第二話:ドキドキ? ほむらと過ごす日常!

カレンダーガール


「はい、あーん」

「あーん、もぐもぐ」

「顔も洗ってあげるねー」

「ばしゃばしゃばしゃばしゃ」

「次はお着替えするよー」

「え、待って、それはちょっと」

「駄目だよパジャマのままじゃ」

「うぅ……はいエル」


 現在オレは、食事から身支度まで、女子高校生にお世話されている。今年で三十一歳になるはずだった、元一般男性が、である。

 もしこれが元の姿でされていたら、警察出動牢屋にゴーで新聞の一面はオレ確定の絵面だっただろう。だが幸か不幸か、今のオレは三頭身で、とっても可愛い妖精の王女様。遠目からはお人形遊びに興じているようにしか見えないだろう。女子高校生が玩具で遊ぶ姿も、それはそれで物珍しいのかもしれない。うーん、ほのかに薫る地雷系女子臭。


「はい、お着替えできました♪」

「どうも……エル」


 ほむらが着せてくれたのは、いつも着ているエルル専用ワンピース。純白仕立てフリルいっぱいの生地で目がまぶしい。

 小さな鏡台に映る自分の姿は間違いなく可愛い。淡い光を纏う銀髪も、ぱっちりくりくり団栗眼どんぐりまなこも、ツンととがったエルフみたいな耳も、昨日までの自分とは大違いだ。

 それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 大の大人が女の子にお世話されるとか、普通ではあり得ないシチュエーションだ。

 妄想の中ならしてもらいたい、癒やしを求める男性もいるかもしれない。しかし、現実となれば話は別。実際体感すればわかる。歓喜よりも羞恥心しゅうちしんが勝ってしまい、これが中々キツイのだ。「じゃあ嫌なのか」と問われると、正直嬉しい自分がいるのだが。

 というのも、ぶっちゃけた話、ほむらがタイプの女性だからだろう。

 オレは家庭的な子、特に母性が強く世話好きな女の子が好きだ。幼少期に両親が蒸発して、それ以降児童養護施設で育ったせいか、家庭や母親の存在を求めてしまいがちなのだろう。というのが自己分析だ。

 しかし当然ながら、ほむらは女子高校生であり恋愛の対象外だし、なにより今のオレは妖精で、しかも性別メスの女の子。百合ゆりとか異種族恋愛とか、色々多方面から意見がありそうだが、ひとまず大人の関係に成り得ないと断言しておく。


「はーい、寝癖も直しますよー」

「まだやるエル?」

「エルルは王女様なんだから、身だしなみは大事でしょ?」


 着替えが終わっても解放されず、未だに鏡の前に立たされている。いつになったら終わるのだろうか。重い頭を抱えてしまう。

 女子の支度は遅い、と施設暮らしの頃もよく思ったものだ。集団登校なので全員集合を待たないといけない。おかげでマイペースな女子達のせいで、遅刻の回数星の数。一体どこに時間をかけているんだか、とずっと疑問だった。

 だが、こうして女子にお世話されると、長年の疑問が氷解する。毎朝欠かさず身なりを整え、自分史上最大の美しさを引き出す。施設の女子達も日々の努力を大切にしていたのだ。

 なるほど、これで合点がいった。

 もっとも、それはそれとして、すぐに終わってほしい気持ちは変わらない。かつての件も、今の状況も含めて。


くしはどこだっけ~……あ、あった」


 ほむらは鏡の中に手を突っ込み、エルル専用のミニサイズの櫛を取り出す。

 ご覧の通りだが、こちらの鏡台、その辺で売っている商品ではない。

 ニトクリスミラー。

 エルルがドリームランドから持ち込んだという、トンデモ技術の結晶たるアイテムだ。その機能は王女専用の部屋にして、各種お世話グッズの収納スペースとしての役割もある。外見から想像できないほど内部は広々としており、妖精用の食料が無限に湧き出す冷蔵庫に、白いワンピースばかりがずらりと並んだクローゼット、他にもベッドに本棚テーブル救急箱などなど。四次元みたいな空間に大抵の物が揃っている。もちろんトイレも完備だ。下水処理の謎は気にしてはいけない。

 この鏡台は妖精にとって必需品、エルルとしての生活を成り立たせる重要なアイテムだ。

 ただひとつ文句を言いたい。言わせてもらいたい。

 機能面ではない、見た目の問題だ。

 鏡の枠や台座は白く、ツタ植物らしきレリーフが入った、アンティーク的オシャレなデザイン。なのだが、小ぶりなせいで玩具の一種にしか見えない。お人形サイズの自身も相まって、おままごとセットと言われかねないだろう。機能からしてSTセーフティトイマークはおろか、再現も量産も不可ではあるが。

 とはいえ、一概に玩具感が悪いとも言い切れない。

 妖精や魔闘乙女マジバトヒロインのことは誰にも知られてはいけない、という重大な制約を抱えているので、玩具に偽装できるのは長所と捉える見方もあるのだ。

 両親と同居中のほむらにとって、実家は安住の地である一方、監視の目がある不自由の地とも言える。間違っても、オレのミスで正体がバレてはいけない。


「実家……か」

「なにか言った?」

「ううん、なんでもないエル」


 オレにとっての実家はもうない。最後の記憶も遠い過去、時と共に段々朧気おぼろげになっている。

 施設ではプライベートな個室がなかったし、大人になってからはボロアパートでひとり暮らし。自室があったと言えばあったのだが、それらは実質ノーカウントだ。

 今頃、オレの部屋はどうなっているのだろうか。

 帰ってこない住人。そのうち部屋は一掃されて、また別の人が住むのだろう。せめて自分で片付けたいのだが、この体では到底無理だ。諦めよう。

 というか、世間ではオレの扱いって行方不明だよな。

 怪人にされて戦わされて、それっきりさっぱり音沙汰おとさたなし。十中八九死んだと思われているだろう。

 まぁ、いいか。

 実際体は爆発四散で消し炭ひとつ残らなかった。一度死んで生まれ変わったと思う方が、スッキリ今の役目を果たせるだろう。


「はい、おしまい♪」

「あ、ありがとうエル」


 鏡をもう一度見ると、そこにはさらりと伸びるストレートの銀髪。無軌道に跳ねた寝癖も乱れもない、うるわしい妖精の姿があった。

 そう、オレは生まれ変わったのだ、エルルという妖精として。

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