早馬とコンビニ
細けぇなぁ、と河田が呟いたのを住之は気づいたが咎めたりはしなかった。
河田相手に細かなことにいちいち咎めたりしていれば、自分の神経が持たないからだ。
住之自身、服装に見てとれるようにラフな性格をしているので、河田の小さな傍若無人な態度は受け入れてやることにした。
そんなオレは細かくは無い、と住之は心の中で呟いた。
「それにしても、まだ来ないんすかね。今日遅くないっすか?」
河田の問いに住之が答えようとした時に、遠くからタイヤを滑らす音が聞こえる。
週末のヤンキーかよ、と住之がツッコミを考えながら音の方を見つめると直線の道を派手に滑らしながらスポーツカーが向かってきていた。
深夜二時、無駄に広いコンビニの駐車場にそのスポーツカーはやってきた。
深夜近くになると街灯以外の灯りが消えてしまう様な片田舎の静かな町。
そんな町の人気の無いコンビニなので、駐車場には住之達のファミリーワゴンと今来たスポーツカーの二台しかなかった。
店内にも人がいない。
客がいない、のではなくて人がいない。
なんせこの深夜の時間に店員を担当しているのは、住之だからである。
今店はもぬけの殻というヤツで、強盗入りたい放題なのである。
「悪いな、遅くなった。いやなに、今日の客ラブホテルでヤりやがって後始末がな」
清掃業じゃねぇんだっつの、とニヤけながらスポーツカーから降りてきた
住之と河田も車から降りて、お疲れ様です、と軽く会釈をかわす。
マジお疲れ~、と早馬は言って上着のポケットから煙草を取り出した。
早馬はやり手のビジネスマンを彷彿とさせる姿で、細身で長身と洋服店の広告モデルの様であった。
それでいてネクタイのピンや腕時計などに見えるきらびやかな金製品が爽やかさとは裏腹な職業にいることを暗に示していた。
「あ、後部座席に乗ってっから移し変えよろしく。俺、ちょっと一服っすっから」
早馬に言われ住之と河田は返事をして、スポーツカーのドアを開けた。
ツーシーターのスポーツカーの後部座席というのはつまり座席の後ろにある座ることなどできない空間を指している。
住之が助手席のシートを前に倒しそこに手を伸ばすと黒いバッグがあったので、引っ張りだした。
バッグの大きさはかなりのもので、まるで人が入っている様だ。
いや、人が入っているのだ。
最早生きてはいない人が。
「今日は……女っすか?」
河田はバッグを持った重さと感触で男か女かを判断した。
「あ? ああ、そだよ。ま、でも大体女でしょ。野郎ん時ってあったっけ?」
早馬は確認に問うと、住之は首を横に振った。
「河田君と組んでるときは大体女だね。あんまり突っ込ませたくないし」
「え~、気を遣ってもらわなくていいのに。でもアレっすか、突っ込んだらヤバいすか?」
河田がワゴンの後部座席のドアを開け乗り込み、ゆっくりとバッグを乗せる。
足側から乗せられたバッグは、住之が頭側を後部座席に優しく置いてやると完了した。
「ああ、そういう興味津々な感じだしちゃってる間はダメだね。下手に突っ込んだりしたら、河ちゃん、住之っちに優しく置かれちゃうよ」
「あ、今オレの思いやりバカにしたな早馬。そういうのよくない、そういうのよくないわー」
抗議する住之に早馬は煙草の煙を吹かしながら笑っていた。
「んじゃ、手を合わせて、黙祷」
早馬の号令で三人は胸の高さで手の平を合わせて、バッグに拝んだ。
少しの沈黙の後早馬が、はい、と一言言うと河田はワゴンを降りて後部座席のドアを閉めた。
「んじゃ、俺次あるから、後よろしく」
早馬がそう言って住之と河田が軽く返事すると、早馬はスポーツカーに乗り込み早々と駐車場を出ていった。
来るときは無意味に車体を滑らせていたが、帰りは静かに安全運転で帰っていった。
「行っちゃいましたね、早馬さん。業務って感じっすね」
「何しみじみ言ってんの、オレらも仕事、仕事。ほら、早く車に乗る」
住之に促されて河田は車に乗る。
河田が助手席に座りシートベルトを絞めるのを確認すると、住之は車を発車させた。
「相変わらず店がら空きにしていくんすね」
「いいのいいの、客なんて一人も、てか人一人来ないからね」
20メートル先に大通りがあってその道沿いにある同じ系列のコンビニに客を持っていかれていた。
「大体アレ、入り口の電源切ってっからね。来たとこで入れないの」
住之はコンビニを指差して笑っていた。
じゃあなんで電気付けて開けてる様に見せかけてるんだろう、と河田は質問するほど馬鹿でもなかった。
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