第6話「凶悪」


 テルヘン王国の都にして最大の都市である【氷の都】、キュートルは丘の上にある国王の居城、バッスク城を中心に同心円状に広がっている。

 北側エリアに貴族や官僚が邸宅を構え、南側エリアに商人、そして西側エリアに市場や工場が集まる。


 それぞれのエリアは高さ10メートルほどの壁で仕切られ、さらに街全体を囲むように城壁が築かれており、この城壁の外側を一般人のエリアが囲んでいる。


 そしてこの街の東側エリアに位置するのが、冒険者街だ。


 ギルドや武器工場が密集するこの地域には常に冒険者たちがひしめき、その賑わいを狙った露天商の姿も多い。


 そんな冒険者街中心からやや外れた場所にあるのが、宿「闘牛荘パパリーナ」である。

 設備が高品質な分値段も割高で、高ランク冒険者の穴場スポットとなっている。


 一階にはロビー、その上が客室。

 そして一階にはロビーの他に酒屋がある。


 部屋とは違ってこちらは大衆向けで、底辺からトップまで様々な冒険者たちがここで酒を酌み交わす。


 普段は様々な冒険者が酒を片手にドンチャン騒ぎをする場が、まだ日が沈んでいないこともあり客数はまばらだ。


 そんな酒屋の隅のテーブル席に男女が4人、深刻な面持ちで向かい合っていた。

 彼らはこの街では知らぬ者のいないSランクパーティ、【ナラマイル】──かつては【バイヤーズ】と名乗っていた連中だ。


 全員口を開くことなく人形のように押し黙っており、鉛のように重い沈黙に包まれている。


「…………どうすんだよ」


 空気の重さで全員が圧死しようかという時、蛇のような目の男が沈黙を裂いた。


 毒使いである彼──バイロンは、忙しなく指先で机を叩きながら、正面に座る金髪の男を睨みつける。


「どうするもなにも、倒すよ。もちろん」


 バイロンの睨みなど意にも介さず、金髪の男、もといゼンゲルは「何を当たり前のことを」と言わんばかりの顔で答えた。


 その態度に腹を立てたのか、バイロンが声を荒げた。


「んなこたぁどうでもいいんだよ! それに向かうビジョンを見せろっつってんだよ!」


 怒りに任せて彼は立ち上がり、机にドンっと片足を置く。


「なんだぁ? あいつ」


 その大きな音に驚いた客がバイロンに冷たい視線を浴びせた。

 あちこちからヒソヒソ声が漏れる。


「目立つから座って」


 バイロンの横に座っていた紫髪の女がバイロンの袖を引っ張った。

 それで冷静になったのか、彼は罰の悪そうな顔で再び座る。


「……すまん、気が荒ぶった」

「気にしなくていい。期限が近いからね」


 期限。

 その言葉で場が再び凍る。


 王の命を賜ってから早12年。

 期限の建国記念日はあと1ヶ月というところまで迫っていた。

 期限を過ぎた後に待っているのは──


 死。


 彼らの気が立つのもしょうがないことだろう。


「で、あと1ヶ月もしないで私たちは死刑になるわけだけど……何か案はあるの? リーダーさん」


 紫髪の女──ヘレンが皮肉な調子で言った。


「もちろんだとも。僕たちが一体何のためにこんな地獄で冒険者のフリをしてきたと思ってるんだい?」

「それは生活費を稼ぐためで……」

「もちろんそれもあるが、もっと大きな収穫を得ただろう?」

「収穫?」


 一同が首を傾げる。

 ゼンゲルは「ふっふっふっ」と得意げな笑いをこぼしながら言葉を続けた。


「それはね、だよ。この12年間ずっと堅実なしもべを演じ続けたことで僕たちは魔王からの信頼を勝ち得たんだ。少なくとも、城を自由に出入りできるくらいにはね」

「あぁ……」

「そして今、それを活かす時が来たんだ」

「……ってことは、もうすぐ実行するのか?」


 バイロンが問う。

 その問いに、ゼンゲルは身震いするような気味の悪い笑いを浮かべながら答えた。

 

「ああ、そうだ」


「──


 そのあまりの不気味さに、ヘレンは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 そして胸から搾り出すように一言。


「……化け物め」

「好きに呼ぶがいいさ。性格が悪いのは昔からだからね」


 ヘレンの言葉を軽く受け流し、ゼンゲルはさらに話を続ける。


「だいぶ前に帝国にある要請を出したんだ。精鋭兵を100人くらい寄越せ、ってね。大軍隊で移動したら流石にバレるけど、そのくらいならバレずに峠を越えられるだろうから」

「でも、何のために?」


 ヘレンが訊ねる。

 ゲイゼルは呆れたように溜息を吐きながら答えた。


「……全く、しょうがないな。混乱を起こすために決まっているじゃないか」

「混乱?」

「街中で混乱を起こせば当然軍が動く。そうしたら城の警備に穴が開くだろ? そこを突くんだよ」

「なるほど……」


 ヘレンが頷く。


「じゃあその精鋭部隊はいつ着くんだ?」

「そうだなぁ、諸々あって遅れたとしても──」


「3日後」


「作戦も3日後に決行だ。詳細は部屋に戻ってから伝えるよ。とりあえずのところ異論はないね?」


 バイロンとヘレンの2人は頷く。

 だがゲイゼルの隣座ったままずっと黙っていたバールは、複雑そうな顔をした。


「どうしたんだい? バール」


 ゲイゼルが微笑を浮かべつつ訊ねる。

 その問いに対し、バールは弱々しく呟いた。


「僕……あんまり人……殺したくない」


 その瞬間だった。


 ゲイゼルは一瞬で顔に繕っていた微笑を取り払い、まるで親の仇に会ったかのような形相でバールの顔を掴んで無理矢理回し、バールの視線を無理矢理ゲイゼルの血走った目に合わせた。

 そして次にバールを襲ったのは──聞くに耐えない罵声だった。


「今人って言ったか? あのゴミクソどもを人って言ったか?」

「いや……」

「あいつらはな、人の下で這いつくばることしかできないゴキブリの糞共なんだよ。そんな簡単なことも分かんねえのか?」

「…………」

「なあ、お前はいつからあいつらの味方になったんだ? お前はあの魔獣以下の存在を認めるのか? なあ? なあ? なあなあなあなあなあなあ!!??」


 唾を撒き散らし、焦点の合わない目でなおバールを睨みながらゲイゼルは暴言を浴びせ続ける。


 バールは、瞳に小さな涙を浮かべつつポロッと言葉を漏らした。


「……ごめんなさい」


 その一言を聞いた途端。

 ゲイゼルは先程までの鬼の形相を一瞬で払拭し、また先程の穏やかな微笑を浮かべながら言った。


「分かればいいんだよ」


 そしてバールの顔から手を離すと、客からの険しい視線を気にする素振りも見せずにゼンゲルは大きな声を出して、


「おやっさん! メーテル4つ!」


 ゼンゲルの気迫に完全に飲まれて手を止めていた店主はその言葉でハッと我に帰ると、「へ、へいっ!」と慌ててメーテルの用意を始めた。


 それから間もなくメーテルが人数分届けられる。


「……それでは、僕らの勝利を願って──」


 各々がそれぞれの樽を持つと、ゲイゼルは一つ咳払いをしてから言葉を連ねた。


「乾杯」


 樽をぶつけ合わせる鈍い音が酒屋に響いた。

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