快打洗心 カッキンBUDDY


「オレの……いや、エルルの本当の力を、お見舞いしてやるエルゥゥゥゥゥゥッ!」


 背中の羽をレインボーに輝かせて、金属バット構えるディープワンへ突進。脇目も振らず、ただ真っ直ぐに。

 体が軽い、拳に力が湧いてくる。

 これならいける。

 目覚めよ、オレの魂。

 特に根拠はないけれど、なんかいける気がした。


「ディッ」

「ぐわああああああああああっ!」


 ぺしーん。

 オレの渾身こんしんの突撃は、触手の一発で軽くはたかれた。まるで羽虫を叩くような、ぞんざいで歯牙しがにもかけない扱いだ。


「ぐえっ」


 哀れなオレは、アスファルト上をローリング。薄い素材のワンピースは、無残にもズタズタに裂けていく。柔な肌も傷ついて、やすりをかけられたみたいに血が滲む。

 とん、と背中に軽い衝撃。電信柱にぶつかって、転がる体がようやく止まった。


「痛……ああ、クソ」


 十五センチ前後のサイズなので、吹っ飛ばされやすいのは大目に見る。

 それよりも、クレームを入れたいのはパワーである。

 エネルギー盛り盛りだというのに、どうしてゲストキャラみたいな怪人負けたんだ。しかも触手一発。巻き付いてくれすらしない。みじめ過ぎる。


「……畜生ちくしょう


 強い願いを胸に秘めていても、才能がなければ無意味なのか。

 脳裏によみがえるのは、在りし日の自分の姿。

 コンビニエンスストアのバイト中、気弱な学生に絡む不良達がいた。助けなくては、とオレは彼らを注意して、逆に痛い目に遭った。

 いくら正義感が強くても、力がなければ意味がない、誰も救えない。

 怪人にされて、更には妖精になったのに、オレ自身はなにも変わらず、以前の弱いままなのか。


「エルル、無茶しないで! ここはあたしが戦うから!」


 無謀な行動を見かねたドレイクが、拳を振り上げディープワンへと跳躍。次々に襲いかかる触手をかわし、メガトン級のパンチを繰り出す。


「ディッ!?」

「まだまだぁっ!」


 よろけた怪人に追撃の足払いだ。強化された脚部から放つ一閃は、触手の塊を一撃で沈ませる。

 だが敵も、黙って受け入れるばかりじゃない。



「オイ、早く起きやがれ!」

「ディーッ!」


 上司の指示に従って、ディープワンは勢い込んで跳ね起きる。そして、お返しとばかりに金属バットを振り回す。動きは滅茶苦茶めちゃくちゃ、やたらめったら振るだけだが、食らえば重傷、粉砕骨折間違いなしだ。


「そんなの当たらないよ!」


 ドレイクは最小限の動きでそつなく避けていく。更にバックステップで距離を取り、スイングの範囲外まで離れると、ハイヒールブーツで空高くジャンプ。


「はぁっ!」


 太陽を背に、上空からのかかと落としだ。

 陽光で目がくらみ、怪人の防御がコンマ数秒遅れたところに、鋭い足技が脳天にめり込んだ。

 ディープワンは、たまらずひざを突く。すぐには起き上がれないだろう。

 今が絶好のチャンスだ。


「アルギュレイスタクト!」


 ドレイクが虚空より呼び出したのは銀色の杖。先端が鍵のように凸凹でこぼこで、その反対側に小さなくぼみがあるのが特徴だ。

 魔闘乙女マジバトヒロインの専用武器なのだが、コレで相手を撲殺ぼくさつする訳ではない。できないこともないのだが、鮮血に染まる戦士の姿は、絵面が悪いし教育上よろしくない。子供が真似したらどうする、なんて苦情も出てくるだろう。

 では、どのように使用するかというと、これを用いて必殺技を放つのだ。


『-Magentaマゼンタ Chargeチャージ-』


 マゼンタのボトルをくぼみにはめ込むと、みぞを伝ってインクが先端へと流れていく。すると凸凹の鍵先が、マゼンタカラーの光を蓄えた。

 これで、必殺技の準備が整った。


「ドレイクバーニング!」


 裂帛れっぱくの掛け声を合図に、鍵状の先端から火炎弾が発射される。

 ドレイクの必殺技、灼熱の炎で敵を吹き飛ばす剛速球、ドレイクバーニングだ。


「毎度同じ手を食らうかよ! やれ、ディープワン!」

「ディーッ!」


 迫り来る火炎弾を前に、怪人は金属バットを大きく振りかぶる。そのポーズは野球の試合でよく見るフォーム、一本足打法。

 おいおい、まさか。

 いくら丸い物でも、弾であって玉じゃない。しかもストライクゾーンじゃなく、デッドボール狙いだ。ついでに言うと燃えている。

 そんなふざけた対策、あり得ない。

 だが、嬉しいのか悲しいのか、オレの予想は見事的中。カキーン、と軽快な音が住宅街に鳴り響く。

 火炎弾は打ち返され、特大場外ホームラン。放物線を描いて飛んで、花火よろしく空中で弾けて見事にきらめいた。


「えぇ……」

「そんな、嘘でしょ……」


 オレもドレイクも、ぽかんと呆然。

 必殺技をいとも簡単に、バッターの真似事で対処されるなんて。敵怪人を甘く見ていた。


「それならこっちだって、連続投球だもん!」


 それでも負けじとドレイクは対抗。光る杖を再び振るい、二発目三発目と火炎弾を連射する。

 一方で、その全てを見事に打ち返すディープワン。野球選手を素体にしたのか、一発も漏らさず見事なバッティングだ。


「ギャハハハッ! どうだ、これがオレ様の実力だ!」


 優勢な戦況を前に、ガターノは下品な高笑いを上げている。お前はなにもしてないだろ、とツッコミを入れたいが、残念ながら暇がない。打ち返された火の玉が、逆にこちらを焼き尽くしそうなのだ。特にオレはミニサイズで、火の粉のひとつがかすっただけでも、あっという間に延焼して消し炭。回避するのに必死なのだ。


「ちょ、ドレイク、ストップ、一旦ストップ!」

「え、でも」

「焦げる、オレが炎上するから、物理的に!」


 火を噴く杖を押さえて、オレは攻撃中止を訴える。語尾を付け忘れるほどに余裕なし。あわやファイヤーヘッドの大惨事、味方のフレンドリーファイアで死にたくない。

 どれだけ乱発したとしても、こちらが不利になるだけだろう。とはいえこの火炎弾が現状持てる最大戦力だ。小技や格闘ではらちが明かないのも明白だ。

 一旦退いて作戦を練るべきだろうか。戦略的撤退もありなのだが、その間に街が破壊され尽くされたら本末転倒だ。

 一体どうすれば……。


「……ん?」


 そこで、指先の違和感に気付いた。でも、嫌な気持ちはしない。

 アルギュレイスタクト、そしてその先端に触れているオレの手が、ほのかに温かい光に包まれている。まるでお互いに共鳴、呼応しているような、過去に経験のない不思議な感覚だ。


「これは、もしかして」


 ほとんど直感だった。

 オレは咄嗟とっさに念じる――杖を満たすマゼンタカラーと、自身の中で脈打つ力が、溶け合いひとつに混ざり合うように。

 次の瞬間、オレの体へと流れ込む炎の濁流だくりゅう

 熱くはない、こんがり焼き妖精ローストフェアリーにもならない。

 代わりに起きるのは変化へんげだ。

 てのひらサイズの体はぐんぐん成長、怪人と対等の背丈に伸びる。三頭身のキュートなスタイルは大きく変わり、鋭利で強固な牙と爪、羽は屈強な翼に生まれ変わる。

 か弱い妖精だった姿は、全身炎の巨大なドラゴンに変身するのだった。

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