クリスマスの奇跡

ろくいち

クリスマスの奇跡

「ほら、離婚届だ」


 男は、自分だけ書き終えた離婚届の用紙を置いて、バンッとテーブルを叩いた。


「お前がクリスマスまでは家族で過ごしたいってゆうから待ってやったんだ。早く書いてくれ」


 妻は困った顔で言葉を詰まらせる。

「わかってる。でも…」


「これ以上先延ばしにはできないぞ。今日までは父親として精一杯あの子のためにしてやる。そういう約束だっただろう。プレゼントを置いてくる。それまでには書いておいてくれよ」

 男は、そう言ってリビングを出て行った。



 子供部屋のドアがそっと開いた。サンタクロースの格好をした男が、顔を覗かせて部屋の様子を伺う。部屋の奥のベッドで娘が静かに寝ている。窓からは微かに月明かりが差し込んでいた。

 男はクリスマスプレゼントを抱えて部屋に入った。プレゼントは大きな熊のぬいぐるみだった。家族が減っても寂しくならないように。




「サンタさん?」


 慎重にベッドのそばまで来たところで突然、寝ているはずの娘から声をかけられ、男は驚いた。


「ねぇサンタさんなの?」


 一瞬でも見られるかもしれないと思い買ってきたサンタクロースのコスプレだったが、こんなにしっかりと起きているとは、男も思っていなかった。


 男は、声色を変えて短く答えた。

「そうだよ。プレゼントを持ってきたんだ。起こしてすまなかったね」


 起き上がった娘の前に、男は、プレゼントを置いた。娘の身長と同じくらいの大きさのぬいぐるみは、大きなリボンが付いている。


「ありがとうサンタさん。おっきいくまさん。…でもね、ユカはプレゼントもらえないの」


 娘の予想外な反応に男は思わず聞き返した。

「え、どうして?」


 娘はうつむき気味に声を落とした。


「ユカはいい子じゃなかったから...クリスマスプレゼントはね、いい子にしてた子しかもらえないの! だから……だから、いい子じゃなかったからユカはプレゼントもらっちゃいけないの!」


「え、…?」

 男は一瞬驚いたが、子供が些細な失敗を気にしているのだろうと考えた。


「そんなことないよ。ユカちゃんがいい子にしてたことサンタさんは知ってるよ」


「違うの! ユカが悪い子だから! ユカが悪い子だからパパとママは離ればなれになっちゃうの…!」


 顔を上げた娘の瞳には、子供の小さな顔に不釣り合いなほど大粒の涙が溢れていた。


「そんなことない。それはユカのせいじゃない。気にしなくていいんだよ」


「ユカのことでパパとママはいつもケンカばっかり! ユカさえいなければパパとママはずっと仲良しでいられたのに! ユカは生まれてきちゃいけなかったの!」


「違う!!」

 男は娘を抱きしめた。


「どうしてサンタさんが泣いてるの?」


 部屋の外で聞いていた妻も、口を押さえ泣き崩れる。


 こんなもの! と、男は熊のぬいぐるみを捨てはらい、娘の肩を強く握りしめた。


「君はいい子だ。とってもいい子だ。だから必ず、私が責任を持って、君に家族の愛をプレゼントすると約束しよう。この先ずっと」


「ありがとう、サンタさん…」


 娘はとても嬉しそうな表情を浮かべ、しばらくして眠りについた。









 翌朝、娘が起きてきて母にかけよった。

「ママおはよ。昨日のはあれでよかった?」

「名演技だったわ、ユカ。あなた女優になれるわよ」

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