TO BE LOVE~扉~
「ディッ、ディッ、ディッ!」
触手のしなやかな攻撃が繰り返し打ち据える。その一発一発が確実にドレイクの体を捉え、肩を、
「う、うぐっ……」
遂にドレイクは
それでも、彼女は唇を噛みしめて立ち上がる。震える膝を両手で押さえて、気力を振り絞ってオレを見据える。
正義の味方だから。
「あたしは、絶っ対に、負けないんだからっ!」
その高潔で尊い眼差しを前にしても、オレだったものはただただ無情。
真っ直ぐに伸びた触手は無防備な腹にめり込み、ドレイクの体は民家の塀に叩きつけられた。
――ドカンッ!
灰色の
怪人にされたオレのせいで、一人の少女が傷つき倒れようとしている。
夢破れた人間が、夢を抱く子を不幸にしている。
最悪だ。
本当に、オレは、最悪だ。
「ディィィ……」
命令に従うだけのオレは、ドレイクの息の根を完全に止めようと、彼女が埋まっている瓦礫の山へと歩み寄る。
ぐちゃり、ぐちゃり。
一歩一歩踏み出す度に、湿気を多分に含んだ不快な足音がする。体中の触手から粘液がとめどなく溢れてくる。
見るも醜悪な怪物が、少女の命を奪おうとしている。
オレの目の前で、オレの体を使って。
「これ以上、ドレイクを傷つけるなエルッ!」
眼前に妖精、三頭身程度の体格しかないエルルが飛び出してくる。
しかし、どうするつもりなのか。
戦闘に特化した
このままでは間違いなく殺してしまう。犬死に以外のなにものでもない。
逃げてくれ。
オレはこれ以上、誰も傷つけたくないんだ。
「駄目……エルル……」
瓦礫の山が微かに動き、隙間からマゼンタ色の瞳が覗き込んでくる。ドレイクだ。どうやら意識があったらしい。だが、戦いはおろか逃げることも叶わない状態らしく、声を出すのがやっとの様子。ひゅーひゅーと息を吐きながら、エルルの蛮勇を止めようとしている。
それなのに、エルルは退こうとしない。
「ドレイク、戦いに巻き込んで、ごめんエル」
「なに、言っているの……?」
「エルルが消えれば、全部丸く収まるはずだから……気にしないで大丈夫エル」
まるで死を覚悟した者が残す最期の言葉のような台詞は、この後起きるであろう最悪の展開を予期させる。
エルルは息をひとつ吐くと、キッと
「エルルの本気を、見せてやるエル~~~~~~ッ!」
一点の曇りなく、一心不乱に、一直線の突撃。白銀の流れ星が、悪を
ひ弱な妖精の、全身全霊を賭けた捨て身の特攻だ。
迎撃しようと触手で捕縛を試みるも、妖精の気迫に押されてしまい、ことごとく弾かれていく。
小さな体のどこにそんな力があるのか。
その命を限界まで振り絞っているからなのか。
突撃は止められない、止まるはずもない。
※
「……――っ! ……――っ!」
全身が痛い。ミリ単位で動かしただけで痛い。
当たり前だ。体の内側から爆発したのだ、五体満足の無傷で済むはずがない。むしろ生きているのが不思議なくらいだ。
「……――っ! ……――てよっ!」
聴覚を阻害していた耳鳴りが収まり始める。すると、少女の声が微かに聞こえてきた。聞き覚えのあるこの声は、オレと激闘を繰り広げた戦士、マジバトドレイクのものだ。
「……きてよ、起きてってばっ! 目を覚ましてっ!」
閉じていた
「あっ! 気が付いたのね!」
少女の顔がぱっと明るくなり、間髪入れず力強く抱きしめてくる。痛い。
一応ケガ人なので丁重に扱ってほしい。だが、胸元に実る、豊かな膨らみが押し当てられており、感触は悪くない。むしろ良い。痛みも吹き飛びそうだ。
……ん?
ちょっと待て。
なんでオレは、少女に抱きしめられているんだ?
オレの身長と体重は、世の成人男性の平均と同じくらい。それを軽々と持ち上げて抱きしめるとは、この子は何者だ。
そもそも見ず知らずの男性を、介抱のためとはいえ抱きしめる娘がいるのか。心配の仕方も、まるで友達や親族に対するもののようだ。
おかしい。なにかがおかしい。
「もう、無茶しないでよね、エルル!」
オイオイ。
今、なんて言った、この子?
オレのことを、エルルと呼んだのか?
その名前の持ち主は、決死の覚悟でオレに突撃して散った、あの勇敢な妖精のはずだ。
なのに、どうして。
「ま、まさか……」
嫌な予感がして、オレはゆっくりと首を横に回し、道路脇のカーブミラーに視線を移す。
そこに映っているのは、おぞましい怪人の姿ではなく。
見慣れたいつもの冴えない男、本来のオレの姿でもなく。
三頭身の
「マジかよ……」
【
~
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