2. 緩募、知性ある舎弟
人生五十年、引くことの一年。
そして俺、吉法師は(数えで)10歳。つまり俺の命は残すところ、約40年で終わる。またかよ!
ああ、前の人生もそのくらいだった。違うのは生涯独身だったことくらいか。モテない人生上等とか笑っていたら、あっさり病気で死んだ。苦しんだかどうかは覚えていない。
そんなことはどうでもいい。終わった人生だ。
世界情勢的には色々あったが、現代日本で比較的平和な生活を送ることができた。少なくとも殺人は重罪だ。それを誘導、あるいは指示することも立派な犯罪だ。骨の髄まで平和ボケしていた俺が、戦国時代をまともに生き抜けるわけないだろ。ふざけてんのか。
されど俺、ノブナガ。アイアム信長。
明智とかいう重臣に謀反起こされて、炎上する寺で壮絶死。遺体が見つからなかったのは爆散したからだとか言われているが、それで死ぬのは俺だ。なんでだよ。
綺麗な嫁さんもらったからか?
薄幸の美女が実妹だからか?
その妹婿を家ごと滅ぼして、比叡山の僧兵もろとも焼き討ちして、一揆起こした百姓も皆殺しして、三段鉄砲で武田騎馬隊フルボッコしたからか?
なんでだよ、なんで俺なんだ。
有名人の有名なネタなら、いくつか知っている。
だが年号もさっぱりで、どうやって勝ったかも知らない。戦術・兵法なにそれ食えるの。内政なんて、もっと分からん。織田家終わった。前の人生を思い出す前の俺なら、たぶん違った。
どうしようもないダメ人間なんだよ、俺は。
初心者でも遊べる戦略ゲームでボロ負けできる天才という名の屑。そんなクソみたいな人間が、どうして信長なんかに転生しているんだよ。それとも何か、ただの成り代わりか。
どっちでも最悪だ!
「ん? どうした犬」
「吉法師さまが修羅……イヤナンデモ」
ぶるぶると首を振る犬、もとい犬千代。
なんだか青ざめているんだが、体の調子でも悪いんだろうか。さっきまで元気良かったのに急変するなんて、まったく犬千代らしい。
やれやれと溜息吐きつつ、体を起こす。
立ち上がりながら手を伸ばし、ぽかんと間抜け面を晒す犬千代の額に触れてみた。なるほど、よく分からん。子供体温っていうくらいだし、ちょっと温かいくらいなら問題ないだろう。
「……熱は、ないようだな。悪寒による震えかと思ったが」
「オレ大丈夫っすよ! 馬鹿は風邪ひかないって、吉法師さまも言ってたじゃないっすか」
「阿呆。馬鹿でもひく風邪は厄介なんだよ」
「へー!」
犬千代の賢さが1あがった。
やったな、今日だけで4ポイントも上昇したぞ。
ついでに興奮してか、顔色がだんだん良くなっている。一時的なものだとしても、血色が悪いままよりはいい。見た目的な意味で。
「おい、帰るぞ」
「まだ日は高いっすよ? 遊ばないんすか?」
吉法師さまー、と情けない顔で犬千代が追いかけてくる。
うむ、手駒が欲しいな。
記憶力のいい犬千代は阿呆だ。どうせ側近になってくれるなら、頭脳戦に強い軍師タイプがいい。戦略ゲームで勝つ秘訣は、様々な要素を上手く使うことだと誰かが言っていた。なるほど、よくわからん。家督を継げば家臣もついてくるだろうが、あの様子じゃ不安しか残らない。
どこかに有能な人材、転がってないか。
そういや猿こと、豊臣秀吉はいつ仲間になるんだ?
草鞋を温めておきましたー、っていうハートフルなイベントはまだ見ていない気がする。農民から大出世したんだから、その辺で泥まみれになっていないだろうか。
「おい、犬」
「おーい、若様ー! わーかーさーまー!!」
「…………」
「万千代と松千代っすね」
伸ばして叫ぶのが流行りなんだろうか。
俺たちと似たような年頃の子供が駆けてくる。俺の記憶が確かなら、あのガキどもが後の丹羽長秀で佐々成政だ。確かに二人とも織田信長の側近になるはずだが、年頃も近かったらしい。
「はあはあ……お探ししましたよ、若様」
「お前ら謹慎中じゃなかったのか?」
「はっ、若様が外に出られたと聞いて!」
「脱走しました」
堂々と言い放つ万千代に松千代が続く。
うん、あんまり賢そうに見えない。他を探そう。
本来の吉法師じゃない俺が、戦国時代の英雄になれるかどうか分からない以上デキる側近は絶対必須だ。本能寺で死にたくないから家臣にも優しくしようと思う。待ってろよ明智光秀。謀反なんかさせないからな!
「おい、犬。吉法師様は一体、どうなさったんだ?」
「なんか具合が悪いみたいで」
「なんだと!?」
「そりゃお前だろ」
「イテッ」
犬千代にデコピンする。
なんか今日はツッコミしかしてないな。ハリセンで思いっきりブッ叩いてやったらスッキリするかもしれない。
ごそごそしていた万千代が羽織を差し出してきた。
「若様、これを」
「おう悪いな! って、いらねーよ。ブカブカじゃねーか」
「お倒れになる前に、屋敷へ戻らねば大変なことになりますぞ。若様は病み上がりなのですから」
「落馬しただけだし、腫れも引いた」
「我儘を申されますな」
「いや事実だから」
厳めしい口調は親譲りだろうか。
頑固で口煩い爺やを相手にしている気分だ。どう躱そうかと考えているうちに、二方向から羽織がそれぞれ差し出された。いや、違った。犬千代は派手な着物を脱いで上半身裸になっている。マジで風邪ひくぞ。
「「おれの」」
ハモった。そして睨み合う。
「真似するんじゃねえぞ。犬っころが」
「そっちこそ聞いてなかったのかよ、若様はブカブカがお嫌いなんだよっ」
「ああ? 大は小を兼ねるって言葉を知らねえのか」
「大小ってのは刀のことだろ? 図星だからって、話逸らすんじゃねえ」
「この駄犬!」
「んだと、松ぼっくり!」
あ、口喧嘩から殴り合いに発展した。
将来はデキる武将でも、今はがきんちょだ。ぼかすか殴り合っていたかと思えば、がっぷりと組み合って相撲が始まった。犬千代の見事な肉体美は、俺に対するアテツケか。そうだ、そうに違いない。鍛えているのに、あんまり筋肉が増えないのだ。
武士の子だぞ、織田信長。
尾張の大うつけは、もやしっ子だったとか聞いてないんですけど。顔の造りもなんか地味だし、覇王だか魔王だかの風格が感じられない。本当に俺、織田信長なのか? 弟の方じゃないのか?
「吉法師様?」
あ、大丈夫だった。俺、ノブナガ。アイアム信長。
そうだ、絶望するのはまだ早い。今がまさに成長期。希望はある!
「なんでもない。戻るぞ」
「はっ」
「わざわざ呼びに来させて悪かったな」
「!!」
「どうした、万千代?」
こいつまでプルプル震えている。
犬千代と違って、顔が真っ赤で少し怖い。怒っているわけじゃなさそうだし、それこそ風邪でもひいたのかもしれない。
「体を大事にしろよ」
「わっ、若様! それがしは一生、吉法師様についていきまするっ」
「おう、知ってる」
史実だし。
「うおおおおん、若様ああっ」
うわ、泣き出した。声デカッ。
今の今まで喧嘩していた二人も何故か大声で泣いている。子供って急に泣き出すことがあるらしいが、十歳でも泣くんだなあ。
「うおおおおおん」
「うあああああん」
「わがざばあああ!」
「…………いーい天気だなー」
棒読みで呟いたらゴロゴロと聞こえてきた。
遠雷に顔を向ければ、いつの間にか空の端から不穏な雲が広がりつつある。それが良くない暗示に見えて、小心者のハートがきゅっと縮んだ。
********************
犬千代:茶犬っぽい舎弟そのいち。のちの前田又左衛門利家。愛称は犬
万千代:でかい舎弟そのに。のちの丹羽五郎左衛門長秀。米五郎左とも
松千代:喧しい舎弟そのさん。のちの佐々内蔵助成政。犬千代の喧嘩友達
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