嘴にチェリー、夢みがちボーイ
清泪(せいな)
住之と河田
「『嗚呼、あの美しき青い鳥はその両翼を軽やかに羽ばたかせ、自由に空を舞う』……だなんて、偏見だとは思わないか?」
運転席の窓を開けて短くなった煙草の灰をアスファルトに落としながら、
天然パーマというよりかは天然アフロのボサボサな頭を掻きながら、住之は助手席に座る
「え? あ、そうっすね」
河田はスマートフォンを弄りながら気の抜けた返事をする。
ろくな返事が返ってくるとは期待してはいなかったが、住之は少しばかり苛立って河田を睨んだ。
睨まれた河田はしかしそんな事に気づきもせず、スマートフォンを弄っている。
住之は舌打ちをして河田のスマートフォンを覗き込むと、画面にはパズルゲームが表示されていた。
「メールじゃねぇのかよ」
明らかであまりにもな暇潰しに、住之は呆れてしまった。
スマートフォンを弄る現代っ子なら、もっと現実でも仮想でもコミュニケーションに切磋琢磨していて欲しいものだ。
「……自慰行為されてた方がまだマシだ」
「うぅわっ、下ネタっすか?」
住之の呟きに似た愚痴にすかさず河田は反応してきた。
何故か笑顔だったので、住之は苛立った。
七三というよりは六四。
河田の髪は右側を多めにして分けられている。
まだ二十代も前半なので、なんでそんな髪型のチョイスなのか住之には不思議だった。
お洒落さの欠片も無い。
かといって、お洒落に対して無頓着を振る舞っているわけでもなく、髪色は明るめの茶髪。
天辺が黒くなっているのが、自分で染めましたという感じを顕にしている。
もっとこう、アシンメトリーとか流行ってんじゃないか?
と、歳上からのアドバイスをしてやろうかと住之は思ったが、自身は無造作を気取った無関心アフロなのでおこがましい気持ちになった。
三十代中盤はこんなもんでいいのだ、とバックミラーに自分を映して住之は頷いた。
身だしなみにとやかく言われない仕事で良かったと心底思う。
「何鏡見てニヤついてんすか? すみさんってナル入ってます?」
住之はたまに思うことがあるのだが、この助手席に座る一回り下の後輩は自分の事を舐めている、と。
そして、ナル入る、などという言葉は無いと。
「身だしなみ、大事でしょうが」
返す言葉が上手く出てこなくて、自身がとやかくうるさい側に回ってしまった事に住之は後悔した。
「身だしなみ気にするなら、Tシャツにジーパンは無いと思うんすけど。しかもヘビメタ寄りのロックTって」
河田に指摘された通り住之の服装はラフな格好であった。
近所のコンビニに買い物にでも行くようなラフさ、軽快さである。
指摘されなかったが、夏の暑さに蒸れない用にサンダルを履いている。
「しかも胸の文字、LIFEisDEADって不謹慎じゃないんすか?」
ロック歌手風の男が舌を出しながら中指を立てている絵柄のTシャツには、河田が指摘した文字がでかでかと印刷されていた。
不謹慎というよりもセンスが無い、と言うべきだったかと河田はロック歌手の顔を見ていた。
まったく見覚えの無い人物だった。
「バカだねぇ、こういうラフなのでいいの。お、お前みたいにさ、喪服よろしくYシャツに黒ネクタイなんて、しんみりしすぎでしょうが」
住之の指摘通り河田は喪服だった。
上着のジャケットを着ていないだけで夏だというのに長袖のシャツで、冷房を効かした車内でも暑そうに見える。
「いや、しんみりしとくべきだと思うんすよ、すみさん。いくら他人事とはいえね」
「ああ、それは違うな河田君。他人事なんて思ってないよ、オレは。その証拠がこの文字ね、LIFEisDEAD。メメントモリ、みたいなもんよ。知ってる、メメントモリ?」
「……死を想え、でしたっけ? 何かで聞いたな、何だっけ?」
河田は眉間を人差し指で叩きだした。
何かを思い出そうとしてる時の癖だ。
映画か音楽いや漫画か、などとぶつぶつと誰かと相談している。
呟くのではなくて、誰かと相談しているのだ。
それは霊的なもの、というわけではなくて独り言がまるで会話の様に成立してしまっている恐い状況を指す。
「いやいや、何で聞いたかとかいいんだけどさ」
河田の何者かと相談している様を一度放っておいたのだが、何故か会議みたいな様になってしまい住之は恐くなった覚えがあった。
一人で挙手の有無を確認してるところなど、例えボケだろうと恐ろしい。
「死を想うことこそが生を想うことに繋がるんだよ。我思う故に我在り、とかと似てるよね」
「すみさんって案外哲学っすよね」
「うん、まぁ哲学なんだけど、案外ってちょっと失礼だよね」
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