31.弟子入り志願
――アルトとボン・ボーンの直接対決は、アルトの圧勝で幕を閉じた。
無事一つ目のエンブレムを手に入れたアルトは、観客席の生徒用控えスペースに腰掛ける。
「……とりあえずまず一つ」
試験では合計三つのエンブレムを手に入れる必要があったが、その第一歩をクリアした安心感で気が抜けたアルトは背もたれにすべての体重を預けた。
「――次。ミア・ナイトレイ」
闘技場の中央に現れたのは、<騎士>という言葉にはあまりに似つかわしくない、小柄な少女だった。
銀髪のショートカットに、青色に輝く瞳。
どこからどう見ても気弱そうな少女といった風貌だった。
「そしてグレゴリー・バーンズ」
「(……うわ、大丈夫か?)」
アルトは少女の対戦相手を見て思わず心の中でそう思った。
ミアという小柄な少女の相手は、狡猾そうな表情を浮かべた巨男だった。
「(もちろん筋肉比べをするわけじゃないから、身体の大きさは関係ないと思うけど……でも大丈夫かな)」
「――それでは、試合、開始!」
二人の試合が始まった。
先に動いたのは巨男のグレゴリーだった。
「“サンド・ショット”!」
男が言うと、地面から土が浮いてきて、小さな弾丸を無数に作った。
それがミア目掛けて一気に飛んでいく。
「あ、“アイス・ウォール”!」
ミアは咄嗟に氷の壁を作り出し、砂攻撃を防ぐ。
だが、グレゴリーの攻撃はそれでは終わらなかった。
「“ストーン・ハンマー”!」
今度は練り上げられた土が、空中で凝縮され巨大な金槌に変わる。グレゴリーが指示すると、ハンマーは勢いよくミアに向かって放たされた。
ミアの氷の壁はいとも簡単に打ち砕かれる。
「“サンド・ショット”」
そして再びグレゴリーの攻撃がミアを襲う。
もはやミアにそれを防ぐものは残っていなかった。
なすすべなく、ミアはそのまま後ろに弾き飛ばされた。
ミアの結界は破られた。
勝負ありだ。
「勝者、グレゴリー・バーンズ」
――立ち上がったミアは、相当悔しそうな表情を浮かべていた。
「やっぱダメだよな、ナイトレイのボンボンは」
「弱すぎて、話になんねぇよな」
「あれでよく騎士になろうと思うよな」
と、アルトの周囲でそんな声が聞こえてくる。
ミアの敗戦は、共に過ごしてきた生徒たちからすると予想どおりの結果だったらしい。
アルトはとぼとぼ観客席に戻ってくるミアの姿をじっと見た。
†
全員が戦い終え、一つ目の試験が終了した。
全体でエンブレムを獲得したのは半分以下だった。
決闘に勝った者でもエンブレムを獲得できなかった者もいた。
「(ここから毎回この調子で不合格になったら、ほとんど騎士にはなれないな)」
幸いアルトは一つ目のエンブレムを獲得できたが油断はできなかった。
「(気を引き締めていこう)」
決意を新たにしてから、試験会場を後にする。
――と、その時だ。
「あ、あの!」
アルトに声をかける少女がいた。
普段は気弱だが、今は勇気を振り絞って大きな声を出した。
そんな感じのする声だった。
アルトは誰だろうと振り返ると、そこにいたのは小柄な女の子だった。
「君は……確か……ミアさん」
ミア・ナイトレイ。
彼女は、今日試験を受けていた生徒たちの中でも、特にアルトの記憶に残っている子だった。
「あ、あの、アルトさん! お、お願いがありまして!」
ミアは両手のこぶしを胸の前で握りしめながら言う。
「お願い?」
「そ、その! わ、わたしを弟子にしてください!!」
「――へ?」
アルトは突然のことに一瞬フリーズした。
「で、弟子?」
アルトは自分のことを一介の騎士志望者に過ぎないと思っていた。
なので、突然「弟子にしてくれ」と言われれば驚くのも無理はないだろう。
「わたし、アルトさんみたいに強くなりたいんです!!」
「で、でも俺、別に君に教えてあげられるようなことないよ……?」
アルトは別にめんどくさいから断るためにそう言ったのではなかった。
そうではなく、本当に教えてあげられることがないと思ったのだ。
だが、ミアはそうは思っていなかった。
「アルトさん、すごく努力をされたのがわかるんです」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、アルトは胸が熱くなった。
自分の努力を認められたからだ。
確かにこの二年間でアルトが成長できたのは、間違いなくオートマジックのおかげだ。
だがオートマジックの自動機能は、発動しておけば後は楽に成長できるというようなものではなかった。
まず、スキルのレベルが上がるにつれ、より多くの魔力を消費するようになっていった。だからオートマジックを一日中使いっぱなしにしていると、さすがに疲労感が溜まっていく。それでも、魔力がある限りは常に気力を振り絞って修行を続けたのは、間違いなくアルトの努力だった。
それに、アルトはスキル制御の訓練にも励んでいった。
オートマジックを使った自動修行で増えるのは経験値と魔力量だけだ。
スキルを使えるようになるには、与えられたたった一つの魔力回路を使って、スキルの制御の練習もしなければならなかった。当然アルトはその練習にも相当の時間を割いていた。
実際仕事がないときは、ずっと自分の魔力回路でスキルを使う練習をしていた。少しでもスキルの力が向上するように、寸暇を惜しんで練習に励んだ。
でも、アルトの周りにはそれをわかってくれる人はいなかった。
だから、初めてその努力を認められたのがうれしかったのだ。
「えっと、ありがとう」
アルトは頭をかきながらそう言った。
するとミアはさらに一歩グイっと迫ってきた。
「アルトさんの傍にいさせていただいたら、わたしももっと努力できると思うんです。だから、お願いします。弟子にしてください」
アルトは少し考える。
そして、返事を返した。
「えっと……多分何かを教えるってのはできないと思うけど……でも一緒に練習するとかならぜひ」
アルトが言うと、ミアはパァっと笑みを浮かべる。
「あ、ありがとうございます!!」
†
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