死が『僕』を分かつまで
@ichiryu
プロローグ
男が一人、地面に腰を下ろして焚火に当たっている。大きく息を吐いてぼんやりとオレンジの空を眺めている。その顔には疲れと失望がしみ込んでいた。離れたところにある布製のテントから男が出てきて男の対面へ腰を下ろす。
「リバーは?」
短い問いかけに男を力なく首を横に振る。「そうか……」短く呟いて口をつむぐ。二人の間を重い空気が満たしていく。重い沈黙を薪が爆ぜる音が破る。
「ジョンは?」
「しばらくリバーのそばにいたいと」
「そうか……これで五人目だな」
「そうだな」
「毎年毎年、櫛が欠けるように人が死んでいく。大人の男は俺とお前とジョン、もう三人しかいない。三人じゃ冬を越えるだけの獲物を仕留めるのは難しい。俺たちはここまでかもしれないな」
問いかけには答えず、じっと焚火を眺めたままぽつりと呟く。
「何で人は死ぬんだろうな」
「何でって……」
「リバーは死ぬ前に言ったよ。『死にたくない』と。リバーだけじゃない。ホアキンもデイルもグレッグも同じ事を言っていた。生きることは苦しい。俺は腹いっぱい食べたことなんて数えるほどしかない。あいつらも一緒だろう。その苦しい”生”に終止符を打てるにも関わらず死にたくないと願い、願いが叶わずに死んでいく。何でなんだろうな?」
「お袋に聞いてみたことがある。何でお腹一杯食べれないの?何でお父さんは死んじゃったの?ってな」
「叔母さんは何て?」
「”大いなる存在”の思し召し、だとよ」
「”大いなる存在”……」
「お袋に言わせれば腹いっぱい喰えないのも、ヒトが死ぬのも大いなる存在の思し召しらしい」
「叔母さん、いつも祈ってたもんな」
「その結果はどうだ?あれほど楽しみにしていた孫の顔を見ることなく死んじまった」吐き捨てるように呟く。「今の世界が大いなる存在の思し召しだとするなら酷過ぎる」
「確かに、な」
重い現実に言葉もなく二人して黙り込む。不定期に薪が爆ぜる音だけが響く。オレンジの空が黒くなりかけた頃にもう一人の男、ジョンがテントから出てきて焚火のそばに腰を下ろす。二人がジョンの様子を伺うも彼の顔には色がなく何も読み取れなかった。
ジョンは無言で焚火を眺めていたが、顔をあげて二人に声をかける。
「ロバート、ジミー。兄の死が俺の目を開かせた。俺は世界の真実を知った」
「世界の、真実?」
「ニルヴァーナだ」
「何だそれは?」
「生でもなく、死でもない、第三の境地。俺たちが目指すべき完全なる静寂。それがニルヴァーナだ」
ジョンの言葉には圧倒的な力があった。力が二人を支配していく。
「兄の死と共にジョン・ボトムは死んだ。ジョン・ボトムは死に、世界の真実を知った者、ジョン・フェニックスが誕生した。ジョン・フェニックスは”目覚めていない者”に告げる。ニルヴァーナ、完全なる静寂を目指せ、と」
「ハイ!」
男らが力強い声をあげる。男らの顔にはもはや疲れや失望もなく、力強い意志の力が満ち満ちていた。
「ジョン・フェニックスはここに宣言する。今からこの地はニルヴァーナを目指す者の街、ネヴァー・マインドであると」
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