お家にようこそ②

 頼れる身内を失ったそばから、知らない人に知らない場所へと連れて行かれるミルルの不安は、身体の芯にまでみた。


「お姉様、孤児院って何?」

「怖いところではない。ミルルの新しい友達が、たくさんいるところだ」

「新しい……お友達?」

 俺たちでさえも初めて聞いたシノブの柔らかな声色に、ミルルの不安は募る一方だ。


 玄関を出たところで、ミルルは脚を突っ張って抵抗をしはじめた。シノブは無理に腕を引かず、かがんでミルルと視線を合わせた。

「その歳では、ひとりでは生きていけない。ひとりで生きていくために、みんなと一緒にたくさん学んで、たくさん遊ぶ場所に行こう」


 シノブの過去が垣間見える説得に胸を打たれ、ブレイドは笑顔を作って説得に加勢した。

「こんな荒野にひとりでは寂しいぞ。新しい友達を作ろう」

「寂しくなんかないわ! 猫もカラスもコウモリも、みんな私のお友達だもの」


 たまらずホーリーもひざまずき、ミルルの肩にそっと手を触れた。

「お料理もお洗濯もお掃除も、ひとりでやらないといけないのよ。新しい町に行けば、お料理やお洗濯は大人がやってくれるし、お掃除もみんなでやれば、あっという間よ」

「お祖母様に教わったもの。私ひとりで、みんな出来るわ」


 ふるふると震えながら、ミルルは首を振った。

 寂しくないはずがない、ひとりですべてを出来るわけがない。恐怖のほうが勝っているのだ。


 嫌がるミルルを、どう説得すればいい。

 いっそ、無理矢理にでも連れて行くか。

 これだけ嫌がっている、というのに?

 ミルルは孤児院に行って、幸せになれるのか?

 孤児院に行かなかったら、ミルルはどうなる?


 どうすればいいか迷っていた俺だけが、ミルルに声を掛けられずにいた。


 シノブは苛立ち、口調が強くなる。

「ミルルを放っておけないんだ! ここにいては飢え死にしてしまう! これからは孤児院で暮らそう!」

「嫌!! 私は、お家を離れたくない!!」


 ミルルは脚を突っ張り腕を振り、激しく抵抗しはじめた。

「もうこの家には住めないんだ! あきらめろ!」

 痺れを切らしたシノブは、グイッとミルルの手を引いた。

「そんなの……絶対に嫌!!」

 ミルルは弓のように背筋を逸らし、ぜるように声を上げた。


 館を這っていた蔦がしなると、目にも留まらぬ勢いで襲いかかり、またたく間に俺は拘束された。

「みんな、逃げろ!」

 叫びも虚しく、ホーリーは白魔術の詠唱を終える前に身体を縛り付けられた。

 剣を振るい、蔦を薙ぎ払っていたブレイドも、隙を突かれて絡み取られた。

 蔦を蹴って跳躍していたシノブさえも、足首を掴み取られて地上に堕ちた。


 まさか、この幼子がやったのか?


 絡まった蔦は次第に締まり『ガイアメイル』がミシミシと悲鳴を上げて、ところどころに亀裂が走った。

 自由の効かぬ身体を動かし仲間たちに目をやると、ブレイドの鎧も同じようにひび割れだらけになっており、軽装のシノブとホーリーは青い顔で気絶していた。


 子供とはいえグレタの血を引く魔女、これほどの魔力があっても不思議はない。

 何と恐ろしい血筋なんだ……。


 そのとき、雲を跳ねていた電弧が束になると、俺たち目掛けて落下した。

 声にならない声を上げ、俺たちは力を失いその場に突っ伏した。

 雲まで操るとは、何という魔力。


 感服している暇はない。

 朦朧として霞む視界に映るのは、雷撃を受けてチリチリと燃えはじめた蔦。

 導火線のように走る炎は、今まさに全身を包み込もうとしている。

 燃えて黒く焦げた蔦は、いつもであれば簡単に千切ることが出来るだろう。

 しかし、雷撃の後遺症で全身が痺れてしまい、指先ひとつ動いてくれない。

 視線の先で仲間たちは跳ねる電弧にあらがえず、苦しみあえいでいる。

 仲間たちは火達磨に、そして俺も炎に焼き尽くされるのだ。


 ブレイド、シノブ、ホーリー……。

 ベルゼウスの城まで辿り着けず、すまない。

 魔女の館に行きたいと言った、俺のせいだ。

 どうか、気が済むまで俺を恨んでくれ。

 俺たちの旅は、ここで終わりだ……。


 突然、滝のような雨が叩きつけてきた。

 つぶてのような雨粒が全身に激しく降り注ぎ、地面に弾かれ俺たちを泥まみれにしていった。

 俺たちを包んだ炎は一瞬で消えると黒焦げの蔦はだらしなく解け、同時に痺れも解消された。


 雨は、すぐに止んだ。


 通り雨……まさに天の恵みだ。


 ゆっくりと身体を起こすが、俺たちのライフはギリギリだ。

 ホーリーは全体回復を……。

 シノブは鎖鎌でミルルを封じて……。

 ブレイドは剣でライフを奪い……。

 そして俺が、魔女にとどめを刺す!

 魔女の攻撃より、早く……!!


 さぁ、みんな立ち上がれ!!


 残り少ない力を振り絞り『真実の斧』を構えると、俺はそこから動けなくなってしまった。

 魔法ではない。

 麻痺でもない。

 力尽きたわけでもない。


 ミルルが半べそをかきながら、オロオロとこちらに寄ってきたのだ。

「ごめんなさいぃぃぃ! 私は離してほしかっただけなのに蔦が伸びて、蔦を切ろうとしたら雷が落ちちゃうし、火がついちゃったから消そうとしたら雨が……」


 わたわたと弁明するミルルに、雨に打たれて目を覚ましたホーリーが恐る恐る尋ねた。

「あなた……魔法の制御が出来ないのね?」

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