第2章 矢作爽と美合野々香
第11話 聖母……?いいえ、顧問です
改めて光栄学院女子野球部のことを紹介しよう。
選手は全部で10名。僕は監督ではあるけれども建前としては『記録員』であるので、それを含めると部員は11名。全員1年生というフレッシュなチームだ。
付属中学の軟式野球部が母体となっていて、そのキャプテンであった雅を中心に作られた新しい部でもある。
そんな新参者でありながら、第3グラウンドと呼ばれているきちんとした練習場所を確保しているので、毎日のびのびと練習ができる。これは雅が奔走したおかげらしい。恐ろしく仕事が出来るキャプテンである。皆から信頼されるのも頷ける。
さらに部活を運営する上で欠かせないのが顧問なのだが、これもなんと雅がどこからか連れて来てしまったのだ。本人いわく、たまたま運良く手が空いている人がいたから単純にラッキーだったと言っているが、あの藤川雅のことなので何かしら弱みを握って囲い込んだ可能性もある。尚更絶対に雅を敵に回したくない。
ちなみにこれから僕は雅と一緒に顧問へ挨拶をしに行くことになっている。普段部活に顔を見せないので僕はまだ顧問に会ったことがない。女性だとは聞いているが一体どんな人なのだろう。怖い人ではないことを祈りたい。
「……なあ、顧問の先生ってどんな人なんだ?まさか竹刀を持った体育教師とかじゃないよな?」
「そんなわけないじゃないっすか。そういういかにも体育会系みたいな先生はもう既に他の部活の顧問をやってるっす」
「ああー……、言われれば確かにそうか。じゃあそういうあからさまに怖い感じではないんだな。ちょっと安心した。――でも新設の部活の顧問をやってくれるような先生、よく見つけたな?」
「えっへん。私も伊達にキャプテンやってないっすから。いざとなれば本気出して顧問を探すぐらいちょちょいのポンっすよ」
そこは『ちょちょいのちょい』だろ。なんでちょっとかわいい破裂音なんだよ。
雅のボケを拾っているとキリがないので程々にしておかなければならない。
バッティングセンターのボールが回収穴に取り込まれていくみたいに、雅のボケを余さずに回収することができる人がいれば是非入部してほしい。そうすれば
「さあ、顧問の先生のいる部屋に着いたっすよ」
「着いたって……、ここは保健室じゃないか。顧問なんだから職員室じゃないのかよ」
たどり着いたのは保健室。独特の優しい雰囲気と消毒液の香りはおそらく全国どこでも共通だろう。
当たり前といえば当たり前だが、保健室の中には保健の先生がひとり机に向かって事務仕事をこなしていた。
「……あら?雅ちゃんいらっしゃい。そちらの方は……?」
「どうもこんにちはっす
部屋に入るなり、保健の先生が僕ら2人を迎えてくれた。先生の名前は
その顔は間違いなく美人の類に入るのだが、優しさに加えてどことなく幸が薄そうな印象を受ける。
性格もまるで聖母のように優しいので、その独特の雰囲気に魅了された多くの生徒が男女問わず仮病を使って保健室通いしているとかいないとか。
「あら、雅ちゃんがこの間言ってた子ね?」
「そうっすそうっす、なかなか頼りになる優秀な監督っすよ」
雅はまるで自分の事のように胸を張って話す。
僕はといえば、『頼りになる』とか『優秀』というワードで先生に紹介されてしまったのでなんだか気恥ずかしい。
「あなたが戸崎くんね。話は聞いていますよ。……改めましてよろしくお願いします、女子野球部顧問の明大寺です」
「と……、戸崎雄大です!よろしくお願いします!」
先生は椅子に座ったままペコリと頭を下げる。それにつられて僕も深々とお辞儀をした。
「……って、顧問って明大寺先生だったんですか!?」
「そうなの。雅ちゃんにどうしてもって言われちゃってね」
まさかとは思っていたがそのまさかだ。
我々女子野球部の監督はこの保健の先生である明大寺先生だ。保健の先生が顧問をやってはいけないというルールは校則には無い(注:藤川雅調べ)ので、先生の都合さえつけば何も問題はない。
他の新設部活が顧問探しに東奔西走しているというのに、雅はあっさりと明大寺先生というお買い得物件を契約してしまったのだ。目の付け所が常人のそれじゃない、敏腕すぎる。
「本当はあんまり野球ってよく分からないからお断りしようと思ったんだけど、雅ちゃんが名前だけでも良いから貸してくれって粘り強くって」
「な、なるほど……。心中お察し致します……」
僕も雅に粘られてハメられたタチなので先生に同情してしまった。自身の願望を成就させるときの雅の行動力は半端ではない。
「でもね、ちょっと練習とかを見させてもらったらみんな楽しそうにしてて、青春っていいなって思っちゃったの。だから微力ながらみんなのために顧問をやろうかなって」
本当に聖母のような優しい先生過ぎて涙が出てきそうだ。先生に悪い人達が寄り付かないことを祈りたい。
いや、むしろ悪い人達が来たら僕らの力で返り討ちにしてやらねばならない。そんな優しさだ。
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