100%ヒーロー


 悲鳴と建物が崩壊する音が混じり合い、街の中心部は阿鼻叫喚あびきょうかんの様相だった。

 その元凶、暴虐の限りを尽くすのは、触手と金属バットの体を持つ怪人。ゾスの眷属が生み出すディープワンと呼ばれる化け物だ。

 オレもついさっきまで、アレに似た姿をしていた。うごめく触手にぬめぬめと滴る粘液が嫌悪感を誘う、醜悪極めた災厄振りまく存在だったのだ。

 だが、今は違う。

 オレは魔闘乙女マジバトヒロインと共に戦う、妖精の王女エルルだ。


「いっつも自分勝手に暴れて、たまにはTPOを守ってよっ!」


 啖呵たんかを切ったほむらは、自身のバッグから厚めの白い本と、マゼンタ色の歪な形をしたインクボトルを取り出す。

 彼女が魔闘乙女マジバトヒロインになるための変身アイテム、クロノミコンブックとトラペゾンボトルだ。

 ドリームランドが誇る戦闘技術の最先端、地球人から見たら神秘の力をもたらすアイテム。しかし、大いなるツッコミどころがある。

 なにせ自称本のクロノミコンブック、厚みがあるくせにページがほぼないのだ。

 ツタ植物風の模様が刻まれた表紙をめくると、そこには液晶画面らしき物がはめ込まれている。誰がどう見ても、手帳型ケースに収まったタブレット端末の類いだ。

 本当に異星の最新技術なのか疑問が残るぞ。


「行くよエルル!」

「あ、うん」


 だが、ほむらはそれについては特に気にせず、颯爽さっそうと変身体勢に入る。

 ボトルのふたを親指で押し、くるりと回転半開き。めくったブックの一ページ目、液晶画面の上部に空いた、歪なくぼみにボトルをセット。カチリと鳴るまで綺麗きれいにはめ込む。


『-Magentaマゼンタ-』


 ブックからボトルの色がアナウンス、機械音声が色の読み込みを告げてくる。続けてとくとく液体が注ぎ込まれる音がして、画面に龍の紋章が、マゼンタカラーで浮かんでくる。

 すると今度はポップな曲が流れ始める。それはまるで可愛さ全開元気弾けるアイドルソング。短めの同じフレーズをリピートし、変身の瞬間ときを待機している。


『-Dragonドラゴン-』

「ビビッドチェンジ!」


 ほむらが画面をタップして、はつらつな掛け声が木霊こだまする。同時に光が湧き上がり、彼女の体を瞬時に包み込む。

 光の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、ポニーテールはボリュームが増し、昇龍しょうりゅうごとくねじれていく。

 体に纏う光の粒が、集い繋がりコスチュームを形成。ミニスカートのドレスを彩る輝きは、うろこを模したスパンコール。ひとつひとつがハートの形で、愛らしさを凛と引き締める。

 おもむろにまぶたを開くと、その目はマゼンタカラーにまたたいていた。


『-Dreamドリーム Coloringカラーリング-』

『-Magenta Dragonマゼンタドラゴン-』


 ポップな曲が奏でられ、変身完了をブックが告げる。

 目映まばゆい光が収まると、そこにあるのは戦士の姿。


「舞い踊る烈火のカラー! マジバトドレイク!」


 龍崎ほむら――マジバトドレイクの名乗りが高らかに響き渡った。


「あー、うん」


 あまりに壮大な変身に、思わずオレは呆気あっけにとられる。

 変身前と比べものにならない鮮やかな姿。可憐かれんさの中に溢れるみなぎる闘志。まさに戦う乙女の姿。

 しかし、どうしても言いたいことがある。

 口に出してはいけないだろう、無粋極まる禁断の言葉。

 

「変身時間が長過ぎエル」


 体感時間は二分弱。敵の前で悠長なことこの上なく、変身に必要な過程が多いのも問題だ。


「なんでアイドルソング風エル」


 魔闘乙女マジバトヒロインは戦闘用のはずなのに、どうして軽めの曲調なんだ。清めの音的な意味なのか。「歌は気にするな」と言われても限度がある。


「本当に遠くの星の技術エル!?」


 そして、最後にもうひとつツッコミを。

 タブレット端末らしきアイテムもそうだが、無駄に長い変身といちいちうるさい機械音声。しかも何故か英語だ。確かに地球で一番普及している言語だけどさ。

 これが今のトレンドなのか、正義の味方業界の。


「え、いつものことじゃん」

「……そうなんだ、エル」


 彼女の反応を見る限り、これがきっと常識なのだろう。この様子だと、他にも色々衝撃的な文化がありそうだ。ツッコミしていたらキリがないな。


「待ってたぜ、魔闘乙女マジバトヒロイン


 頭上から聞き覚えのある声がした。

 誰だろうか、脳裏で記憶を探りながら、オレはそちらへ目を向ける。


「お前は……!」


 民家の屋根に立っている、モヒカンヘアーのいかつい男。ボディラインがくっきりでシックスパックを包むのは、ティラノサウルスの化石と触手が巻き付いた異様なスーツ。全身の至る所から鋭い牙も生えていて、パンクロッカー風の出で立ちだ。頭の世紀末ヒャッハーボンバイエっぷりも相まって危険人物の雰囲気を漂わせている。

 彼こそゾスの眷属そのひとりであり、オレを怪人にした憎き相手、ガターノだ。


「一日に二回も暴れるなんて、ちょっと働き過ぎだよ!」

「あぁン!? タイミングなんてオレの勝手だろ、偉そうに意見すんじゃねーぞゴルゥアッ!」


 人は見かけによらないと言うが、彼の場合、見た目通りの喧嘩けんか腰暴力最優先男らしい。そもそも人じゃないだろ、という点は置いておく。

 なんて、どうでもいい分析をしていたら、ガターノとバチッと目が合った。


「あン? おいクソ王女、妙に力が溢れてんじゃねーか。まるでさっき素体にした奴みたいだな」

「うげっ」


 背中に冷や汗がたらり、血の気がさっと引いた。

 まずい。

 エルルの中身がオレ――ディープワンにした人間かも、と疑われている。

 このままでは、妖精のフリして女子に近づく、遠回りにアクティブな変態と思われてしまう。


「ま、いっか」

「……ふぅ、セーフか」


 最悪の可能性を危惧きぐしたが、それは杞憂きゆうで終わる。

 言動と容姿の通り単細胞で、細かいことは気にしない性格みたいだ。根掘り葉掘り追求されずに済んで助かった。


「そんだけ強大なエネルギーがあれば、あのお方の復活に役立つだろうしな!」

「なんでそうなる」


 前言撤回、全然良くなかった。

 ディープワンにされた時と同様、どうやらオレはエネルギーの塊らしく、材料的な意味でお得なようだ。

 生まれ持った才能なのか、それとも相性の問題なのか、理由についてはさっぱり不明。だが、素質があるのは確かなようだ。

 それはエルルの肉体を得ても変わらず。

 反面、それはガターノ達ゾスの眷属にとっても好機。封印解除の鍵たる王女に、詳細不明のエネルギーがおまけでついてくるのだ。もしも邪神が復活すれば、元気いっぱいファイト一発、滅亡目指して頑張るだろう。

 願ったり叶ったりとはまさにこのこと。もっとも、オレ達地球の住人としては、史上最悪の栄養剤なのだが。


「……いや、待てよ」


 そこではっとする。閃きの稲妻が脳内を駆け巡る。

 先程は、自身の謎エネルギーが作用して、ドレイクを苦しめる強敵を生み出した。

 では、今はどうだろう。

 自爆特攻するのが精一杯の、華奢きゃしゃで貧弱な、森を歩けば六歩で両足をくじきそうな体。しかしオレが中身のおかげで、エネルギーは大盛り特盛りメガ盛り状態だ。

 魔闘乙女マジバトヒロインの相棒としてそれなりの、否、相当の戦力になれるかもしれない。

 サポート役の立ち回りじゃない、前線で舞うハイパー無敵の花形妖精になれるはずだ。

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