから」
星が作ったオアシスまで、ミルルが箒で送ると言った。それを俺が遠慮したのだ。
怖いわけじゃない、怖いわけじゃないぞ。
オアシスに町を作りに来た人々が、魔女ミルルを恐れ、非難しないかが心配なのだ。
「それじゃあ、湖の手前まででいいよ。あの近くを歩きながら、周りの様子を観察したいんだ」
「この前、見たじゃないのよ……」
「どんな石があるのか、それは何に使えるのか、どんなものが足りないのか、どこに何を建てればいいのか。そういうことも大事なんだ」
渋々と口を尖らせながら、ミルルは承諾してくれた。
町を作るところを見てみたかったのだろうが、それは世間がミルルを受け入れてからだ。
ただ、希望はある。
地下水脈も湖も、建材にする森の木々も黒魔術がもたらしたのだと、少しずつ、かつそれとなく伝えていけば、認めざるを得なくなる。
そうすればミルルが人の輪に加われる。
寂しい思いをせずに済むし、ベルゼウスの手中に収まる心配もなくなる。
今回の件は、ミルルにとって絶好の機会。
生活のためでもあるが、何よりミルルの将来のため、オアシス建設に協力したいのだ。
ただ、その上でひとつの懸念があった。
「俺が働きに出ている間、ミルルは何をして過ごすんだ?」
「私も働こうと思うの!」
働く……嫌な予感しかしない。
「お父様みたいに、お薬をた─────っくさん作るの! それをオアシスで売ればいいわ!」
ランドハーバーのときのように、薬がきっかけで黒魔女だとバレたら──。
そう思うと、冷や汗を流さずにはいられない。
ミルルが世間から認められるまでの間、上手いことを言って俺たちやドワーフ、ゴブリンだけで使うことにしよう。
そして何より、ミルルが作った薬だ。その効果に心配しかない。
「ミルルは、薬を作ったことがあるのか?」
「ないわ、でも大丈夫! お父様のレシピがあるし、クロもお手伝いしてくれるって!」
「ニャー」
ミルルもクロも自信満々に答えるものだから、俺の心配は募るばかりだ。どうか、危ないものは作らないでくれ……。
何度か通り過ぎてから、湖の近くに着地した。着水や激突、沈没じゃなくて本当によかった。
すぐ帰ろうするミルルを引き止めて、肩をガッシリと抱き、必死の形相で言いつけをする。
「火が出る魔法は使うなよ、クロが手伝えることだけにするんだ。お昼ごはんは、今朝焼いたパンケーキを食べなさい。お茶が飲みたくなったら、ちゃんと炭と火打ち石で火を起こすんだぞ。もし俺が遅くなったら、ドワーフかゴブリンを頼りなさい。晩ごはんは、何とかしてくれるから」
「……わかっているわよ、アックスは心配症ね。日が暮れたら迎えに来るわ」
ミルルは軽々と宙に舞い、あっという間に彼方へ消えた。
「気をつけるんだぞ──────────!」
家を爆発させておいて、心配するなとは無理な話だ。
しまった! 家には窓から入らないよう言うのを忘れていた! 玄関前、または森の近くに着地出来るだろうか。
また、お迎えもこの調子なら人々の理解を得る前に、ミルルの姿が
なるべく早く、黒魔女の誤解を払わなければ。
あああ……不安だ、心配だ、出来ることなら今すぐにでも帰りたい。
だからと言って、帰るわけにはいかないんだ。
肉……違った。
豊かな暮らしを獲得し、ミルルの世界を広げるチャンスは一瞬。これを逃すわけには、いかないんだ。
やったぞ! 都合よくキャラバンが、町づくりの職人たちを引き連れてやって来た。俺の仕事を売り込まなければ。
「俺はアックス、この近くに暮らしている木こりだ。俺は森の場所を知っている、木材はいらないか?」
「この荒野に森があるのか!?」
「アックスさん、森の真ん中で暮らしているよ」
そうキャラバンがフォローしてくれた。これで詐欺だと思われないだろう、ありがたい……。
「必要な木材は、どれだけだ? それとドワーフを知っているから家具の手配、石材や鉱石の加工に困ったら言ってくれ。俺から相談してみるよ」
と、商売は順調に滑り出した。ドワーフなら報酬は酒で済むと、職人たちにも好評だ。
さっそく建材の注文を受けたので、キャラバンから地走鳥を借りて、森へと向かう。
切り出す木は……やっぱり、ドワーフの森からだな。ついでに話を通してしまおう。
「よう、旦那。また追い出されたのか?」
「違う違う、仕事の話だ。ちょっと聞いてくれないか?」
酒の次に物作りが好きなドワーフたちは、ふたつ返事で快諾してくれた。いいぞいいぞ、トントン拍子に進んでいる。
「それで、建材を切り出したいんだが……これは切っていい木か?」
「さすが旦那、わかっているね。太さも硬さも形も、何より場所も申し分ない」
「お前たちも、切り出したい木があったら言ってくれ。どんなに太くて硬い木でも切ってみるさ、『真実の斧』でな」
さんざん世話になっているドワーフに、やっと恩返しが出来そうだ。肩の荷が下りて、気持ちが楽になる。
あとは、ゴブリンへの恩返しか……。
あいつら、ろくでもないことで喜ぶからな。
まぁ、今度それとなく聞いてみるか。
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