勇気が生まれる場所
「ねぇねぇ、追いかけっこしようよ、キャハハハッ!」
モグオムは住宅の屋根を足場にして、ひょいひょいと身軽に跳び回っている。マンモスの力を宿しているためか、踏みつける度に屋根は潰れて粉々だ。後で修理する人の気持ちを考えてくれ。
『-
「エルル、ここにタッチして」
「え、なんで?」
「いいから。あいつに追いつきたいじゃん」
アルギュレイスタクトの先端でほっぺをぐりぐりと荒っぽい催促をされる。しゃべり方も素に戻っており、猫かぶりモードは家出中らしい。
下手に突っ掛かってもデメリットしかないので、オレは渋々杖の先端に触れて、岩石で構成されたミノタウロスに変身した。
すると、ヘヴィがぴょこんと背中に飛び乗ってくる。
「さ、追いかけて」
「おんぶでダッシュしろってことエルか」
「そーだけど、なにか文句あるぅ?」
「はいはい、了解したエルよ」
ミノタウロスの突撃パワーでモグオムを追え、というご命令だそうだ。人使いならぬ妖精使いが荒いなこの子。
「ほらさっさとレッツゴー!」
競走馬よろしくヘヴィが尻をぺんぺん叩いてくる。扱いの悪さが腑に落ちないのだが、オレは苦々しさを噛みしめて、アスファルトを力強く蹴りつける。
視界に拡がる街の家々が、ギュンと一気に後方へ過ぎ去っていく。体は岩でできているのに、重さを一切感じない。まるで一流のアスリートになった気分で、あっという間にモグオムの姿は目と鼻の先だ。
「キャハッ! やるねぇ!」
くるりと振り向き後ろ走りになるモグオム。その手には、先端が球状に膨らむ撲殺に適した武器、
凶悪な見栄えの武器だが、更に恐ろしいのは、その球状部分から、一対のマンモスの牙が生えていることだ。モーニングスターと呼ばれる棍棒に近いかもしれない。
尖った部位がもろに刺されば、岩の体でもひとたまりもないだろう。絶対無傷では済まない。
「それっ!」
棍棒が振り下ろされ、眼前にマンモスの牙が迫る。
オレは急停止して、すぐさま後方へと跳躍。寸前で回避するとほぼ同じタイミングで、先程までいた場所が棍棒の一撃で粉砕、黒光りする道路の欠片が飛散した。
「きゃー怖いですぅ」
「棒読みエルな」
「当たり前じゃん、こんなの別にどうってことないんだから」
地面を砕く破壊力を前にしてもヘヴィは怯まず、むしろ一層闘志を燃やしている。気晴らしでバトルに参加する戦闘狂だけあるな、と無駄に感心してしまう。
「ヘヴィハンマー!」
ヘヴィが虚空より呼び出したのは岩で作られたトンカチ。小ぶりで柄は短く、モグオムの武器と比べると心許ないサイズだ。
「キャハハハ! お姉さんっておっぱいは大きいのに、武器は随分小さいんだねー」
――ガン、ガン、ガン!
小柄な体に似合わない腕力で、モグオムは繰り返し棍棒で打ち据えてくる。その重たい連続攻撃をトンカチで防ぐも、リーチの差で防戦一方だ。それどころか、何度も牙が激突するせいでトンカチに
「このままじゃマズいエル!」
「でも……!」
「潰れちゃえっ!」
――バカンッ!
状況を打開する一手を考える間もなく、駄目押しの一撃でトンカチが完全に壊れてしまう。
「キャハッ! もらったぁーっ!」
モグオムは棍棒を思い切り振りかぶって、次の一撃でオレ達を
――ゴンッ!
鈍い音と衝撃が響き渡る、モグオムの側頭部に。
「――がっ!?」
なにが起こったのか理解できず、モグオムは白目を
「残念でーしたっ♪」
ヘヴィの手には破壊されたはずの岩製トンカチが握られていた。否、正確に言うと、新しく作り直した物だ。
己の属性を利用した武器は、アルギュレイスタクトのような一点物ではなく、力が続く限り何個でも作成可能なのだ。それを知らずに武器を失ったと思い込んで油断したモグオムへ、必殺のトンカチフルスイングをかました、その結果がコレ。
「今度はおチビちゃんが追いかけっこの鬼役だね」
ヘヴィは満面の腹立つ笑みで煽り散らしている。自身を弱く見積もられたのが気に入らなかったのだろう。会心の一撃を食らわせて上機嫌ほっくほくだ。
「この……!」
タンコブを押さえながらモグオムは立ち上がる。
「絶対殺してやるっ!」
そして棍棒を拾い上げ、やたらめったらに振り回してきた。オレは背中のヘヴィを
「逃げるな、卑怯だぞ――ぐべっ!?」
と見せかけて、追ってきたモグオムへと回し蹴りをお見舞いだ。一切防御態勢をとっていなかった腹部にクリティカルヒット。小さな体はカーリングのストーンよろしく地面を滑っていった。
「エルルもなかなかやるじゃん」
「子供を蹴るのって、あんまりいい感触じゃないんだけど……エル」
「ゾスの眷属だし、いいんじゃない?」
「それもそうか」
わずかに湧いた罪悪感は軽口で拭い捨てておく。姿形がなんであろうと、相手は全ての生命を滅ぼそうとする存在だ。情けや容赦をかけたせいで
『-
「ヘヴィミノタウロスプレッシャー!」
ヘヴィの杖を突き出す動作に従い、オレは岩石の体で突撃。起き上がろうとするモグオムへとぐんぐん迫る。
「ぼ、僕が負けるなんて……!」
衝突、激突、大爆発。
轟音が響き渡り、黒煙と衝撃波が辺り一面に拡がっていく。現場は墨汁みたいな粘液まみれで、色が違えば殺人現場のそれだった。
「ふぅ」
一仕事終えたところで、オレはミノタウロスから元の妖精姿に戻る。
いくらエネルギーが有り余るとはいえ、長時間この姿でいるのは疲れる。変身は必殺技の時だけにしてほしい。
「次は私と一緒にお願いしますわ」
「ぐぇ」
だが、バイタリティ溢れる少女達は休ませてくれない。今度はアキュートがやってきて、オレを乱暴に奪い去っていった。
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