第38話 父親たちの情熱
女装して日進女子に乗り込んでまで手に入れた広幡朋のデータをもとに、僕はお得意のモノマネ投法を実践した。
爽いわく、再現度としては悪くないとのこと。
しかしながら彼女のモノマネ投球は体力を持っていかれる。
そこそこ球威がある上にスピンの効いたストレート、キレの良いスライダー、そしてビタビタのコントロール。
僕みたいなへなちょこ高校球児のなり損ねにはなかなか消費カロリーが高いモノマネだ。
今後のためにも、ちょっと走り込んで体力をつけなければならない。だから最近は、監督でありながらも皆の練習に混ざるようにしている。
「……雄大くん、ここのところ私達と一緒に練習してるっすよね?どうしたんすか?」
「ああ、ちょっと身体がなまっちゃっててな。モノマネ打撃投手をやるにしても体力がないと使い物にならないし、練習に混ざろうかなって」
「そうっ……すか。怪我だけには気をつけてくださいっすね」
「ああ、うん」
おしゃべり界の2006年日本ハムファイターズビッグバン打線こと藤川雅だが、どうもここのところ様子がおかしい気がする。
若干だけど声のトーンが落ちてるし、それにいつもより会話量が少なくなっている。
雅がおしゃべりに割くリソースを減らして野球に打ち込んでいるのならば嬉しいことだけれど、それにしてはなんだかプレーにもキレがない。
相変わらず守備は下手だし走塁もいまいちだけど、ご自慢の打撃すら調子が良くない。
何か気に病んでいることがあるのだろうか。
監督としては気になるところだけれども、あの雅が元気をなくすようなことに首を突っ込んでいいのかどうか悩ましい。
有能な監督ならばこんなことなどすぐに解決してしまうのだろう。頭を抱えるしかない自分が情けない。
◆
練習が終わって自宅に帰って来た。
玄関には見慣れているけど珍しい靴が置いてある。
「ただいま」
「おお雄大、帰って来たか」
「お、親父……?どうして帰ってきてるんだ?まだシーズン中だろ?」
珍しく親父が家にいた。
普段親父は基本的に遠征に出ているので、オフシーズンでないとまず家にはいない。
言い忘れていたけど、現在うちの親父は北海道のプロ野球チームでコーチをやっている。ビッグなボスでお馴染みの人気監督が率いる中で、現役時代に培った勝負強い打撃を指導しているとか。本当に指導出来ているのかは謎だけど。
「ああ、ちょうど交流戦の移動日でな。たまには家に帰って息子の顔でも見てやろうかと言うわけだ」
「あーそうか、次の対戦相手は名古屋か。……勝てんの?名古屋って今首位だよ?」
「まあ、スタメン野手全員に俺が乗移れば勝てるな」
適当な冗談を言うな。
仮に親父が全員に乗移ればそれなりに打つだろうが、守備面では崩壊するだろう。
だってこの親父、入団会見で「自分のポジションは代打か指名打者だ」と言い切った男だ。守備に関しては多分僕のほうが上手い。
「まあせっかく帰ってきたわけだし、お前にいい話を持ってきた」
「いい話?」
「俺の元同僚に広幡っていうやつがいるんだけどな、そいつが今隣県の高校で野球部の監督をやっている」
親父が言う広幡、それは間違いなくあの広幡朋の父親だ。
「……それで?」
「お前、光栄の入部試験に落ちたんだろ?だったら広幡のいる高校に転校してもいいんじゃないかってな。もちろんあいつも大歓迎だって言ってたぞ」
「それは……、ちょっと今すぐには答えられないかな……」
僕は答えに窮した。
入部試験には落ちたものの、今は女子野球部の監督として12人のメンバーを率いている。彼女たちをそうやすやすと見切ることなど出来ない。
でも僕自身、選手としてもう一度挑戦し直したい気持ちがないわけでもない。
一度燃え尽きたはずの野球に対する思いは、女子野球部の監督をやることでふつふつとまた湧き上がって来ている。
ここですぐ答えを出せる問題ではない。
「……まあ、悩むのはいいが、答えを出すのは早いほうがいい。転校したら1年間は公式試合に出られないからな」
高校野球では男女問わず転校してしまうと1年間公式戦に出られないというペナルティが課せられる。
つまり、転校するなら早めにしなければ、僕の高校球児としての賞味期限はどんどん短くなるということだ。
「……わかってる。でもじっくり考えさせてほしい」
すると親父は広幡父からもらってきたという高校の入学案内と野球部の紹介パンフレットを渡してきた。
親父はオススメはするが強制することは絶対にしない人間だ。だからこのパンフレット類は気が向いたら見学にでも行けという無言のメッセージだろう。
日進女子との練習試合が終わったら、ちょっと時間を作って見学に行くべきだろうか……。
めちゃくちゃ疲れている僕は、今考えてもろくなことがないと思い、パンフレット類をカバンにしまった。
ひと眠りして頭がスッキリしてから考えることにしよう。
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