ノブナガ奇伝（改訂版）

４． そういうお年頃

　オッス！　俺、ノブナガ。

　二度も頭に衝撃を受けたっていうのに、前世の俺が消えてくれないために信長ミッション続行中だ。ついでに吉法師の記憶も戻らない。これはもう転生っていうより、成り代わりに近いかもしれない。犬千代と並んで傾奇者として名を馳せるはずなのに、どうしてこうなった。

「やっぱり尻か」

「ふむ。吉法師様は尻派、っと……」

「この馬鹿犬、何をメモしてんだよ。どこに書き付けてんだよ！」

「ちなみにおれは乳派でぶへ」

　犬千代のドヤ顔がムカついたので拳を叩き込んでおいた。

　ロリコン侍のくせに、おっぱい星人とか詐称にも程があるだろう。それとも未来性を見抜く才でもあるのか。あるいは大きく育てる自信が――。

　けしからん。実にけしからん。

　だが大きい、ってことはいいことだ。素晴らしいことだ。我が妹・お市は発展途上であるらしく、期待が持てるそうだ……って今、何言った。ええ、もう一度言ってみろ。今度そんないやらしい目でお市を見たら、その目抉るからな。

「！　…………！！」

　ガクガクと頷くだけの人形になった馬鹿犬を解放する。

　そう。俺、ノブナガには弟妹（きょうだい）がいる。

　前世では一人っ子だったし、きょうだいは大事にしたいよなあ。

　可愛い妹は一度未亡人になった後に、再婚するも秀吉に城を攻められて鬼柴田と運命を共にする。真面目な弟は跡目争いで負け、自刃して果てる。

　なんてことだ。俺を含めて、三人とも天寿を全うしていない。

「やるか、歴史改変」

　ぼそりと呟いただけで、冷や汗がつうっと流れた。

　先に発生するだろう弟の問題は何とかできる、かもしれない。

　要は跡目争いを阻止すればいいのだ。お市は生まれたばかりだから、結婚なんて当分先。待てよ？　どこぞの息子は５歳の嫁をもらったんだったな。あ、俺の娘か。生まれたら一度ボコっておこう。これも舅の務めだ。

「いや、待てよ？」

　一抹の不安が生まれる。

　歴史は大河に例えられるように、大きな時間の流れだ。小石を投下した程度じゃあ流れの向きは変わらない、はずだ。はたして信行の死は歴史を大きく変えるものだろうか。

　過去が変われば、未来も変わる。

　織田信長が俺である時点で歴史は変わったも同然だ。悲しいが、それが現実だ。となれば信行の死だって避けられるかもしれない。跡目争いが発生しないままで俺が家督を継げばいい。織田信長が本家を凌ぐ力を得て、上洛する。

　どうやればいいのかは、これから考える。デキる側近たちに何とかしてもらえば何とかなるかもしれない。

　天下統一ちょっと前まで進めて、その後は秀吉に任せよう。

　最終的に家康が幕府を開けばいいんだ。

「いける……！」

　ヤバい、俺閃いちゃったぞ。

　そもそも本能寺で死体が見つからなかったんだから、信長の死亡はそこで確定していない。逃亡説もあったはずだ。こっそり抜け出した後で「織田信長は死にました」と広めればいい。明智光秀に謀反させないのが一番だが仕方ない。織田家の忠臣たちを騙すことになっても、俺は死にたくない。

　この地味顔なら、少しの変装でいける。

　４９歳で死んでなるものか。

　前世同様に、天寿を全うしてやる。前世以上に、今を満喫してやる。

「おーい？　吉法師さまやーい」

　まずは信行をなんとかしよう。

　おっと、まだ元服していないから勘十郎だ。兄より先に改名するわけないもんな。その辺りは通例もあることだし、親父殿も理解しているはずだ。

「おーい、きっぽーしさまー」

「誰だ、俺の名を間延びして呼ぶうつけは」

「ひいっ」

　小さな悲鳴を上げて、猿が転がった。

　それだけで終わらずに頭を抱えて、ぶるぶる震えている。小姓にしては着ている物がみすぼらしく、馬廻りの役にこんな面構えの若者がいたなと思い出す。馬廻りってのは文字通り、馬の周りの世話をする役目である。

　で、下っ端の雑用係が何の用だ。

「だから言っただろ。考え事をしてる吉法師様に声掛けんなって」

「わ、わしゃあ、そんなつもりはなくっ」

「なくても、そうなんだよ。ですよね、吉法師さまいだっ」

　ムカついたので殴っておいた。

　犬のくせに、偉そうに講釈を垂れるとはいい身分だ。いや、本当に身分だけのことなら猿よりも犬の方が上だ。今はまだ、という注釈がつくとはいえ――。

　いや待てよ？　コイツ、本当にあの「猿」か？

　まじまじと見つめていたら、万千代が前に出張った。

「何用だ」

「へ、へえっ、申し訳ございませんっ」

　まだ若い、少年といってもいい年頃が小さくなって何度も謝っている。もともと小柄な体躯を縮めている姿は猿団子。いや、一人じゃ猿団子とは言わないか。確か秀吉は猿っぽい顔をしていたから猿と呼ばれていたんであって、この子供が猿っぽい顔だからって猿と呼んでいいわけがない。

「猿。二度は言わぬぞ」

「おい、万千代」

「はっはい、わしは乳も尻も大好きですと言いとうて」

「……は？」

「きっぽー……、わっ若様ほどの方でしたら、さぞ美しい嫁をもらうんでございましょう。いやあ羨ましい。わしも今、なんとか頷いてもらおうと必死で」

「てめえの惚気なんざ、どーでもいいっつの」

　何か思うところがあるのか、ムスッとしている犬千代。

　いずれ恐妻にして良妻賢母のおまつを迎えるはずだが、今はその気配すらないようだ。強い嫁という意味では、猿の嫁になる女もなかなかで――。

「く、くくっ」

　犬の嫁、猿の女か。

　本人たちには決して言えないフレーズだが、妙にツボに入った。これに俺の嫁である蝮の娘が加われば、とんだ魑魅魍魎である。どの女も美女だったと伝え聞くが、本当にそうなのかどうかは分からない。俺が信長であれば、近い将来に会えるだろう。

　せいぜい尻に敷かれろと呪っておく。

　その呪いが遠くない未来、ブーメランで返ってくることを俺は知らない。

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たまーにこんな感じの、しょーもない雑談が混ざります。

主人公：特になし。あえていうなら、ふともも派（意外に一途）

犬千代：おっぱい星人（育てる系）

日吉：むっちり美女好き（浮気性）