第1話『転生と転落』
自身に前世の記憶があるのに気が付いたのはいつの頃だったか。
4歳を過ぎ、大好きな母とともに家の中で遊んでいた時だったか。
とにかく僕、ライル・ベルガ・フォールマには前世の記憶がある。それも大人の記憶だ。
前世の僕は、今の時代みたいに技術が発達していない星で生まれて暮らしていた。平凡な幼少期を過ごし、学生を経て社会人になった僕は企業へ就職した。
最初は忙しく、多い残業につぶれそうになりながらも、何とか昇進し、30歳手前には結婚間近の彼女もいた。
しかしながら、僕は命を落とした。
前世の僕の最後の記憶は意外としっかりしている。
血だらけの僕を気にせずに抱きしめ、言葉を投げかける彼女の顔。
転生、いや前世の記憶なので今世のライルには関係ないが、一つ心残りとするのであれば、彼女のことだろう。
自分の恋人が目の前で刺されて血まみれ。それも自身を庇ったことによって恋人が負った傷であれば猶更トラウマものだろう。
彼女を通り魔から庇った事については後悔などしていない。そのおかげで彼女に傷はなかったはずだ。
そもそも体が自然に動いていたのだ。
そんな壮絶な別れ方をしてしまった事に後悔はあるが。
しかしながら、今となってはどうしようもない。
この世界でライルとして過ごしていくしかないのだ。
「おや、ライル様、こちらにいらしたのですね」
部屋に入ってきたのはメイドだ。
この世界で僕は貴族らしい。
爵位としては辺境伯になり、位置的には上位貴族の一番下らへんだ。
お母様はどの爵位の娘かは知らないが、父親が辺境伯であることから、その爵位に近い貴族令嬢だったのだろ。
大きな屋敷に住んでおり、身の回りの世話はすべてメイドなどが行う。
今年で10歳になる僕にも一人専属でメイドが付いている。
前世の記憶を持っている僕からすると、子ども扱いされるのはとても恥ずかしいのだが、そんな事をメイドに行ってもしょうがない。
それでも最近は一人にしてくれていることから、少しは願いが届いたのかなっと感じている。
「ミリア、どうかした?」
今年で16歳になるミリア。綺麗な金髪の長い髪を後ろで丁寧に束ね、肌の露出が少ない、いわば正統メイド服(ミニスカメイドもそれはそれでいいが)を身に纏った少女である。
僕が物心つく前にはすでにミリアが身の回りの世話をしてくれており、すでに裸も見られている。そう、あれは屈辱的だっだが、慣れた。
いくら5歳ほどの子供とは言え、それは外見だけだ。
中身は30年も経験しているいい大人だ。そんな精神と体が乖離した僕は、なすすべもなくミリアに体の隅々まで洗われた。そう、隅々まで。
6歳のころまでは僕はお風呂ギライとでも思われていたようで、いつもミリアにつかまっては風呂場に連行されていた。
前世の記憶が蘇る少し前までは、お母様と一緒に入っていたそうで、その後はミリア一人で風呂に入れているようだ。
まぁ、母親とはいえ、同じ空間で同じ裸で過ごすのは、今の僕にとっては拷問以外でも何もない。お母様は非常に悲しそうだったが、僕の精神衛生上、一緒に入るのはない方向でお願いします。
「奥様が呼ばれておりますよ」
僕がいたのは書斎であり、数多くの本が置かれた部屋だ。
もちろん端末にすべて電子版が保管されているのだが、僕としては紙媒体のほうが好きなので、よくこの書斎にこもっている。
紙が発する匂いや、手触りが好きなのだ。前世の僕も電子書籍ではなく、紙媒体の本を好んで集めていた。彼女からは呆れられていたが、大切な趣味であり、しぶしぶ黙認してもらっていた。
「わかった。お母様は自室?」
今年で10歳になるが、お母様は相変わらずの過保護だ。
今でも寝るときは抱き枕にして離してくれないし、抱っこしたがる。僕の体も10歳にしては小さいほうである為、そこまで体に負担もないようで、不本意ながらよくお膝に乗せられているのだ。
そんな光景を微笑ましく見ているメイド達の視線にもいい加減慣れた。
「はい。自室に居られます。」
「わかった」
こうしてお母様に呼ばれることは日常茶飯事で、大体は僕が本を読んでいる時間は外して呼ばれる。今日はどうやら珍しく急ぎでの用らしい。
後ろにミリアを連れてお母様の自室へ向かう。
僕が住んでいるこのお屋敷は結構広い。具体的にどれほど広いかというと、一階層に15部屋くらいあり、それが3階まであるのだ。一般的な住宅の5倍は優に超えているだろう。庭もとても広いが、まぁ辺境だからこそ土地が余っているともいえる。
昔そのことをお母様に聞いた時は、『これでも小さい方よ』と苦笑しながら言っていたのを覚えている。
貴族の財力、恐るべしだ。そもそもお母様の実家の貴族位ってどのくらいなのだろうか。
そんな大きな屋敷にあるお母様の自室は、僕がいつも本を読んでいる書斎からは近い。どのくらい近いかというと、2部屋隣という距離である。近すぎるわ。
10部屋を超える部屋があるのにも関わらず、だ。
ちなみに、僕の自室はお母様の自室の隣であり、書斎の隣だ。お母様の自室と書斎に挟まれるように僕の自室がある。
このことからもお母様の愛を感じることができるだろう。ちょっと前にそのことをミリアに愚痴ったら、微笑ましい者を見るような目で見ながらこう言われた。
『奥様の愛情は天井知らずですからねぇ』
ミリアいわく、そば仕えのミリアにも嫉妬でよくからかわれている様だ。そこまで息子大好きなのだろうか、お母様は。
そうこう考えているうちにお母様の部屋に到着した。
ミリアが慣れた手つきでドアをノックし、
「奥様、ライル様をお連れ致しました。」
と入室の許可を取る。すると間髪入れずにすぐにドアが開かれる。
幸いだったのはドアは内開きであり、廊下側に飛び出ることがなかったことだろう。もし外に開く構造だったらミリアと僕は吹き飛ばされていただろう。
「らーいーるーぅぅぅぅうううう」
猪突猛進というか、そう、お母様が飛び込んできたのだ。
そして、本来は僕を守る必要があるはずのミリアはすでに横に退避しており、僕に逃げ場はない。いや、別にお母様のハグから逃げたいわけではないのだけど、その勢いが怖いのだ。体が小さいからこそ、僕よりも大きな人間の突進には恐怖心が先に来るだろう。
もちろん息子大好きなお母様が僕に傷を負わせるような事はしないのだが、怖いものは怖いのだ。
「ふぎゅっ」
強烈な愛情表現、お母様のハグにさらされた僕は、その豊満な胸の中へ抱き込まれた。暖かく、やわらかい感触を感じながらも、息苦しさが勝るこの状況は些か不味い。
どうやら朝から書斎にこもっていたことが良くなかったらしい。お母様が痺れを切らして書斎に突撃された事は何度かあるが、いずれも気絶する一歩前まで抱きしめられて解放されなかったのは、まだ記憶に新しい。
「あー、むすこにうむを補給しないとママはしんじゃうよぉー」
お母様、そのような物質もエネルギーもありません。そして、その供給源も絶賛死地に向かっております。
「奥様、そろそろお放しいただかないとライル様に嫌われますよ」
そんな僕に救世主が舞い降りた。
お母様に声をかけたのは、お母様付きのメイドであるマリアだ。年齢不詳であり、容姿だけで言えば現在15歳のミリアより少し上くらいだ。
昔しお母様が呟いていたが、マリアはお母様が小さいころから今の容姿らしい。じゃあいったい年齢はいくつに・・・
お母様の圧力から解放された僕はそんなことを漠然と考えながらマリアを見る。
「まぁ、ライル様も大きくなられたのでもう少しは大丈夫そうですね」
「ひっ」
どうやら舞い降りたのは天使ではなかったようです。ごめんなさい、謝るので助けてくださいお願いします。
そんなこんなで、お母様の自室にたどりついたわけだが、
「ところで、何か用があったのではないですか?」
なぜか先ほどよりも肌艶が良くなっているお母様に尋ねる。
人間とは摩訶不思議な生き物だなぁ。お母様限定の機能かもしれないが。
「あっ、そうそう、つい忘れちゃいそうだったわ」
こんなちょっと天然が入っているのが、僕のお母様だ。
今年で27歳と、まだまだ若く、美少女にしか見えないが、一児の母であるお母様。日頃はとにかくドジを現世に降臨させたように色々とやらかす。家事や裁縫など、一般的な女性の仕事はおろか、通常生活でもよく物を壊したりする不器用さんである。
まぁ、若い容姿とそのほんわかとした性格のおかげか、メイドなどからも微笑ましい視線をよく受けている。
「奥様、旦那様からのご要望をお忘れになるのはどうかと・・・・」
そんな事を考えていると、そんな言葉をかけてくる第3者がいた。
「サラス・・・・」
サラス。そう、お父様付きの執事の一人だ。
壮年に差しかかっているこの男性は、この部屋の中で僕以外の唯一の男性だ。お父様付きという事もあり、普段はこの別邸ではなく、本家である屋敷にいるはずの執事。
そうそう、そういえば言い忘れていたけど、お母様とお父様は現在別居中だ。
いや、正確には結婚当初から別居らしい。まあ、僕はまだ生まれていなかったから、わからないが、ミリアの言葉だとそうらしい。
そもそもこの別邸に住んでいるのは、お母様と僕、そしてメイド達だけだ。
そしてそのメイド達も、もともとお母様の実家から連れてきている者たちで、お父様が雇った者は一人もいない。というか、別邸にすら入れさせてもらえないらしい。
「サラス、奥様に失礼では?」
目じりを上げ、いきなり氷点下まで降下した声でマリアがサラスを咎める。しかしながらサラスはそれを気にも留めずに続ける。
「ライル様。旦那様より、伝言を言付かってきました。」
そういってライルは一歩前へ出る。
するとようやく緩んだはずのお母様の腕に力が入る。
「・・・・うん、なに?」
そもそも僕はお父様に会った記憶がない。写真では見たことあるけど生で会った記憶がないのだ。
まったくのゼロではないのだろう。でも、それくらいに古く、まだ物心つく前だろう。僕の記憶には父親の顔がないのだ。
お母様は正妻であるが、側室が二人いる。顔も合わせたこともないが、どうやら本宅の屋敷にいるようだ。
正妻であるはずのお母様が、ここ別邸。
そして側室の二人が本宅の屋敷。
これだけである程度関係性が見えてくるだろう。
「1週間後にある連邦本星であるパーティーに参加せよ、とのご命令です」
今まで10年間ほとんどほったらかしてきた妻と息子にご命令だそうだ。
そして都合がいい事に、僕はある情報を手に入れている。
それは、側室の一人が男児を出産したとの情報だ。
まぁ、普通に考えれば子供が生まれた、しかも腹違いとはいえ弟が生まれたのだ。とても喜ばしい事だろう。でもこの状況ではそう喜べる状況ではないのだ。
そもそも、僕が生まれてからはお母様は一人も妊娠/出産はしておらず、また側室の二人もそれぞれ女の子を産んでいた。そしてつい最近、ようやく二人目の男の子が生まれたようだ。そう、貴族で男児である。
「それは僕一人で、って事?」
あまり考えたくもなかったが、ここまで露骨にタイミングが被ると疑わずにはいられない。
「はい、旦那様からはそのように伺っております。移動用の船もこちらですでに準備しております。貴族社会へのデビュタントとしても、今回は一人で向かうようにとの仰せです」
ここまではっきり言われると拒否などできないだろう。
「それは供回りも含めて、でしょうか?」
回答はわかりきっているが、ミリアにしてみれば尋ねざるを得なかったのだろう。
「ええ、それが貴族のデビュタントへの参加条件ですから」
確かに、歴史が古いこの国の貴族位の10歳でのデビュタントには、参加資格が必要になる。
それはある一定の距離を一人で移動し、本星までたどり着くこと。
もちろん、その工程では、親によって事前に安全は確保されているのが習わしであるが、僕にもそれが適応されるのかは、はなはだ疑問である。
「・・・・わかった。僕、いくよ」
どう頑張っても逃げることは叶わないだろう。お父様、いやもう取り繕うのはやめよう、あの糞親父は僕を始末する様だ。よくある話しだ。貴族という生き物は利権/権力が一番二つ目には血筋がくる。理由は知らないが、僕とお母様のことが心底嫌いなようだ。
さて、十中八九、航海の途中で襲撃されて始末するように仕向けているだろう。
しかしながら、糞親父は腐っても辺境伯である高位貴族だ。この星系を領地とする星系領主。その守備範囲は広く、小さな子供ではひっくり返っても勝てそうにはない。
僕にとっての見方もいるんだけど、メイドである従者であれば持てる権力も限られている。
「ライル様・・・・」
心残りとしては、いまだにフリーズしているお母様だけだ。
いや、お母様も糞親父の計画には気が付いているだろう。なのに何もアクションを起こさない、どこか不安であはあるが。
まぁ、ただ殺されていやるわけではない。やれる事はやっておくのは当たり前だ。誰も死にたくはないので。特に、僕は前世で通り魔に差されて死んでるので。
そうして僕のデビュタントの為、一人での本星までの移動が決まった。
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