第4話 名前は捨てた

「イ・テヒョン」

 まさかとは思ったけど、「イ」という名字も、「テヒョン」という名前もよくいる方だ。

 私の役目は、生死をさまよう人間をあの世に案内することだ。何百年と一人孤独に与えられた仕事をこなした。あの男は私に言った、「願いを叶える」と。しかし、それは残酷なものでいつなのか、何年、何百年後なのか言われていない。だから私はただ、黙々と仕事を果たし、また彼に会える日を待ち続けている。


 そこは戦場地だった。かすかに息をする音が聞こえてた。

 人間は醜い。自由を求めて自分の意見を社会に伝えるために、罪のない人を巻き込んで、争いをする。第二次世界大戦の時は本当にひどかった。毎日、何百人という人々をあの世に案内した。 

 現在は、死者の人数は減ったものの、それでも争いで命を落とす者は未だにいる。今日迎えに行く、この人間もそうだ。


 息のする方へ向かう。銃弾が鳴り響く戦場地で血を流し、死にかける男がいた。ゆっくりと近づく。私は目を疑った。

 「テヒョン、」

そこには、待ち続けた愛しい人の姿が。あまりにも顔が似過ぎていたのだ。


 「そんなところにいたら死ぬよ?」

話し掛けてきたのは彼だった。話し方があまりにも、私の知っているテヒョンとは違っていた。やはり、違うのか。いつも通り彼をあの世に導くことにした。

 

「約束も守れなかった」


この言葉を聞いて、私は彼の運命を変えてしまった。


 病院で目を覚ました彼。案の定周りの医者たちは、奇跡的な回復に驚いていた。人間には理解できないようなことだから。しかし、私たちの様な存在は、人間の命を生かすのも、終わらせるのも簡単なことだった。

 「運命を変えたな」

後ろに感じる、男の存在。私を不老不死に変えた男は、あれから何かと気に掛けては、仕事を与えてくるのだ。顔も名前も知らない、人間で言うところの、「創造主」「神」のような存在なんだろう。

 「…彼は、テヒョン?」

男に聞いた。

 「ああ、イ・テヒョンだ」

 「そうじゃなくて、私の知ってるテヒョンなの?」

 「さあな」

 「神にも未知のことがあるのね」

質問の答えをはぐらかされ、腹が立った私は嫌みっぽくそう言った。

 「人間の運命を変えることは許されてない」

 「知ってる。ペナルティでも何でも受ける」


 人間の命を簡単に扱えると言ったけれど、禁じられていることでもあった。生と死の均衡が保たれなくなるから。

 「もうペナルティは発生した」

それだけ言い残し、男は消えていった。

 病院の向かいのビルの屋上から、彼の病室を眺めた。話し方は違ったけれど、顔はテヒョン以外の何者でも無い。約束がなんなのか気になった。ただ、それだけで私は彼の運命を変えてしまった。


 彼は私の知るテヒョンではないが、どうしても気になってしまい、しばらく見守ることにした。約束は、現世の婚約者との結婚だった。そんなことを聞くために、私はペナルティを受けることになったことが、少し腹立たしくもあった。


 1週間後、彼は病院を退院した。ソアという婚約者の車に乗って、アパートに向かった。私は、2人の1日を眺めていた。1つのテレビでドラマを見て、特別なことは何もなく、楽しいのか疑いたくなった。

 ソアという女が帰る準備をし、玄関に向かった後、私は彼の部屋に入った。2人が玄関で愛を育んでいるのを呆れながら見ていた。


ガチャン

 玄関が閉まる音がして、足音がリビングに段々と近づいてくる。頭を雑にかきながら、何気なくリビングに戻ってきた彼は、私を見て、3秒ほど時が止まったのかと勘違いしてしまいそうなほどに動かなかった。

 「うわあ!何でいるんだよ」

 「確かめたいことがあって」

 「いくら死神だからって、不法侵入だぞ」

 「私のこと思い出せる?」

 「当たり前だろ、死神」

 「そうじゃなくて、」

もしかしたら、前世の記憶を思い出せるかもと。

 「生まれてくる前の記憶とか」

 「は?思い出せる人間がいるわけないだろ」

 「ちょっとは努力しな。私はあんたのためにペナルティ食らってるんだから」

 「死神にもそんなのあるんだな」

 「やっぱり人違い。生かすんじゃなかった」

 「聞こえてるんだけど」

本当に私の勘違いだったら、本当に損しただけになってしまう。私はやっと願いが叶ったと彼を救ったのに。

 「そんな紛らわしい名前をもらうな」

私はぽかんとする彼にそう言って、去ろうとする。

 「待って」

 「今度は何」

 「名前は?」

突拍子のない質問に、今度は私が動きを止めた。

 「名前?死神とでも言えばいいわけ?」

 「違う。俺はイ・テヒョン。君は?」

 

 「名前はない」

そう言って、彼の部屋から姿を消した。


 あの親が付けた名前など、とっくの昔に捨てた。






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