TO BE LOVE~扉~


「ディッ、ディッ、ディッ!」


 触手のしなやかな攻撃が繰り返し打ち据える。その一発一発が確実にドレイクの体を捉え、肩を、ひじを、背中を叩き潰していく。


「う、うぐっ……」


 遂にドレイクはひざをついてしまう。度重なる触手の殴打を受けて満身創痍まんしんそうい、コスチュームは破れ肌は露出し、傷口からにじみ出る血で紅に染まっている。

 それでも、彼女は唇を噛みしめて立ち上がる。震える膝を両手で押さえて、気力を振り絞ってオレを見据える。

 正義の味方だから。

 魔闘乙女マジバトヒロインだから。


「あたしは、絶っ対に、負けないんだからっ!」


 その高潔で尊い眼差しを前にしても、オレだったものはただただ無情。

 真っ直ぐに伸びた触手は無防備な腹にめり込み、ドレイクの体は民家の塀に叩きつけられた。

 ――ドカンッ!

 灰色の粉塵ふんじんを巻き上げて、コンクリートの破片が辺り一面に散らばり、瓦礫がれきの山が瞬く間に築かれた。埋もれたドレイクは――不動のまま。気絶したのか、それとも動けないほどにダメージを負ったのか。どちらにしろ、もはや戦う力は残されていないだろう。

 怪人にされたオレのせいで、一人の少女が傷つき倒れようとしている。

 夢破れた人間が、夢を抱く子を不幸にしている。

 最悪だ。

 本当に、オレは、最悪だ。


「ディィィ……」


 命令に従うだけのオレは、ドレイクの息の根を完全に止めようと、彼女が埋まっている瓦礫の山へと歩み寄る。

 ぐちゃり、ぐちゃり。

 一歩一歩踏み出す度に、湿気を多分に含んだ不快な足音がする。体中の触手から粘液がとめどなく溢れてくる。

 見るも醜悪な怪物が、少女の命を奪おうとしている。

 オレの目の前で、オレの体を使って。


「これ以上、ドレイクを傷つけるなエルッ!」


 眼前に妖精、三頭身程度の体格しかないエルルが飛び出してくる。爪楊枝つまようじのような頼りない体を大きく拡げ、身を挺してドレイクを守ろうとしている。

 しかし、どうするつもりなのか。

 戦闘に特化した魔闘乙女マジバトヒロインのドレイクですら手も足も出ないのだ。飛び回るだけの妖精がどうやって立ち向かうというのか。

 このままでは間違いなく殺してしまう。犬死に以外のなにものでもない。

 逃げてくれ。

 オレはこれ以上、誰も傷つけたくないんだ。


「駄目……エルル……」


 瓦礫の山が微かに動き、隙間からマゼンタ色の瞳が覗き込んでくる。ドレイクだ。どうやら意識があったらしい。だが、戦いはおろか逃げることも叶わない状態らしく、声を出すのがやっとの様子。ひゅーひゅーと息を吐きながら、エルルの蛮勇を止めようとしている。

 それなのに、エルルは退こうとしない。


「ドレイク、戦いに巻き込んで、ごめんエル」

「なに、言っているの……?」

「エルルが消えれば、全部丸く収まるはずだから……気にしないで大丈夫エル」


 まるで死を覚悟した者が残す最期の言葉のような台詞は、この後起きるであろう最悪の展開を予期させる。

 エルルは息をひとつ吐くと、キッと一際ひときわ強くオレをにらみ付ける。


「エルルの本気を、見せてやるエル~~~~~~ッ!」


 一点の曇りなく、一心不乱に、一直線の突撃。白銀の流れ星が、悪を穿うがつ弾丸となって飛来する。

 ひ弱な妖精の、全身全霊を賭けた捨て身の特攻だ。

 迎撃しようと触手で捕縛を試みるも、妖精の気迫に押されてしまい、ことごとく弾かれていく。

 小さな体のどこにそんな力があるのか。

 その命を限界まで振り絞っているからなのか。

 突撃は止められない、止まるはずもない。

 銀の弾丸シルバーバレットと化したエルルの体当たりは、うごめく触手をき分けてオレの内部にめり込み、そこで大爆発した。



「……――っ! ……――っ!」


 全身が痛い。ミリ単位で動かしただけで痛い。

 当たり前だ。体の内側から爆発したのだ、五体満足の無傷で済むはずがない。むしろ生きているのが不思議なくらいだ。


「……――っ! ……――てよっ!」


 聴覚を阻害していた耳鳴りが収まり始める。すると、少女の声が微かに聞こえてきた。聞き覚えのあるこの声は、オレと激闘を繰り広げた戦士、マジバトドレイクのものだ。


「……きてよ、起きてってばっ! 目を覚ましてっ!」


 閉じていたまぶたをゆっくりと開くと、そこに映るのはドレイクではなく見知らぬ少女。だが、声は間違いなく同一。おそらく、これがドレイク本来の姿なのだろう。

 小豆色あずきいろの髪の毛をポニーテールでまとめ、レース多めのガーリッシュなスカートを履いた、ごく普通の女の子だ。その双眸そうぼうからは、大粒の涙が絶え間なくこぼれ落ちている。


「あっ! 気が付いたのね!」


 少女の顔がぱっと明るくなり、間髪入れず力強く抱きしめてくる。痛い。

 一応ケガ人なので丁重に扱ってほしい。だが、胸元に実る、豊かな膨らみが押し当てられており、感触は悪くない。むしろ良い。痛みも吹き飛びそうだ。

 ……ん?

 ちょっと待て。

 なんでオレは、少女に抱きしめられているんだ?

 オレの身長と体重は、世の成人男性の平均と同じくらい。それを軽々と持ち上げて抱きしめるとは、この子は何者だ。魔闘乙女マジバトヒロインに変身しているなら理解できるが、今の彼女はごく普通の女子である。霊長類最強じゃあるまいし、あまりにも不自然過ぎる。

 そもそも見ず知らずの男性を、介抱のためとはいえ抱きしめる娘がいるのか。心配の仕方も、まるで友達や親族に対するもののようだ。

 おかしい。なにかがおかしい。


「もう、無茶しないでよね、エルル!」


 オイオイ。

 今、なんて言った、この子?

 オレのことを、エルルと呼んだのか?

 その名前の持ち主は、決死の覚悟でオレに突撃して散った、あの勇敢な妖精のはずだ。

 なのに、どうして。


「ま、まさか……」


 嫌な予感がして、オレはゆっくりと首を横に回し、道路脇のカーブミラーに視線を移す。

 そこに映っているのは、おぞましい怪人の姿ではなく。

 見慣れたいつもの冴えない男、本来のオレの姿でもなく。

 三頭身の華奢きゃしゃでかわいい銀髪の妖精、エルルの姿があった。


「マジかよ……」




魔闘乙女マジバトヒロインビビッドリームズ

 ~一般男性モブキャラが妖精キャラになりました~】

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