魔闘乙女《マジバトヒロイン》ビビッドリームズ~一般男性《モブキャラ》が妖精キャラになりました~

黒糖はるる

第一話:今日から妖精!? 相棒はマジバトドレイク!

夢見るリグレット


 幼い頃、あるいは今も。

 正義の味方に憧れたことはないだろうか。


 ――ドスッ!

「――ふっ、はぁっ!」


 いにしえの時代より、人々を苦しめる巨悪や災害に立ち向かい、世界の平和を守ってきた数々の戦士達。

 大空を、大海を、大地を駆け巡る、未来を照らす目映まばゆい光。

 スーパーヒーロー、ヒロインと呼ばれていた彼ら、彼女らのことだ。

 その光はいつの時代も、どんな場所にも現れる。

 オレが住むこの朱向市あかむきしでも、とある少女戦士が活躍している。最近現れたばかりの新人だ。

 可憐さと勇ましさを兼ね備えたコスチュームを身にまとい戦う少女。

 彼女の勇姿を、何度、何度見ただろうか。

 その眼差しは羨望せんぼう……否、もっとどす黒い嫉妬心だっただろう。


 ――バゴッ!

「――たぁっ!」


 オレは正義の味方になれなかった。

 平和のために戦う彼ら彼女らは、それぞれ清らかな希望を胸に秘めている。それに対してオレは、絶望という名の真綿で首を絞められているだけの冴えない人間。日々無気力に目的もなく生きて、自宅とバイト先をただ往復するだけの毎日。誰かの笑顔を守る資格なんてない。皆無だ。

 それなのに、現実から目を逸らして、叶わない夢を追ってきた結果がこの有様。

 世界は不公平、理不尽の塊。

 わかっている、そんなことわかっている。

 それでも。

 この街で活躍する彼女がうらやましい、ねたましい。


 ――ズガンッ!

「――せい、やぁーっ!」


 そんなオレの、鬱屈うっくつした精神が狙われた。

 バイト先のコンビニエンスストアに現れたのは、モヒカン頭で黒ずくめの男。瞳は真っ赤に染まっており、服の表面にはぬめりが浮いている。怪しさ有頂天の、見るからにまともではない人物。

 そいつがなにをしたのか、気付くとオレは醜悪しゅうあくな怪人になっていた。

 大きさは二メートルを優に超える。

 カーブミラーに映る自分は、ぬめぬめとした触手に覆われた化け物だ。体の至る所から飛び出すのは、昔のヒーローを模したソフトビニール人形。幼少期に遊んだ記憶がある。大人になっても夢に囚われているオレにお似合いの姿だ。

 正義の味方に憧れた男の末路、それは害悪振りまく異形の存在だった。中々うまいブラックジョークじゃないか。


「ディィィィィィ……」


 もはや人語すら話せなくなっていた。

 意味を持たない唸り声を漏らし、破壊をもたらすだけの悲しき化け物に成り果てている。

 体の自由も効かず、モヒカン男の命令に従って暴れ続ける。

 ああ、今すぐ消えてなくなりたい。

 これ以上生き恥を晒したくない、この街の人々に迷惑をかけたくない。

 正義の味方を目指したオレの最後の希望だ。

 頼むから早く、オレを倒してくれ。


「ドレイクバーニング!」


 だが、何故かオレは負けない。

 目の前の少女が放つ火球は全身を覆う触手に直撃――したはずのに、痛くもかゆくもないのだ。

 オレを止めるべく立ち向かう少女は、ちまた魔闘乙女マジバトヒロインと呼ばれる戦士。その名はマジバトドレイク。

 マゼンタカラーで鮮やかな髪の毛は、常識ではあり得ないほど極太なポニーテールを形作り、荒々しくうねっている。身に纏ったコスチュームもこれまた鮮やかで、ハートマークが龍のうろこを模しており、スパンコールのようにきらめき並んでいる。すらりと伸びる足を包むのは、白を基調にマゼンタのラインが入ったハイヒールブーツだ。その足で蹴られたら痛いはずだろう。

 

 少女らしいキュートな姿をしているが、魔闘乙女マジバトヒロインの戦闘能力はただの人間とは比べものにならない。パンチ一発で電信柱をへし折るし、キックを食らえば粉微塵こなみじん。必殺技に至っては文字通り死、もとい浄化されておしまい。普段の怪人なら今頃とっくに消滅しているはずだ。

 それなのに、オレは醜悪な姿のまま、ピンピン健在している。


「ど、どうして効かないの!?」


 対するドレイクの方も驚愕きょうがくを隠せないらしい。目を白黒させながら、オレと武器の杖を交互に見ている。

 きっと彼女や杖に非はないのだろう。むしろその逆、オレが変身した怪人の性能がおかしいのだ。


「と、とんでもない量のエネルギーを感じるエル!」

「エルル、一体なにが起こっているの!?」

「素体にされた人間が特別だからだと思うけど……詳しいことはエルルにもさっぱりエル!」


 ドレイクの周りを飛び回っている三頭身の妖精はエルルという名前らしい。

 棚引たなびく銀色の髪はさらりと清らかで、耳は伝説上の生き物エルフのようにピンと尖っている。身を包む純白のワンピースにはフリルたっぷりで豪勢だが、そこから伸びる手足は棒きれのように細く、乱暴に扱えば簡単に折れてしまいそうだ。そして極めつきは背中に生えた羽だ。七色の光りを放ち精彩を放っているが、まるで紙細工のように薄っぺらですぐ破れてしまいそう。

 こんな華奢きゃしゃ脆弱ぜいじゃくそうな生き物が魔闘乙女マジバトヒロインの戦いをサポートしているのだろう。小さな体でなんと健気なことか。


「ディーッ!」


 だがオレは、オレを元に生み出された怪人は、か弱い妖精へと容赦なく触手を振り下ろす。表面が粘液で覆われた、嫌悪感の象徴が小さな命をついえさせようとする。


「やめてっ!」


 エルルをかばうように触手を迎え撃つドレイク。マゼンタ色の瞳には恐怖の色が透けているが、彼女は勇気を奮い相対する。

 圧倒的な力量差のある相手を前にしても一歩も退かない。かつて憧れた正義の味方そのものの姿がそこにあった。


「きゃああああああああああっ!?」


 それでも止められない。

 オレの意志に反して、触手は無情にもドレイクを蹂躙じゅうりんする。

 鮮やかな衣装の上から乙女の体を殴打し痛めつけて、コスチュームと共に戦意を削ぎ落としていく。

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