お家にようこそ③

 ミルルは目を伏せてから、気まずそうにコクンとうなずいた。

「これほどの魔法……グレタに教わったのか?」

「違うの。これから教わろうっていうときに、お祖母様が亡くなってしまったの」

「ならば、はじめから魔法を……?」

「……まだ上手に操れないの……」


 最強の魔女の血を引くミルルは、最強の魔力を生まれながらにして手に入れていた。

 ただ、その魔法を使いこなすことが、まったく出来ないのだ。


 ホーリーは青ざめた顔で、微かに震えていた。目に映っているのは、鮮明に蘇った過去の記憶であろう。

「ミルルの魔法は、グレタ以上だわ。史上最強の魔女は、あのミルルよ」

 森を焼いたときよりも、ミルルが使った魔法のほうが遥かに恐ろしいことは、俺にもわかる。

 グレタを倒せるところまで経験を積み、スキルを得て、装備を揃えたにも関わらず、ほんの短い間に死ぬ直前まで追い込められた。

 ミルルが意図せず使った魔法によって……。


 シノブは険しい目つきをしていた。さっきまでの優しい顔は、すっかり消えてしまっている。

「ブレイド、この娘は危険だ。やはり人目につくところにいたほうが……」

 つまり黒魔術を封じるため、孤児院に閉じ込められて監視されるということだ。もしかしたら、牢獄かも知れない。


 魔女の血を引いたことは、ミルルの原罪なのだろうか……。


 ブレイドは決心したように、ミルルの腕に手を伸ばした。

「ミルル、やはり孤児院に行こう。みんなの幸せのためだ」


 俺は、考えた。


 ミルルを連れた先には、本当に幸せがあるのだろうか。

 ミルルはこれから、魔女グレタの孫という事実を隠して生きていくのだろうか。

 それは白魔術の町で隠しきれるものだろうか。

 万が一、黒魔術を使ってしまえばどうなるか。

 魔女グレタの孫娘として、世間から迫害されて孤立をし、そのまま大人になるのだろうか。


 それでミルルは、幸せか……?


「アックス! さっきから黙っているが、お前もそう思わないか!?」

 力強いブレイドの眼差しに、迷いを晴らせぬ俺の心が揺さぶられた。


 俺から俺以外のすべてを奪った黒魔術。

 俺から俺以外のすべてを奪ったグレタの魔法。

 俺から俺以外のすべてを奪った魔女の血を引くミルル……。


 かぶりを振って迷いを払い落とした俺は、ブレイドにも負けない力強い眼差しをミルルに向けた。

「料理は出来るのか?」

「パンケーキはまかせて! お祖母様直伝よ!」

「他の料理は? 掃除は? 洗濯は?」

「お祖母様に……」

 それから先が続かず、消え入るように口をつぐんで、答えに詰まってしまった。


 ひとりで生きていけないじゃないか。もうひと押しだと仲間たちは安堵した。


 だが、すまない。

 俺が導き出した答えは、みんなの願いとは違うんだ。


「ミルル。この館で、俺と一緒に暮らそう」


 みんなの動揺がチクチクと背中に刺さった。胸の奥まで貫かれぬよう、俺はじっと耐えていた。

「アックス、言った意味をわかっているのか!?」

「わかっている」

「アックス、黒魔女と一緒に暮らすのよ!?」

「わかっている!」

「アックス……ミルルは、お前の──」

「わかっている!!」


 わかっているさ。

 俺から俺以外のすべてを奪った黒魔女グレタを3年間も心の底から憎み、恨み、殺意さえも抱き続けた。

 その孫娘、ミルルの世話をしようと言っているんだ。


 でも、孫じゃないか。

 でも、幼い孤児みなしごじゃないか。

 でも、大事な家族を失ったんじゃないか。


 ミルルに罪は、ないじゃないか。


 俺がみんなに出来るのは、ただひたすらに額を地面にすりつけること、それだけだった。

「みんなと旅が出来なくて、すまん。だが、俺もミルルを放っておけないんだ」

 そう、孤児院で預けても安心出来ないほどに、この思いは強いんだ。


「デリスターというオアシスの町に、レスリーという格闘家がいる。俺の名前を出せば、こころよくパーティーに加わってくれるだろう」

 俺の代わりは、いくらでもいる。だがミルルを世話しようという奴は、俺以外にいないだろう。


「ミルルは、俺が責任を持って世話をする。立派に育て上げてみせる。だから頼む! パーティーから離脱させてくれ!!」


 冷たい風が吹き抜けたので顔を上げると、そこには誰もいなかった。

 歯痒かったことだろう。

 悔しそうにしていただろう。

 さげすむような視線を浴びせただろう。

 どう思われてもいい。わかってくれたら、俺はそれで十分だ。


「もう……。あなたと一緒に暮らすだなんて、私はひと言も言ってないわ」

「すまない! つい熱くなって、ミルルの気持ちを聞いていなかった」

 不機嫌そうに腕組みをするミルルに、俺は下僕しもべのようにペコペコと平謝りをした。


「それで、俺と一緒に暮らしてくれるか……?」

「どうせ、行くところがないんでしょう? 館の主として、私のお世話を許可してあげる」

 猫のような気高さでツンと澄ましたミルルは、そのうち笑顔を抑えきれなくなって、俺の手を取り家へと引っ張った。


「よろしくね、アックス」

「よろしくな、ミルル」


 俺は、奪われた親の務めを、奪った魔女グレタの孫娘ミルルを育てることで、果たしたいんだ。

 親としてミルルに愛情を注ぎ、育て上げることが、グレタへの復讐だ。


 そう、これは世界で一番優しい復讐──。

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