第12話 カロリーメイト①
「それじゃあお2人を引き合わせたところで私は練習に行くっす。雄大くんは明大寺先生と『監督と顧問』として色々話しておくっすよ」
「お、おいちょっと待て!雅もキャプテンとしてだな――」
「私は明大寺先生とマブっすから大丈夫っす。毎日数学の授業のときはここに来てるっすからコミュニケーションバッチリっすよ!」
「雅の数学の成績の方が心配だよ!」
逃げるように雅はグラウンドへ行ってしまった。
今度のテストで雅が数学で赤点を獲ったらどんな罰を与えておくべきか予め考えておく必要があるだろう。
「雅ちゃんはいつも元気で良いわよね。ああいう子がキャプテンだとみんなも安心出来そうね」
「確かにあんなんですけど監督としても雅には助けられてます。ついこの間も……」
「その話も雅ちゃんから聞いたわ。彼女、野球があんまり上手じゃなかったのに戸崎くんのおかげで打てるようになったんでしょう?一体どんな魔法を使ったのか先生も気になるわ」
「いやいやそんな魔法だなんて。あれは雅に才能があったんですって……。まあ、これからは代打の切り札として活躍してもらおうかなって。……って、先生はあまり野球詳しくないんでしたっけ、すいません……」
先生はフフフと優しい笑みを浮かべる。
……参った、この人の前ではどんなことも正直に喋ってしまいそうだ。胸のうちに秘めた思いを引き出してくるのに加えて、さらにそれを優しさで包んでくれる。
そんな先生は急に表情を変えた。
怖い顔とか闇落ちするような感じではない。単純に何か僕に対して疑問を持っているような顔だ。
「その話を聞いてちょっと思ったんだけど、雅ちゃんを代打に使ったら、その後の守備はどうするのかしら……?雅ちゃんがサヨナラ打を打てば守らなくていいけれど、現実問題そうはいかないでしょう?」
「……え?」
急に野球の話をぶっ込んできた先生に僕は変な声を上げた。
あれ?先生は野球に詳しくないのではなかったでしたっけ?
「わ、私にはよく分からないんだけど、雅ちゃんが最近こんなことをよく言ってたものだから気になっちゃって」
「ああ……、雅のひとりごとみたいなものですか……」
僕は胸を撫でおろした。
実は先生が野球にめちゃくちゃ詳しくて、僕の采配とか指導要領に意義を申し立てて来たらどうしようかと思考が巡ってしまったのだ。そうじゃないみたいで安心した。
「でも確かにそこは考えないといけないですね。お世辞にも雅の守備は上手いとは言えないので、『守備固め』になる選手がいるのならば是非チームに入れたいところです」
先生は野球がわからないなりに頷いてくれる。さすが保健の先生、悩み事に対する聞き手としての能力が高いので安心して話すことができる。
「じゃあこれからさらにメンバー探しもしなきゃなのね?」
「そうですね……。戦力になる人がいればいいんですけど……」
「なんだか新戦力探しは長丁場になりそうかもね。――そういう時はお腹が減るでしょうから、よかったらこれを持っていって」
先生は部屋の奥から何やら段ボール箱を取り出した。
その箱には忙しい時にカロリーやビタミンミネラルなどの栄養を補給できるショートブレッドの商品名がデカデカと書いてある。
……えっ?まさかこのひと箱全部がカロリーメイトなのか?
ひとパッケージがあんなにコンパクトな箱なので、この段ボールまるまるひとつとなると相当な量があるぞ……?先生は業者か何かですか???
「こ、こんなにたくさんのカロリーメイト、どうしたんですか?」
「……実は通販で数量間違えちゃって。食べ盛りの野球部のみんなで消費してもらえないかしら」
お茶目か、この先生は。
聞いたところ1ダース注文しようとしたら1ダース入りのパッケージを1ダース買ってしまったらしい。つまり12箱入り×12セットで144箱。ひと箱400キロカロリーなので、合計すると57600キロカロリーになる。成人男性に必要な約一ヶ月分のカロリーだ。
どうやったら買い間違えるんだそんなの。
でもまあ先生っぽいといえば先生っぽい。
優しい上にそういうちょっとドジなところがあるおかげで余計に心をくすぐられてしまうのだ。人間、完璧じゃないほうが愛される存在になるのだなと、先生のおかげで改めて理解させられる。
とりあえずくれるということなので貰っておこう。
個人的には食事もトレーニングの一貫だと教わって育てられたので、こういうバランス栄養食はあくまで食事の補助としてならそれなりに役目を果たしてくれる。
消費エネルギーの大きい高校球児なら尚更だ。
「……じゃあ、ありがたく頂いていきます」
「ありがとう戸崎くん。押し付けたみたいになっちゃってごめんなさいね」
「いいんですいいんです。食べ物は食べてこそ意味がありますから」
……まさか、このカロリーメイトが後で役に立つとはこの時の僕は思いもしなかった。
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