第7話:トラウマ。


 裏庭からぐるっと城を回り込むように移動し、中庭の方へ行くと激しい打ち合いの音が聞こえてくる。


「おっ、やってるねー♪」


 中庭ではクラマが剣の修行をしていた。

 教えているのは騎士団長のエイム。

 多分四十代くらいで、身長がクラマと同じくらいある。

 なんていうか見た目だけなら執事っぽい。

 それくらい清潔感溢れる紳士だった。


「さすがクラマ殿。もう腕前は私とそう変わりませんね」


「……いや、エイムはまだ本気を出していないだろう? それに模造刀での練習と実力は別物だ」


「ふむ……謙遜、ではなく冷静な分析、といった所ですかな? ですがクラマ殿ならこれが本当の剣だったとしても臆する事は無いように思いますが」


「それこそ過大評価だ。俺は生き死にのかかった戦いなんかした事がないからな。実際その時になってみないと身体が動いてくれるかわからん」


 なんか真面目な話してる……。

 てか騎士団長にめっちゃ認められてない? すごいじゃんクラマ。


 元々剣道の有段者だしスポーツ万能だしね……僕とは別次元の生き物だもんこれくらいは当たり前だ。


「おや、聖女様がいらっしゃいましたよ。……丁度いいので今日はここまでにしておきましょうか」


「いや俺はまだ……」


「クラマ殿、息抜きも必要ですよ」


 エイムはそう優しく微笑むと僕の方にも深々頭を下げて城の中へ消えていった。


「ほえー、エイムさんって紳士だよねぇ?」


「……ん、そうだな」


「強いし礼儀正しいしかっこいいよね」


「……ん」


 ……なんか様子がおかしいなぁ。


「もしかして邪魔だった? もっと練習したかったよね。ごめん」


「違う、そうじゃない」


「……? じゃあどうしたの?」


 クラマが頭をぽりぽりとかきながら僕に背を向けてしまう。


「お前がエイムの事あまりに褒めるから……少しばかり嫉妬している」


「えっ」


 嫉妬? クラマが?


「もう一回言って」


「うるさい!」


 へー。クラマでもそういうふうに思ったりするんだ?

 なんだかちょっと嬉しい。

 それをちゃんと言葉にして言ってくれるのも嬉しい。


「くーらまっ♪ 僕が好きなのはクラマだけだから心配しないでいいよ?」


 後ろからクラマの身体をぎゅーっと抱きしめる。


「ぎゃぁぁぁぁっ!!」


「今このタイミングで出す声じゃないよね? 相変わらずかぁ……」


「た、頼む……お、おさわり禁止で……」


 どこのお店かなぁ?

 まるで僕がセクハラ親父みたいになってるのやめて。


「もうちょっと慣れてほしいなぁ」


「す、すまん……昔いろいろあったから女はほんと、苦手というか怖いというか……」


「学校とかじゃそこまでじゃなかったよね?」


「あれは出来るだけ近付かせないように立ち回っていたし、好みでもなんでもない女子共なんてなんとも思わんさ」


 ……あれ? なんかそれおかしくない?


「好みでもない女子だからなんとも思わないって変だよね? 好みのタイプの女子も居るって事?」


 クラマはてっきり男性オンリーなのかと思ってたけどちょっと違うみたい。

 待って、だったら今の僕を拒絶するのはなんで? 男じゃないし好みでもないって? うわへこむわ……。


「あのな、ユキナにも教えておいてやる。一番やっかいなのは繋がりが深く、美しい女性だ」


「……ちょっと何言ってるか分からない。僕の事が好みじゃないのだけは分かった」


「違うんだ。言ってるだろう? 美しいからこそダメなんだよ」


 マジでちょっと何言ってるか分からないんだけど……。


「でもクラマって照れるとかそういうんじゃなくて怖いんだよね? 美人が怖いって事?」


「……昔、良くしてくれた隣の家のお姉さんが居てな。それはそれは美しかった」


 ……なんだろう。クラマが女の人の話なんかするの初めてだからかな。

 胸が痛い。


「それ聞かなきゃダメ?」


「聞け。多分お前が思ってるような話じゃない。俺の女性恐怖症の原因の話だ」


 やっぱり女性が怖いんだ? 特に美人が無理っていうのはそのお姉さんが綺麗だったからなんだろう。


「わかった。聞くよ」


「その人は本当に俺に良くしてくれてさ、いつも面倒見てくれたし家に呼んで手料理を振舞ってくれたりして、俺も懐いていた」


 ……もしかしてその女性に何かあったのかな?

 小さい頃に、例えば事故で亡くしてしまったとかだったら女性と仲良くなるのが怖くなる事もあるのかもしれない。

 失うのが怖いから仲良くなるのも怖い。とか?



「……俺はある時その女に監禁された」


「……はい?」


 なんか思ってたのと違うぞ。


「その女はずっとずっと俺の事を性の対象として見ていたらしい。俺が五歳の頃、女は大学生くらいだったか」


 普通の感覚だったらむしろ羨ましくなったりするのかな? 僕には分からないけど。


「たっぷり一か月俺は監禁され続けた。勿論衣食住はきちんと提供してくれていたが、女の用意した部屋から出る事は許されなかった。首輪を付けられ、首輪から伸びる鎖は壁に固定され子供の力ではとてもじゃないが逃げ出せなかった」


 ……やべ。これ普通にかなりヤバい犯罪の話だ。

 僕はクラマの女嫌いを軽く見ていたのかもしれない。


「女は事あるごとに俺に対して性的な嫌がらせをしてきたよ。あの女が言うにはご褒美、だそうだが俺にとっては地獄の日々だった」


「……」


「その女の部屋にコソ泥が来て、俺はそいつのおかげで自由になる事が出来た。犯罪者に命を助けられるという屈辱がユキナに分かるか?」


 ……その状況だったら助けてくれた人が犯罪者かどうかはどうでもいいかなぁ。


「その泥棒さんはどうしたの?」


「勿論身体的特徴を覚えておいて警察に通報してやったさ。すぐに捕まったよ。盗みの常習犯だったらしいから俺は間違った事をしたとは思っていない」


 そ、そうなんだ……。まぁ、泥棒だしねぇ。


「で、その女の人は?」


「捕まったさ。当然だろう? でもな、俺にはその一か月間の地獄が忘れられないんだ。俺はきっとその女の事が好きだったんだと思う。恋愛感情かは分からないが、好きだった。誰よりも綺麗だとも思っていた」


「なんか腹立つな……」


「つまり、俺にとって綺麗、可愛い、そう思ってしまうのは諸刃なんだよ。ユキナのその柔らかい肌の感触があの地獄を思い出させる……」


 クラマは本当に辛そうに眉間に皺を寄せた。


 ……こりゃあ、一筋縄じゃいかない訳だよね。

 前途多難だなぁ。


「クラマの女性恐怖症については分かったけど、僕もこの姿になっちゃった以上簡単にあきらめる訳にいかないから。クラマをこの姿に慣れさせるからね!」


「そ、そうか……善処は、しよう」


 あまり虐めても悪いのでこの話はこおれでおしまい!



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