何が出来るかな②

 ミルルの手の平から、小さな火球が浮かび上がった。

 それは電弧を伴いながら、みるみる大きく膨れ上がってミルルの背丈ほどになり、地面をジリジリと焦がしはじめた。


 ポゥ。


 火球は電弧に包まれて真っ白な閃光を放つと、森の中へ脱兎のごとく飛んでいった。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!……


 草花は倒れ枝葉は踊り、若木は森の奥へと吹き飛ばされて、閃光に飲まれた木立は炭になり灰になる。俺は立っているのがやっとだが、ミルルは何ごともないような涼しい顔だ。

 火球が過ぎ去った跡には、こんがり焼けた一本道が出来ていた。

「これでキャラバンも来てくれるかしら?」

「……そうだといいな」


 ズズゥゥゥゥゥンンン……


 火球が飛んでいった先に黒煙が立ち上り、微かな震度が爪先からビリビリと伝わった。

「ミルル! 何かに当たったぞ!?」

「大変! でも、この先に何があるのかしら?」

「町でなければいいが……」


 ふたりで見つめる道の先で、空が薄暗くなってきた。また雨雲……ではない。俺は『真実の斧』を掴み取ったが、ミルルは期待に胸を膨らませている。


『我が名はベルゼウス』

 やはり魔王ベルゼウス!! 

 空に浮かんだ幻影を前にして、俺の身体は一切動かなくなってしまった。その圧倒的な迫力や、威圧感のせいではない。


 鉄仮面は黒焦げで、自慢の角はひしゃげて先端は折れてしまっている。身体を包んでいたマントは穴だらけのボロボロ、鋼鉄製の鎧はすすだらけの真っ黒だ。


 気が抜けてしまい、全身に力を込められない。眉も目尻も口角も、だらしなくたるんでしまう。

 ミルルが放った火球が当たったらしい。ということは、ちょうど真正面にベルゼウスの城があるわけだ。


「あら、こんにちは! ベルゼウスさん」

『ミルルよ、一体何をした』

「道を作ったのよ! これでベルゼウスさんも、気軽に遊びに来れるわね!」

 城に当たったことに気づいていないのか、それとも気にしていないのか、ミルルは両手を広げて機嫌よく飛び跳ねている。


 ベルゼウスはというと、真っ黒焦げのボロボロなのに、どこか嬉しそうだ。

 城を一瞬で破壊するミルルの魔力が欲しいのかと『真実の斧』を強く握ったが、どうもそうではないようだ。

 歓迎されているのが嬉しくて、仮面の下でコロコロと笑っているようにしか見えない。

 ベルゼウスが好々爺こうこうやであるうちは、この世界が終末を迎えることはないだろう。


「そうだわ、ベルゼウスさん!」

『どうした。望みがあるなら言ってみよ』

 欲しいものはないかい? と尋ねるつもりが、魔王らしい話し方しか出来ないのだ。

「私、畑も作ったの。麦とお野菜の種か苗が欲しいんだけど、持ってないかしら」

 ベルゼウスは有無を言わず『わかった』とだけ答えて空へと溶けた。


 しばらくするとベルゼウスが、ひとりで歩いてやって来た。

 黒焦げのまま来るわけにはいかず、衣装は新しいものに替えていた。マントから伸びる腕には、たくさんの苗が抱えられ、手には種なのか、パンパンに膨れた袋が握られている。

 大量の苗と種を、どうやってこんなに早く用意したのだろうか。孫を溺愛する気持ちがひしひしと伝わってくる。


「我が名はベルゼウス」

「いらっしゃい、ベルゼウスさん!」

「ミルルよ、これを授けよう」

「こんなにたくさん!? ありがとう、ベルゼウスさん!」

 抱えきれないほどの苗を受け取って、はしゃぐミルルを見つめるベルゼウスは、怪しい含み笑いをしている。

 何か謀略でもあるのだろうかと疑ってしまう。


「それで、これをどうすればいいの?」

「知らぬのか。ならば教えて進ぜよう、麦と野菜の育て方というものをな。来るがよい、ミルル! フハハハハハハハハハ!!」

と、ベルゼウス自ら野良仕事に精を出した。

 自らの真似をして苗を植えて種をくミルルを見て、しみじみと感慨にふけっている、気がする。


 可愛い孫娘が食べる野菜なのだから、妙な考えはないだろう。倒そうとしていた魔王だが、今はありがたい気持ちでいっぱいだ。


「また来てね! ベルゼウスさん!」

 散策がてら森の入口までベルゼウスを見送り、姿が見えなくなったところで、ミルルがハッと声を上げた。

「いっけなぁーい!」

「どうしたんだ?」

「このままだと、パンケーキを作れないわ!」

 言葉の意味を考える間もなく、ミルルの足元に魔法陣が描かれて、まばゆいばかりの光を放った。


[グリフォンがあらわれた]

[ヒュドラがあらわれた]

[ウロボロスがあらわれた]

[ヤマタノオロチがあらわれた]

[ドラゴンがあらわれた]

[ロック鳥があらわれた]

[バジリスクがあらわれた]

[コカトリスがあらわれた]


 空から地中から召喚された無数のモンスターに取り囲まれた。


 しまった!

 野良仕事で邪魔なのと、ベルゼウスの溺愛振りに気が抜けたので『真実の斧』を玄関脇に置いてきてしまった!

 いずれにせよ、これだけの強敵を俺だけで太刀打ち出来るはずがない。


 ……こいつらを召喚したのは、ミルルだよな?


「ミルル、何をする気だ?」

「卵よ、卵! 小麦があっても卵がないと、パンケーキを焼けないわ!」

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