158. 畿内平定
上洛してからの俺はのんびりしていたが、織田軍はそうもいかない。
まずは京から敵対勢力を追い出さなければならない。直属部隊改め親衛隊の二千を残し、柴田・佐久間・丹羽軍団が各地へ散った。甲賀武士で将軍家の伝書鳩を務めていた
普通は公家本人が使者役なんかやらないよなー。
ほいほい山越えする将軍家とか泣きたくなるよなー。
うん、気持ちは分かるぞ。実年齢よりも老け込んだ顔に憐れみを感じ、早速柴田軍団への参入を認めてやる。涙を流して喜んでいたので、俸禄に見合った功を立ててくるだろう。
「甲賀武士」
「欲しいんですか? 殿」
「うんにゃ、言ってみただけ。忍の方が好きだし」
甲賀53家あるらしい。忍の里スケールでかい。
そこへ六角親子を追い込んだのはミスったかなあと思いつつ、長政の判断に任せる。お市の夫なんだから、それくらい一人で応対できるよな? 間違っても、うちの子供たちがいる伊勢国へチョッカイ出してこないよな?
そうそう、細川様がいないと思っていたら真面目に仕事していた。
俺が上洛してすぐに進軍開始すると考えていたようで、タイミング合わせる形で三好三人衆の一人、
そのうちの柴田軍団が洛南の桂川を越える。
細川軍を支援する形で、とうとう勝竜城を落としてしまったのだ。
逃げる岩成軍、追う織田軍。細川様はそのまま城に残って後始末をするというので、ついでに城主として周辺地域を治めちゃえばとアドバイスした。どうせ三好家終了のお知らせ出ているんだし、松永弾正が義継とやらを奉じるにしても領地は少ない方がいい。
支配域が広いと、端っこまで目が届かないんだよなあ。
「大和国の北に足がかりがついたな」
報告書を読み、一人頷く。
寒い時期に戦なんてやるのは謙信くらいだと思っていたが、田畑の被害を考えなくていいから楽だというメリットに気付いた。さすが軍神、目の付け所が違う!
その軍神様は昨日、越後へお戻りになられた。
既に関東管領として周知されている謙信を、義昭が将軍の名のもとに改めて認めるっていうだけなのに、わざわざ上洛してくる律義さが凄い。フットワークが軽すぎだろ。しかもお供の数も少なくて、颯爽と駆けていく駿馬をひいひい言いながら追いかけていったそうだ。
上杉家臣(特に内政担当)は大変らしい。
「
「藤八郎、何か言ったか?」
「いえ」
最近の小姓衆は、俺の思考が透けて見える奴が出てきた。
そういう勘がいいのは森蘭丸だけだと思っていたんだが、小姓をやっていると直観力や洞察力が磨かれるのかもしれない。そうそう。森さんちの蘭丸くん(六男)はまだ4歳なので、元服したばかりの長男を代わりに寄越すと言われた。年齢的に奇妙丸と釣り合いそうなんだが、本人不在なので仕方ない。いい子だといいな。
はあ、早く岐阜へ帰りたいぞー。
読み終えた報告書を畳み、文箱へ放る。
「……面倒なことになった」
「柴田様からですか?」
「出陣する。急ぎ支度を整えよ」
「はっ」
義昭様が余計なヤル気を出してくれた。
早く三好三人衆をどうにかしないと、畿内が落ち着かなくて安心できないのは分かる。将軍親征とかいって清水寺に陣を張ったのだ。織田信長に転生してから知ったことだが、寺社は陣屋としてよく利用される。諸々の設営の手間が省けるからなんだろうな。
「御所で大人しくててください、頼むから」
「その心は」
「文化遺産をこれ以上軍事利用すんじゃねええ!!」
「早く片付けましょう」
「お、おう」
乗せられて吠えた俺よりも、利之が怖い。
そういえば利之の実家である前田家も面倒なことになっていたか。
曰く、利家は妻帯して分家のような立ち位置なのに、本家よりも目立っているのが気に食わない。利家は長兄を軽んじている。俺が先代・利昌を隠居させたなどなど、よく分からない噂が飛び交っている。他の前田兄弟はどっちにも味方していないが、家臣たちが二分して争っている状況だ。それと慶次の放蕩癖がひどくて、養父である利久は何をしているんだとジジイどもが煩いらしい。
かなり深刻だと言わざるをえない。
利家とおまつの話はするのに前田本家の話をしないのは、利之も家のことで介入されたくないからだろう。俺が出ていくと、どうしても話が大げさになる。慶次の件は俺にも関係あることだが、密偵やらせてますって言えるわけもなく。
今は蜂蜜――もとい、大和国の平穏を取り戻すのが先だ。
そう意気込んで親衛隊と共に出発したというのに。
「……やることがない」
「芥川城に籠っていた三好長逸、撤退!」
「越水城・滝川城が降伏するとの由!」
「木津城の三好政勝も軍を退いた模様!」
三人衆の撤退とは逆に、摂津国の武将たちが臣従の意を示した。
これじゃあまるで、虎の威を借る何とやらだ。勝家・可成タッグが怖かったのもあるんだろうが、ちょっと近づいただけで白旗揚げまくる。武士の矜持はどこいった。
次々届く報せを聞くだけの簡単なお仕事、つらい。
そこへ伝令じゃない足音が、のしのしと近づいてきた。
「おお、大殿」
「権六か……ええと。よくやった、な?」
「某は何も。次の城攻めで奮戦する所存」
「そーだなー」
京は山城国と呼ばれ、西から南回りで丹波・摂津・河内・大和がある。
堺は独立区域なので城や砦は存在しないが、南に細川領と伝わる和泉国があった。そっちは同族であろう細川様に任せるとして、じわじわと石山本願寺が近づいていて怖い。進んで戦をやりたいわけじゃなく、大和国までの足掛かりが欲しいだけだ。
三好氏の現当主・義継は飯盛山城にいた。
山盛りご飯というくらいだ。名付けた奴も腹ペコだったんだろう。三好三人衆に攻められて降伏しそうだったのを知った松永弾正がキレて、芥川城攻略中に単独奪還しに行った。包囲されている時に、救援求めて岐阜まで足伸ばしていたら、あっ見捨てられたと思うのも仕方ない。
そんなことよりも摂津池田城である。
「後方の城が落ちても抵抗する、か」
「城主は池田勝正でございます」
「恒興の同族か?」
「いいえ。氏が同じ、というだけかと存じます」
「ふうん」
摂津国の豪族として三好家に仕えていたようだ。
細川晴元と三好長慶の争いで、色々と苦労していたのは予想できる。だから、第三勢力が出てきた途端にアッサリ降伏してきたのだろう。もう十年以上も戦い続けてきたのだ。応仁の乱からと考えれば、もっと長い。そりゃあ疲れるし、ウンザリする。
なんでか、河内国の豪族たちも降伏の使者を送ってきていた。
そんなわけで地味に忙しい。
「動けん……。敵の策か、小癪な」
「馬鹿なことを言わんでください」
「使者相手に直接会おうとするからだと思いますが」
「ハンニャと藤八郎が冷たい」
「いつも通りです」
柴田軍団に所属していたはずの頼隆も、本陣に詰めていた。
元小姓で馬廻衆だから、利之とも仲がいいのだ。
普段は母衣衆の一人として、柴田軍団の一翼を担っている。というか、赤母衣衆・黒母衣衆の連帯感皆無なところが問題だ。補佐役の二人はとっくに匙を投げた。筆頭の馬鹿どもが真っ先に突っ込んでいくために副長の責任重大となり、新編成システムが浸透するのも早かった。どんな皮肉だ。
そんなことよりも何かがおかしい。
大和国への足掛かりに摂津国攻略から始めたのに、周辺国がどんどん降伏してくる。城主どころか守護代クラスの武将が戦をする前から、織田に降ると言ってくるのだ。使者から渡された書状を読む俺の後ろでは貢物の山ができていた。
「おい、ハンニャ」
「般若介です」
「一か月も経たずに畿内統一する勢いなんだが」
「この調子では半月もかかりませんね」
「投げやりに言うなよ! 尾張や美濃平定にどんだけ年月かけたと思ってんだっ。畿内なんぞ誰が統治するんだ、誰が!!」
「信長様以外に誰がいるというんですか」
「てめえ、ハンニャのくせに生意気だぞ」
「般若介です」
昔は訂正しなかったくせに、最近は細かくなった。
年齢のせいにするとブーメランで返ってくるから言わない。
「そもそも大和国って、爆弾正の領地じゃねえじゃん! くそっ、騙された」
「戦が終わった後、本当に統治権を預けるのは?」
「それだ」
利之の案を即採用して、さらさらりと書状をしたためる。
曰く、大和国の動乱を収めたら好きにしろ。
これが原因で、将来的にどうなるかなんて知ったことか。今は松永弾正も、明智光秀も織田家臣じゃない。親信長派が増えるのと、織田領が増えるのと、どっちがいいかと問われたら前者と答える。
面倒だから畿内は全部将軍家にお任せすると言ったら、怒られた。
「人がおらぬ」とションボリ将軍。
「少なくとも摂津・河内・和泉の三国は織田領になりますね」と細川様。
「大和国も含めていただこうか」と爆弾正。
「早速責任放棄ですか」と金柑頭。
「三郎ならできる! 余は信じておるぞ」と元公方。
ぶちっと何かの切れる音がした。
「だああああぁあ!!!!」
「あっ、また信長様がキレたぞ」
「城門を閉めるんだ! 早くしろっ」
「刃物をしまえ。鈍器になりそうなものも、全部だ!」
わあわあと城内が慌ただしくなる。
今まさに城攻めの最中なのに、攻め手の方が大混乱なう。池田城には誰が向かったんだろうか。籠城戦なら長くかかるかもしれないが、たっぷり貢物をもらったから大丈夫だ。これを売って兵糧を買える。ちょうど堺の町も目と鼻の先だ。
「拙僧に任せていただこう」
「あ、貴方はまさか――!」
「ふんぬっ」
憤怒って何だよ。また、このオチか。
暴れていた俺は全く気付かなかったが、突然現れた仏法僧が喝を与えたらしい。らしい、というのは俺が全然覚えていないからだ。肩に青痣ができていたので、意識が吹っ飛んだ原因はそれだろう。
なんで頭じゃないんだ。いや、頭じゃなくて良かった。マジで。
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壊れた機械は殴れば直るって、じっちゃが言ってた
通称:弾正忠、伊賀守
父の代から義輝の幕臣として仕えていた。暗殺事件(永禄の変)後は細川藤孝に賛同し、覚慶(後の将軍義昭)が美濃へ逃れる手助けをしている。織田信長が上洛を果たし、覚慶が将軍義昭として六条御所に入った後は摂津国に城を与えられて「摂津三守護」として多忙な日々を送ることになる
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