第10話 ビンちゃん1

 と、兎に角です。今は夜。夜は寝るもの。

私がフカフカ布団で、神様が部屋の隅でって……んな訳には行かない。


「あ、あの、ビ、ビンちゃん。どうぞ、布団を使って下さい」


 恐る恐る勧めますが、


「要らん。私にはそんな物は不要だ。というか、私には意味をなさん」


 貧乏神様ビンちゃんは布団に手をつきますが、その手はスッと布団を突き抜けてしまいます。


「こういうことだ。肉体が無いのだからな。お前には見えて声も聞こえているようだが、他の者は私を見ることも、声を聞くことも、出来ない。ましてや触ることなど、論外だ」


 なるほど、そういうことですか…。

 床に立っているように見えても、立っているのではなくて、床の高さに合わせて浮遊しているだけ。

物も何も通過してしまう……。


 しかし、だからといって、神様を放っておいて布団で寝るなど、出来ようはずがありません。

 布団に入ろうとしない私を見たビンちゃん…。


「なんじゃ。寝ぬのか?」


「い、いえ、その…。私だけ寝るのも、恐れ多くて……」


「クドイぞ! 気にするなと言うたであろう! とっとと、寝よ!!」


「は、はい~!!」


 お子ちゃま容姿の神様につ叱りけられ、私は布団に潜り込みました。


 どうしよう…。

明日から、どうしよう……。


 貧乏…。

い、イヤだよう……。


 ………。




 気が付くと……。

 朝。


 私は、あのまま寝てしまったのでしょうか。

 あ、いや、昨晩の出来事は、夢……?


 うん、そう!! あれは夢!!!


 ・・・だったら、良かったんですけどね。


 部屋の隅にうずくまっていらっしゃるのは、おかっぱ・赤の短和服・幼女姿の、貧乏神様…。

 見た目は超可愛らしい女の子なのに、貧乏神のエース……。


 私の人生、終わった。

これから、どん底真っ逆さま。

 ラッキーガール、卒業致しました。私は、やっぱり、「かわいそうな女」……。




 朝食。御主人が気を使ってくれたのか、私だけ個室で用意してもらえました。

貧乏神様、あ、いえ、ビンちゃんがいますので、この方が有難い。

 うん? でもまあ、周りの人には見えないから、どっちでも良いのか……。


 御主人は既に神社に行っているみたいで、食事部屋へ案内してくれたのは女将おかみさん。奥様…かな?

 後で神社に、もう一回御礼に行こう。

ついでに思兼ジジイに文句も!!


 で、その朝食なんですが、これがまた、美味しい!


 美味しい!


 ・・・美味しい。


 ・・・美味しいのですが…。


 た、食べにくい……。


 ビンちゃんが私の真正面から、ジッと見ているのです。


「あ、あの…。食べます?」


 勧めてみますが……。


「阿呆! まだ理解できぬのか。私は、そのような物は食せぬ」


「そ、そうですよね……」


 じゃあ、なぜ私の正面からジッと見てるのよ……。


「なんじゃ?」


「い、いえ…。そ、その食べにくいな~と思ったりなんかして……」


「私は邪魔だと言う気か?」


「い、いえ、滅相も無い!!」


 ゴメンナサイ。私、嘘つきました。

ハッキリ言って邪魔です。せめて、部屋の隅に居てください。

 ……な~んて、口には出来ませんが…。


「フン! そうか…。 ……ん? フフン、そうだな……」


 い、いや、ナニ?

 何、一人で納得してるんですか?

 それに、その後の怪しい含み笑いはナニ?


「まあよい。ちょっと出て来る。一人で味わって喰え」


 ビンちゃんは、フッと消えてしまいました。


 え~と…。このまま、いなくなってしまうということは……。

ないよね。たぶん……。


 まあ、神様の心遣い。有難く、美味しくいただきます。

で、卵焼きを箸でつまんで、あ~んしたところへ…。


「ハ・ル・カ……。タ・キ・ハ・ル・カ……」


 低い、不気味な声…。

 私の真後ろから……。


 振り返ると、モヤッとした黒い影が私に覆いかぶさろうとしている!!


「キャー」


 思わず上げた叫び声。卵焼きは机の上にボタッと落ちる。

 大慌てで女将さんが駆けつけてきました。


「どうしました!」


 どうしましたって、いるでしょ、そこに。黒いモノ!


 あ、い、いや…。

 見えてないんだ……。


 私に覆いかぶさろうとしていた黒い影は、向きを変えてゆっくり女将さんに近づいてゆきます。

 危ない!

 でも、どうすれば…。女将さんには見えていない!


「ご、ごめんなさい! 大丈夫です。ちょっと粗相しまして頭のコブをぶつけてしまっただけです。大声出してごめんなさい! 本当に大丈夫ですから!」


 兎に角このままでは、女将さんが危ない。追い立てる様に部屋の外に出します。


 扉が閉まって、これでよし。大丈夫~。

で、部屋の中に残ったのは、私と黒い影。


 ・・・。


 ありゃ、まあ…。これマズいんじゃあないですか?

大丈夫~じゃないですよ。こんどは、私が危ないですよ。

 いや、最初からそうでしたよね……。


 黒い影はゆっくり、近づいてきます。

「ハ・ル・カ…」と、私の名を呼びながら……。


 なんで、こいつ、私の名前知ってんの?!


 壁に追い詰められる……。


 だ、ダメだ!!

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