60.決意
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルトが目覚めると、見慣れない天井が目に映った。
「ん……」
体を起こそうとすると、誰かの手がそっと背中を支えてくれる。
ベッドの横で椅子に座っていたシャーロットであった。その背後には立ったままで心配そうに見つめるリリィとミアの姿もあった。
「どこか痛んだり、気分が悪かったりはしませんか?」
シャーロットの質問に、アルトはゆっくり首を回したり肘を曲げ伸ばししたりして体の動きを確認する。
「寝起きのようなダルさはありますが、それ以外はいつもと変わりない、と思います」
「そうですか、安心しました」
見守っていた三人は一様に胸を撫で下ろした。
アルトは部屋を見回す。
「えっと、ここはどこなのでしょう?」
「王宮の空き部屋です。宮廷の医師に見せたのですが、外傷がないのでしばらくすれば起きるだろうとのことで、信頼できる人間だけで様子を見ていたのです」
「そうでしたか。ご心配をおかけしました」
「いえ、気にしないでください。王宮の中で起きたことですから、看病にあたるのは当然の責務です」
「ありがとうございます」
そこで、これまで二人の会話を黙って聞いていたリリィが我慢できずに声を上げた。
「ねぇ、さっきは何があったのよ。私たちの目からは、アルトがいきなり苦しみ出して倒れちゃったようにしか見えなかったのだけど……」
アルトはつい先ほどの出来事を思い出す。
だが、うまく説明できるほどアルトも状況が分かっていたわけではない。頭の中で整理しながら、ポツリポツリと話し始めた。
「まず俺が見た、というか聞いたのは、ウェルズリー公爵の奇妙な詠唱だ」
「私たちには声が届かなかったのだけれど、ミアは聞こえた?」
「えっと……〝ドレイン・ホール〟以外には聞こえなかった……と思います。アルトさんは何で奇妙だと思ったのですか……?」
「俺はこの耳で確かに詠唱を聞いたんだ。だけど、その内容を理解できなかった。恐らくは俺たちが使っているのとは違う言語なんだと思う」
「もしかしてスカルデッド復活の時に使われていた、あの古代魔法?! 確かあの時も何かよく分からない呪文を唱えていたわよね」
「はっきりとは否定できないけど、でもどこか響きが違ったような気がする。何だか不気味な感じがしたんだ」
「そうなのね。詠唱じゃなかったって可能性は?」
「一応、探知魔法が分類できない魔法が発動しているってアラートを出していたから、何かしらの詠唱だったことは確かだと思う」
「なるほど。分類不可能のアラートが出て何が飛んでくるかわからなかったから、〝ファイヤー・ウォール〟で全方位を覆って、攻撃に備えたってわけね」
「……でも、アルトさんは倒れてしまいました」
「そう。俺は負けた……」
アルトは自分の手を見つめる。
思えば、オート・マジックを使いこなせるようになってから一対一で敗北を喫するのは初めてであった。
「〝ファイヤー・ウォール〟が攻撃を受けた手応えはなかった」
「私たちが見ていた限り、〝ファイヤー・ウォール〟を何かが飛び越したりってこともなさそうだったわ」
「俺の体感的にも何の前触れもなく、目がチカチカしはじめたんだ。その後はだんだん頭がぼんやりしてきて……正気じゃなくなりそうな気分だったよ。正直、自分でも何が起きたのか分からなかった」
アルトが説明を終えると、沈黙が流れた。
この場にいる誰一人として、アルトに起きた現象を説明する術を持っていなかったのだ。
しばらく無言の時間が続いたが、アルトが思い出したように口を開く。
「すみません、シャーロット様。せっかく勲章を頂戴したのに、こんなことになってしまって」
アルトの力ない台詞に、シャーロットはゆっくりと首を振った。
「謝ることはありませんよ。勲章はこれまでの働きが認められた証です。たとえ決闘で負けようと、アルトさんの功績に変わりはありませんから」
そう言ってシャーロットは立ち上がった。
部屋をひと回りし、外の気配を窺っているようであった。
部屋の周囲に人がいないと確認が取れたところで、再び口を開いた。
「私は、今回の件にリチャードが一枚噛んでいると確信しています」
「確信、ですか?」
「はい。思い返してみれば、今回、リチャードがあまりに動きすぎなのです。王子派の議会委員に指示をし、全会一致での叙勲にすることで祝辞を述べたいなどと王様に申し出、わざわざ決闘をしようなどと提案しました。リチャードは無駄や手間を毛嫌いするタイプで、普段、不要だと判断した式典には欠席するような男です。そんな人間がわざわざこうして動いている裏には何か企みがあるに違いありません」
そう言い切ったシャーロットに対して、リリィが疑問をぶつける。
「あの、王女様、すみません、実を言うと王子様がどのような方なのかいまいち知らなくて……」
「リリィさんと同じで、わたしもです……」
「そうね、確かに王様や私に比べて表舞台に姿を表すことは少ないですから、知らないのも無理はありません」
シャーロットは言葉を選ぶようにして続けた。
「リチャードは幼少の頃から王位の座を継ぐべく育てられた人間で、自分こそが王に相応しく、国民は須く自身に従うべきだと思っている節があります。表舞台に顔をあまり出さないのは、自分が出ていくのではなく、人々が自分の元に来るべきだと考えているからだそうです」
シャーロットは小さくため息をついた。
「国民は国のためにあり、国とは即ち王子である自分自身であるから、国民は自分のためにあらなければならないという権威主義的な考えの持ち主です。自分に利した人間には身に余るほどの褒美を与えることもありますが、逆に自分に害をなした人間は即座に切り捨てる非情さを持っています。それがたとえ幼少からの付き合いがあるような相手であったとしても、です」
「それってもしかして……」
「そうです。まさに先日、皆さんが企みを阻止してくださったワイロー元大臣。彼は更迭され罪を問われる事態になりましたが、そんな彼こそリチャードが幼少の頃から一貫して王子を担ぎ続けていた王子派の筆頭でした。関係の深い人物であったとしても、都合が悪くなれば関係を断ってしまう、彼らしい一面が如実に現れた一幕と言って良いでしょう」
「そう言われて思い出しました……、わたしのお父様からも聞いたことがあります。知人の伯爵が王子様からの任務を失敗した結果、謂れのない罪をでっち上げられて爵位を剥奪されたとか、されてないとか……」
「きっとその話は事実でしょう。私の聞いている限りにおいても、そのような事例は一つや二つではありません。罪を捏造する計画のような具体的な指示はワイロー元大臣が行っていたのでしょうが、裏で絵を描いていたのは間違いなくリチャードです」
シャーロットは窓の外に目を向ける。
どんよりと曇った空は、一向に晴れる様子がない。
「私は誰一人欠けることなく幸せになれる、そんな国になってほしいと思っています。こう言っては何ですが、そんな国が実現できるなら私は王位を継承することにこだわりません。しかし、リチャードが王となった先には暗黒の時代が待っています。それは私の思い描く理想とは真逆の世界です」
そう語る顔は、アルトがいつか見た弱々しいものとは全く別のものであった。
ワイロー元大臣の事件が起きる直前、ミントン城で過ごした一夜。シャーロットは、自分が王になるべき器であるのかどうか不安を抱いていた。その時、アルトは、彼女に自分が行ってきたことに自信を持って欲しいと思った。
それから約半年。
大きな事件を経て、彼女の中でも色々な決心があったのだろうと思った。
だから、アルトもその気持ちに応えたかった。
「シャーロット王女殿下。不肖このアルト、必ずやその思いを遂げられるよう、全力を尽くします」
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