YUMESORA∞


「食らいなさいっ!」


 先に動いたのはアキュートだ。

 蹄鉄ていてつのブーツで大地を力強く踏み切り、ドレイクの懐へ一気に肉薄。すかさずストレートパンチを撃ち出す。

 だがドレイクは拳を寸前で回避、ほほをかすめる紙一重で受け流す。逆に足払いでアキュートのバランスを崩しにかかった。


「甘いですわ!」


 ローキックが火を噴くより速くアキュートは高く跳躍し、月面宙返りムーンサルトしてからカウンターのかかと落としを繰り出した。

 ドレイクは腕を十字に組んで、垂直落下する鋭利な踵を受け止める。だがその衝撃は腕を伝って体の内部にダメージを与えたらしく、「ぐっ」と声を漏らす彼女の顔には苦悶の色が浮かんでいた。


「まだまだいきますわよっ!」


 怯んだ隙を見逃さず、下ろした踵を再び振り上げると、今度は横薙よこなぎの回し蹴り。フリーになっていたドレイクの脇腹をえぐるように蹴り込んだ。


「がはっ!?」

「今のは効きましたでしょう?」


 技あり、一本。

 どちらでもいいが、間違いなくこの一撃は重い。アキュートは余裕たっぷりに、倒れ込んだドレイクを見下ろしている。


「早く負けを認めてくださるのでしたら、私も寛大な判断をして差し上げますわよ」

「誰が、負けたなんて……!」


 脇腹を押さえてドレイクは立ち上がる。

 無傷ではないが、ダウンするほどのダメージは残っていないようだ。

 一般人なら一撃で死、たとえ魔闘乙女マジバトヒロインでもキツい蹴り技だったはず。何故ドレイクは無事なのか。

 その秘密はコスチュームにあるだろう。

 ドレイクの胴体に走るスパンコールはただの飾りではない。彼女が持つ属性のひとつであるドラゴン、そのうろこの力を秘めているのだ。生半可な攻撃は受け付けず、強力な一撃でも威力を軽減してくれる。頼もしい装備の一部なのだ。


「手加減し過ぎたようですわね」

「じゃああたしも、少し本気を出そうかな」


 にっ、と両者が口元を歪めると、工事現場の粉塵ふんじんが舞い上がる。

 ドレイクとアキュートがほぼ同時に駆け出す。

 振り上げた右拳には、それぞれ紅蓮ぐれんの炎と蒼穹そうきゅうの風が渦巻いている。


「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」」


 拳と拳、炎と風が激突する。

 魔闘乙女マジバトヒロインが誇る桁外れのパワーが炸裂し、空き地一帯が無差別に爆発する。

 巻き起こった爆煙が晴れると、そこには両者共に健在。互いに肩で息をしながらも、相手を射貫く視線に衰えは見られない。

 属性をまとった格闘技は互角のようだ。


「どうして、どうしてエルルを奪おうとするの!?」

「決まっていますわ。私は生徒会長を任されるほどの立場で、あなたは学校一の落ちこぼれ、お馬鹿さんですもの」

「ばっ、馬鹿かどうかは関係ないじゃん!」

「他学年の間でも有名ですわよ、龍崎ほむらさんは史上稀に見る頭の悪さだって」


 それは、うん。認めざるを得ないな。

 中学生レベルの勉強すら怪しいんだもの、どうして入試に落ちなかったのか不思議なくらいだ。

 しかし、頭脳面をやり玉に上げると、アキュートにもブーメランがぶっ刺さる。詐欺メールもどきの指示に従い、個人情報を平気で打ち込んじゃう危機管理能力だもの。任せられなさは大差ないだろう。

 なんて、どっちもどっち理論で納得してくれたら苦労しないし、指摘したらふたりからフルボッコにされそうだ。


「「アルギュレイスタクト!」」


 今度はふたり同時に、銀の鍵を模した短い杖を虚空より召喚。


『-Magentaマゼンタ Chargeチャージ-』

『-Ceruleanセルリアン Chargeチャージ -』


 自身が司るカラーのボトルをはめ込むと、流れ出したインクが溝を伝って先端へとエネルギーを送り込む。


「ドレイクバーニング!」

「アキュートストーム!」


 ドレイクが撃ち出すのは火炎弾。それに対してアキュートは、その名にふさわしく風で構成された鋭い三角錐さんかくすいで迎え撃つ。

 ――ズドンッ!

 再び炎と風が激突し、戦場一帯に衝撃が波及していく。ふたつの力が相殺されて発生した余波だ。オレは思わず目をつむってしまう。

 だが、ふたりは止まらない。衝撃波を掻き分けて突き進み、至近距離から火炎弾と三角錐を撃ち合い応酬している。


「生徒会長の言う通り、あたしは馬鹿だけど! エルルを守れないなんて、決めつけないでほしい!」

「決めつけではありませんわ! 守る役目は私がふさわしい、ただそれだけのことなんですのよ!」

「エルルのお世話はずっとあたしがしてきたの! だからこれからもあたしがするんだから!」

「勉強もろくにこなせていないあなたに! 学生と魔闘乙女マジバトヒロインが両立できるとは到底思えませんわ!」

「そう言う生徒会長だって! 吹奏楽部に所属しているくせに、ずっと幽霊部員だって知っているんですからね!」

「それは……えーと、生徒会の仕事が忙しいせいですわ!」


 痛いところを突かれて動揺したアキュートの手がコンマ数秒止まる。ドレイクはその瞬間を逃さず即座に火炎弾を放つ。一呼吸遅れて三角錐で打ち消すも、火炎弾が目の前で爆発したため、アキュートの全身が黒煙で覆われる。


「これでとどめだよ、ドレイク――」

「アキュートストーム!」


 黒煙に向けて必殺技を叩き込もうとした、その時。

 ドレイクの真後ろにはアキュートの姿。その手に握られた杖から、鋭い三角錐がゼロ距離で放たれた。


「きゃあああああああああっ!?」


 ――ドガンッ!

 背中に着弾すると同時に炸裂。

 吹き飛ばされたドレイクは、荒れた地面を激しく転がっていく。

 いつの間に背後に回っていたのか。恐らく黒煙が上がったタイミングで、既にその場を離れていたのだろう。アキュートは風の属性を有しているので、音速並の素早さで移動したと推測できる。

 だが、それ以上に驚きなのが的確な攻撃だ。

 回し蹴りは鱗のスパンコールに阻まれて威力を発揮できなかったが、今度の三角錐はがら空きの背中に撃ち込んでいた。スパンコールのない部分なので大ダメージは必至。

 さすがのドレイクも戦闘不能だろう、オレは思っていた。


「まだ……あたしは、負けられない!」


 しかし、彼女は折れていない。

 コスチュームはボロボロで、特に背中は焼け焦げて肌が露出している。生々しい火傷やけどには血と体液も滲んでいた。

 それでも闘志の炎は消えずにむしろ燃え盛り、立ち上がる気力に変換されている。


「あなた、まだ戦うつもりですの……!?」

「ビビキューなエルルは、絶対あたしが守るって決めたんだもん。自分で決めたことは、なにがあってもやり通してみせるんだから!」


 立っているのもやっとのはずなのに。

 ドレイクの、ほむらの信念だけが、満身創痍まんしんそういの体を奮い立たせているのだ。


「待たせたな魔闘乙女マジバトヒロイン。我が力の前にひざまずかせてくれる」


 そこに水を差す声がひとつ。

 決闘の場に乱入してきたのはひとりの少年と、化粧品を取り込んだ触手の化け物だった。

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