お客様が来たよ②

 何だ、ザコキャラじゃないか。こいつだったら俺ひとり、素手で十分だ。


 しかしゴブリンは、いつもとは様子が違った。

 ご機嫌取りでもするように、ミルルにペコペコと頭を下げているのだ。

 大魔女グレタの孫娘だから丁重に──とでも、ベルゼウスから言われているのだろう。


「ベルゼウス様の使いです。グレタ様の墓参りに来ました」

「それは、ご苦労なことだ。グレタの墓は、この裏にある」


 黒魔女の家に暮らしているから当然だろうが、先日まで敵として戦っていたゴブリンを、和解もしていないのに客人として扱って、言葉を交わして案内までしていることが、不思議でならない。

 ミルルと一緒に暮らすとは、俺まで黒魔術世界の住人になる、ということなのか。


 グレタの威光で、ミルルは天涯孤独にならずに済むのかも知れない。

 そうなれば俺の必要は──。


 ……いや、それはミルルをベルゼウスの配下に置くことを意味している。

 ベルゼウスの指揮で、史上最強だが制御の効かないミルルの魔法を暴走させれば、白魔術世界はおろか、黒魔術世界までもが終末を迎えることは確実だ。

 俺はベルゼウスの魔の手から、ミルルを守らなければいけないのだ。


 もしかして、世界の平和は俺に懸かっている、ということか?


「ちょっと、あなた?」

 墓に向かおうとするゴブリンを、ミルルが不満そうに、ぷぅっと膨れて呼び止めた。

「あなた、お祖母様のお知り合いなの?」


 ゴブリンはザコキャラらしく、腰を折ってヘイコラしている。

「滅相もない! 偉大なる黒魔女グレタ様の足元にも及ばねぇ! あっしはベルゼウス様の使いで来たまででさぁ」


 墓に手を合わせたゴブリンを見送ると、ミルルはムスッと仁王立ちして、空に向かって声を張り上げた。

「ちょっと! ベルゼウスさん!?」

 どんよりとした空に、ぼんやりとベルゼウスが現れた。

『……何だ?』

「何だ、じゃないわよ! 何であなたが来ないのよ!」


 ベルゼウスは、少し困った様子を見せた。あの魔王を困らせるとは、ミルルは一体何者なんだ。

『行かなければならぬか?』

「当たり前でしょう!? 代理なんて失礼だわ! しかも花の一輪も持ってこないなんて、失礼にもほどがあるわ!」


 いつでも倒せるザコキャラならば構わないが、ラスボスに来てもらっては、俺が困る。

 いざ戦闘となっても俺ひとり、今の装備、今のレベルでは、瞬殺なのは間違いない。


「ベルゼウスは魔王だから、きっと忙しいんだ。城から出る暇もないだろうから、無理を言ってはいけないぞ」

「そうなの!? ベルゼウスさん!!」


 ベルゼウスは黙っていた。どうやら暇らしい。


「ちょっと来るだけなんだから、いいじゃないのよ! ゴブリンさんがすぐ来たんだから、ここから近いんでしょう!?」


 空に浮かんだベルゼウスの幻影は、何も言わずにスーッと消えた。


 しばらくすると、荒野の向こうに人影がふたつ現れた。

「きっとベルゼウスさんよ!」

「いや、キャラバンじゃないか? お得意様なんだろう?」

 願いが口を突いて出た。どうか、キャラバンであってくれ……。


[ゴブリンがあらわれた]

[魔王ベルゼウスがあらわれた]


 まさかのラスボス登場だ。

 背格好は俺より少し小さいが凄まじい威圧感。俺ひとりで倒せるわけがないのは、一目瞭然。


 が、どこから用意したのか、ベルゼウスは白い薔薇の花束を抱えている。これではまるでデートじゃないかと、緊張感がヘナヘナとしおれていった。


「我が名はベルゼウス」

「いらっしゃい、ベルゼウスさん! お祖母様はこっちよ!」

 ミルルがウキウキと手を引いたが、ベルゼウスは一歩も動かず、俺を注視した。


 再び緊張が走る──。


「この人間は、何だ?」

「アックスよ」

「奴隷か」

「違うわ! 私のお世話をしてくれる代わりに、お部屋を貸してあげているの」


 部屋といっても、両親の部屋はミルルに申し訳ないし、グレタの部屋では気に障るので、食堂で寝泊まりしている。


「使い魔のようなものか」

「う〜ん……まぁ……そんなところね!」

 ミルルにとって俺は、猫やカラスやコウモリと同列らしい。父親の代わりではないことに、内心ガッカリしてしまった。


「早く早く!」とミルルがベルゼウスを、グレタの墓へと引っ張っていった。

 俺も肩を落としてついていく。

 命拾いしたから、まぁいいか……。


 粛々と花を手向けるベルゼウスの背中を見ているのは、妙な気分だ。ブレイドたちがこれを見たら、何と言うだろう。

 しかし、何と寂しそうな後ろ姿だろう。魔王と言えど、知り合いが死ぬのは悲しいことなのだ。


 それを察してか、ミルルがベルゼウスの元へと寄った。

「ベルゼウスさん、お茶していきませんか?」


 何ということを言うのだ! 魔王を家に招き、席をともにするというのか!?

 そんな馬鹿な、お茶は俺が用意するんだぞ。


「ミルル。ベルゼウスは魔王の仕事で忙しい中、時間を割いて来てくれたんだ。無理に引き止めてはいけないぞ」

 頼む、頼むから帰ってくれ。


「……いや、せっかくだから呼ばれよう」


 ミルルは跳ねるように玄関を開け、ベルゼウスとゴブリンを招き入れた。

 俺は重たい足を引きずって、後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る