第45話 緊急メンテナンスらしい


「あなたは〝ファム・ファタル〟――にんげんをはめつにいざなうましょうのおんな」


 スキルの継続時間が終わってしまい、プラトン砂漠に引き戻された転生者3人。

 レモンティーの姿をした“知恵の実”は、六道海陸を〝ファム・ファタル〟と評した。本来の博士はあのような蛮行に及ぶような人間ではない。とでも言うつもりだろうか。


「わたしが殺したというよりは……なんていうか……」


 カイリの身体がプルプル震えている。半泣き状態である。シイナは食い気味に「続きは!?」と“知恵の実”へせがむ。

 ルナもシイナに同意だが、カイリがキッとシイナを睨んでいるのを見て「正当防衛というか?」と言葉を濁した。


「……あなたがたはなにをみてきた?」

「強姦の現場」


 シイナが即答した。

 カイリは「表現を濁してください……!」と、脳天から湯気が出ている。


「あれだけ嫌がっているのにあんなことしてたら殺されても仕方ない――とまでは言わないけど、イケメンだからって何しても許されると思うなよ」

「完全版ってどこで売ってる?」

「おいやめろ。そこまでにしとけ」


 どうやら見せるべきシーンを間違えたようだと気付いた“知恵の実”は《クリミナルイリュージョン》を再度試みる。MPが足りないので発動しない。と、同時に†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドメンバーのアバターが1匹、また1匹と消えていく。


「緊急メンテナンスニャ!」


 ミケネコのアバターのキナコが黒目がちになりながら報告した。

 すぐさまルナがスマートフォンを呼び出して、そのメンテナンスの詳細を確認する。


「不正アクセス」


 ほぼ全員がレモンティーを見た。

 言葉の意味を飲み込めていないカイリは眉間にシワを寄せて「うーうー」と唸っている。


 元屋みのりから『アカウントが乗っ取られた』という問い合わせを受けたTGXの運営は、この事態を重く見て迅速に対応せんとメンテナンスを実施するようである。メンテナンス中は一般プレイヤーはログインできない。ログインしているプレイヤーは強制的にログアウトさせられる。


「ログアウトさせられる前にルナには『なんでおふぽかを抜けたのか』聞いておきたいニャ」


 キナコにはギルドマスターを押し付けてギルドを脱退したが、理由は話していない。話していない上にメッセージはブロックしている。今回、“知恵の実”に随伴して†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドメンバーが現れたのは、ルナの身勝手な行動が許せなかったからである。カイリの加入も快く思っていないギルドメンバーが多かったのに、そのカイリとレモンティーを連れて出ていくなんて寝耳に水だった。


わたくしはもうギルド対抗戦には参加しませんの。ギルド対抗戦がやりたい人たちだけで†お布団ぽかぽか防衛軍†はやっていきなさい」

「どういう風の吹き回しニャ」

「どういうもこういうもありませんわ。私には私なりのTGXの楽しみ方がありますの」


 ルナのセリフはその場に残っていた†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドメンバーたちにどのように響いたのか。それぞれ受け取り方は違うだろうが、キナコは「そうですか。なら、あたしもあたしなりにTGXを遊ぶことにしますニャ」と答えて、その場から消えた。


「んで、オレとしては」


 シイナは銃身をサッカーボールのように蹴り上げて《HK416》を掴む。

 銃口をレモンティーに向けると「生き返るためにオマエを倒さなきゃなんねーんだわ」と言い切った。


「もうちょっと待ってもらえませんか」

「おう、なんだよ」

「なんか、頭が痛くなってきて……」

「興奮しすぎじゃねーか?」


 カイリはシイナに言い返す元気もなく、その場にうずくまる。ルナが「回復魔法でもかけようか?」と聞いて、答えられる前に【統率】を発動しウィザードの《リジェネレーション》をかけた。漸次回復の魔法である。


「わたしは誰ですか」


 誰にともなく呟いた。

 ルナは「カイリちゃんでしょう?」と当然のごとく答えると、カイリの髪の毛が根元から黒く染まっていく。青色がなくなる。この場にみのりがいたのなら、六道海陸の部屋にあった遺影を思い出すだろう。みのりが動かしていたレモン先輩はこの場所に到着できず、強制的にログアウトさせられてしまっている。


「わたしは海陸」

「わかってんじゃねーか」


 シイナの顔を見て、海陸は「ひゃあああああああ!」と悲鳴を上げた。碧眼から赤へと瞳の色も切り替わっている。カイリの脳内で囚われていた六道海陸が、過去の映像トラウマをきっかけにして呼び起こされてしまったのである。


「男の人! またわたしにひどいことするんだ!」

「はぁ?」

「わたしは、わたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは」


 髪の毛をかきむしりながら「わたしは」と繰り返す海陸。

 その間、カイリは六道海陸と入れ替わる形でカイリの内部に存在する心象世界に引きずり込まれていた。


「どうして?」


 首を傾ける海陸。六道海陸にもその後の人生があった。その人生がどれほど残酷な道であったとしても、誰にも邪魔できないはずである。


「おかしくなっちまったじゃねーか」

「自分のしるろくどうかいりのすがたはこのかみいろ、このめをしていた」


 ルナはレモンティーの口から発せられる“知恵の実”のセリフから「何故かはわからないけどCharacter Creationする前の生前のレッドアイズブラック海陸ちゃんになったってことね」と現状を整理する。


「どうしてわたしはわたしではなくて、わたしがわたしになっている? わたし? ここはどこ? わたしは誰?」


 わたしを辱めた博士――信頼していたのに、信じられない!

 あんなのは燃え尽きてしまえばいいのだ。


 死ね死ね死ね死ね死ね。


 こいつらはなんだ。わたしは今の今まで何をしていた。わたしはわたしの手を見つめる。そして周りを見回す。砂漠だ。なんでこんなところにいるのだろう。星空だ。わからない。こんな夜更けにどうして。わからないわからないわからないわからないわからない。


「ろくどうかいり」


 ネコがしゃべっている。

 こわい。

 こわいこわいこわいこわいこわい。


 二本足で立つネコなんておかしい。


 この世界はおかしい。おかしいおかしいおかしい。こんなおかしい世界など、燃えてしまえばいいのだ。


 そうだ。

 燃やし尽くしてしまおう。


 こわいものは全部燃えてなくなってしまえばいい。

 これまでそうしてきたように、これからもそうすればいい。


 これでわたしの世界は思い通り!


 失敗なんかしない!





【あなたは楽観的ですか? 悲観的ですか?】

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